ガンジス川巡礼案内誌スタート

「ガンジス川巡礼案内誌」をはじめました。

サドゥ写真集出版からまだ一ヵ月半ですが、本の存在があまり知れ渡っていないようなので、予定より早めました。サドゥ本の舞台紹介といった特集です。ただしサドゥ情報はなしで、聖地の紹介と簡単な旅行案内です。とりあえず二ヶ所。ゆっくり更新していく予定です。

また、まだ準備中ですが、「インドの路上で神頼み(仮題)」もはじめたいと思っています。というのは、うちのchaichaiトップページは、デザイン上、二つずつ、特集を作らないと変になってしまうという、困った構成になっているので、数日前からいろいろ考えた結果、神様の写真をばっと出していこうかと思いたちました。まだ写真も集めていないし、ページ構成なんかもまったく白紙で、一体どうなることやら、といった感じです…。

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仙人サドゥにイメージ変更

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本家chaichaiのトップページイメージを変更した。前回のサドゥを選ぶときのポイントは、やはりかっこいいこと。もちろんサドゥとして…ということだったが、しかし、サドゥとしてかっこいいとはいったいどういうことだろう?…等々、いろいろ考えるところもあって、今回は仙人風サドゥにした。背景がやや薄く、白文字が映えないということで写真を左にずらしてみた。しばらく見て気になるようならまた変更するかもしれない。

サドゥ本を作ったことで、サドゥにたいするさまざまな気持ちがさらに高まってしまった。これが困った事態かどうかは本人もよく分らないが…。いろいろなアイデアがふつふつと湧き出るような気がして、気持ちばかりが昂ぶっている。とりあえず、インドに飛ばしてくれ~といった気分か…。

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「セクシー・セディ」なサドゥたち

Shiva777

映像作家のこいでさんが、彼のブログに「インドのサドゥ 那智の熊楠」という文章を載せ、サドゥ本のこともあわせて紹介していただいている。テーマはタントラ思想。インド神秘主義が到達した最高地点であるが、言い換えれば、もはやにっちもさっちもいかないような、人間世界のどん詰まり。言葉で表現しようと思えば、これ以上難解な世界は他にないだろう。

ここのところ、すっかり思想的な本から遠ざかっている僕の頭では、こいでさんのテキストの、その意味を追うことがなかなか大変な作業であった。しかしそこに書かれているテーマはサドゥに直結している。そのサドゥを追いかけ、インドで遊びほうけていた結果、アホになってしまったというのは、ちょっと笑えない話のようでもあるが、僕がすっかりアホになってしまったのもまた、やはりアホなサドゥと遊んでいたからだ。もちろんサドゥといってもいろいろだが、アホは掃いて捨てるほどいる。当然、人格者もいれば博識な人もいる。しかし僕は、これ以上のアホはいない、というサドゥを意識して探してもいた。アホも行き着くところ天才である。サドゥ本でいえば、キチュリワラ氏が当てはまる(サドゥ本で探してみてください。写真三点あります)。

こいでさんは、そうしたサドゥ本の写真を「無味無臭な存在感」と表現し、また、ジョンレノンの造語を引用して、「セクシー・セディ」と位置づけ、話を展開していく。「セクシー・セディ」の「セディ」は「サドゥ」をもじったもの。その事情については「インドのサドゥ 那智の熊楠」の冒頭に紹介されているので、ぜひご覧いただきたい。

「無味無臭な存在感」と「セクシー・セディ」は一見、正反対の言葉のようだが、じつはそんなこともない。でも説明するのは難しいし、ちょっと面倒だ。「インドのサドゥ 那智の熊楠」では、そのあたりのことを「頼りなさげなのに力強くもあり、性すらも超越した存在」とも書いている。「性すらも超越した存在」というのは、少し下品(ではないのだが…)な言葉に置き換えると、「両性具有的」といえるかもしれない。

前回の記事のコメントで、ちびまるさんが「最初の方の右側のページに載っている白塗りで瞑想しているサドゥが綺麗だなぁと先ず思いました」と書いてくれたが、こういう感想はとてもうれしい。サドゥが綺麗だから僕はそれを撮りたいと思ったし、サドゥはまさしく「セクシー・セディ」である。サドゥ以上に「セクシー・セディ」な人が世界にいるのかどうか。

ところで「那智の熊楠」こと南方熊楠は、「日本を代表する民俗学者」なんて説明が意味をなさないほどの「セクシー・セディ」である。南方熊楠の本をじつは一冊たりとも読んでいないが、「そんなのどうだっていいんじゃないの」と思えるほど、その写真に魅了されている。生きていたら写真を撮りに行きたいぐらいだ。南方熊楠の熊野での様子も記事に少し書かれているので、ぜひ一読を。

ちなみに、今の日本でそれぐらい魅力のある男がいるかといえば、たとえば有名人であれば、パッと思い浮かぶのは朝青龍だろうか。彼を見るたびに、「大物サドゥだな~」と思ってしまう。ただし、さすがに「両性具有的な美」とまでは言わないが。やはり「大物サドゥ」、「横綱」である。

今回の記事は、こいでさんの記事に触発され、その返信の意味も兼ねて書いたものです。タントラ思想については一生をかけて、ゆっくりと、そしてまた、機会があればサドゥと遊びつつ、考えていきたいと思っています(とはいえ、chaichaiの記事はタントラ的だとは思います…)。

それと、まったく関係のないような話ですが、サドゥ本のなかに「ナンディーバルティ」というサドゥが分散して四点登場します。彼は見るたびに印象が変わる不思議なサドゥです。何を考えているのかはまったく不明ですが。題して「ナンディバルティを探せ…」ということで、サドゥ本をお持ちの方は、キチュリワラ氏とともに、ぜひ探して楽しんでみてください。

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今回の写真はタントラの神シヴァ。アラハバードサンガムにて。

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サドゥ本は精神世界(?)

Haridwar445

寒い日が続いていて、ますますインドに行きたくなってしまう。というわけで、今回の写真は、ハリドワールの夏から、シヴァ神の三叉槍。こういうのを見ると少し落ち着く。今度インドに行ったら、でかいのを買って帰ろうかな、などと真剣に考えてしまう。税関が問題だ。

サドゥ本のほうは、まだ全部は行き渡ってないようだが、うちの最寄の、あまり大きくない書店でも見かけるぐらいには浸透しているようだ。紀伊国屋書店のHPを見ると、新宿本店、南口店とも品薄のようだから、ちょっとは売れたのだろうか。アマゾンも品薄が続いていて、今現在は品切れ。すぐに入荷されると思われるが…。

前々回の記事で、紀伊国屋では精神世界の棚にあったと書いたが、ジュンク堂でも精神世界コーナーになった。予期しないことだったが、まあ、悪くはないのかな。一部の書店をのぞけば旅行本コーナーは縮小の一途をたどっているようだし…、よく見ると、サドゥ本は旅行本コーナーっていう柄でもない。だからといって精神本ともちょっと違うわけだが、…そう考えると、サドゥはどこへ行っても周囲に同化しない存在だな~と、あらためて思ってしまう。これは本を作った僕の責任というより、被写体である(天邪鬼)サドゥたちに原因があるだろう(だから撮ったんだけど)。

ちなみに精神世界の次は、たぶん写真集コーナーが有力だ。最寄の書店でも写真集として扱われていた。こちらは素直にうれしい。ずっと写真をやってきたわけだから、この日をずっと夢見ていた、と一応は言えるのかな。ただし、棚の前はいつもガラガラだが…。

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サドゥ本に関して、すでにいくつか読後の感想をいただいています。読まれた方で、面倒でなければ、コメントでもうちのメールアドレスでも結構ですので、感想をお送りください。今後の活動の糧、そして参考にさせていただきたいと思っています。

それから、サドゥ本の編集とデザインを担当していただいた草下シンヤ氏のブログでも、サドゥ本に関して記事が出ているので(うちで未発表の写真も少しあります)、ご覧ください。


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サドゥ本発売されました

Haridwar777

昨日、アマゾンをチェックしたら、「サドゥ 小さなシヴァたち」がすでにあった。あれっ、発売している。しかも、すでに順位が表示されているということは、誰かが買ったということだろうか。なんて他人事のようだが、彩図社のHPにも18日発売との記述が登場…。24日かと思っていた。それで今日、新宿に出る機会があったのでさっそく紀伊国屋書店新宿南口店へ。

しばらくうろうろするがどこにもない。彩図社のほうからは旅行本、あるいはサブカルチャー、と言われていたが、まだかな…、と思ってそれでも一応検索してみると、「在庫あり」の表示が。さらに詳細を見ると、なんと「精神世界」のコーナーに置かれているらしい。

なぜ「精神世界」、と思いつつもとりあえず向かうと、はしっこのほうに、それでも一応、平積みされていた。その後、本店も見てみたが、こちらもやはり精神世界コーナー、ただし二冊だけ。ちなみにジュンク堂はまだ入荷されていないようだ。

それにしても精神世界ってどうなんだろう。サドゥ本の帯の言葉に、「放浪修行者」「ヨーガ」といった言葉があるから、精神世界本と判断されたのだろう。サイババを買いにきた人が、ふと魔がさしてサドゥ本を買うってことなのか…。ほかの書店では、どうなるのか分らないが、まあ、いろんな棚に置かれれるのも悪くないかも…。それに来週になったらまた変更があるかもしれない。

何か分ったらまた報告します。もし紀伊国屋書店に行く用事があったら、ぜひ精神世界コーナーにもお立ち寄りください。ちなみに他の支店では、札幌と大阪梅田。少ないのはまだ発売されたばかりだから(…と思いたい)。

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今回の写真は、ガンガーの聖地ハリドワール。ヒマラヤ巡礼の行き帰りに何度となく立ち寄った思い入れの非常に強い街。サドゥ本にも少し登場する。今回の写真は本とは関係ないが、ガートの外れのあばら家に暮らす聖職者が夕方の礼拝をしているときの様子。

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久しぶりにサドゥ本のバナー。

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サウンド付きスライドショー

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最初に…、サドゥ本紹介のサウンド付きスライドショーを作りました。ぜひご覧ください。

スライドショーを作るのもかなり大変だったが、サウンド付きというのはさらに重荷だった。第一、音源がない。サウンドはナッシュスタジオという会社から買うことで解決したが、せっかくダウンロードしたサウンドをどうやってフラッシュに組み込むかさえ分らない。というか、フラッシュの機能をほとんど知らないままスライドショーを作ったものだからどうしようもないのだが、最初から勉強するのはさらに苦痛だ。

それから半日、ああだこうだ、とやっていたら、何とか組み込むことが出来た。本当はサウンドオンとかサウンドオフとかをボタンで制御したかったが、これ以上やっていたら頭がおかしくなる、ということであっさり降参。別ページにした。とりあえず出来上がったものをHPに組み込んでこちらは完成したが、次のステップで完全に壁にぶち当たってしまった。

スライドショー製作はじつは、宣伝用にユーチューブに投稿してみれば、というある人のアドバイスで始まったものだが、最後の砦であるユーチューブ投稿がなぜかことごとく失敗している。何度か挑戦して、ファイル形式が違うということだけ理解できたが、「どうやってファイルの変換をすればいいの」というのがさっぱり分らない。しかしこれは友達に相談して、変換ソフトがあるということでこれをダウンロードし、変換。やれやれと思ったが、それでもユーチューブは受け付けない。

ファイル形式が違っていたときは、「ファイル形式が違うよ」みたいな不親切なアドバイスがそれでもあったが、今は、「失敗しました」の一文のみ。もともとほとんど理解もなく作っているのだから、もうお手上げである。ということで、気分転換にこの記事を書いている。ユーチューブに入れ込んでいても埒があかないので、しばらくのあいだ忘れることにしよう。

昔から数学、物理、英語などの「暗号もの…?」が苦手であった。大学を卒業できなかったのも、第一、第二外国語があったためだ。その外国語は、当初の予定から大きくずれて、外国ばっかり行くことになってしまい、あとで後悔するはめになったが…。パソコンなんかも、最初はワープロとパソコンの違いも分らなかったが、今はパソコン漬けである。こんなことなら「暗号もの」をしっかりやっておくべきだった。英語もパソコンもやればかなりおもしろいわけだし…。まあ、今さら後悔してもはじまらない。

英語にしろ、HP作りにしろ、僕の場合は、なんというのか、非常に少ない単語や機能で、あとは感覚的にやってしまうという癖がある。英語に関して言えば、ときどきインドの客引きあたりから、「お前の英語は素晴らしい」と絶賛されることがあるが、それは誤解である。というか、こちらの英語は全部、インドの客引きあたりから覚えたものなので、彼らの知らない単語は僕もまた知らないし、相手がどんな単語を理解しているかだけは知り尽くしている。なかには、意味も分らず長年使いこなしている単語もあったりして、一昨年、仕事でスイス(スイス人は英語が得意です)に行ったときは、どうしよう、と思ってしまった。何といっても、こちらはインドの客引き仕込みのめちゃくちゃ荒っぽい英語である。しかも無意識にヒンディーやネパリーが混じってしまう。

基礎からやったほうがいいのは分るが、性分だから仕方がないか。こんないいかげんな人間だからサドゥ写真だけは撮れるわけだし…。しかし、次からはちょっと動画もやってみたいな、と思っているので、フラッシュぐらいは勉強しなければ。

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今回の写真はとくに記事とは関係ありません。聖地ハリドワールのアラティ(夕方の礼拝)の様子です。夏は毎日、こんな感じで盛大にやっています。

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サドゥ本完成

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朝、サドゥ本完成の電話があった。それでさっそく出版社に本を受け取りに行く。

印刷まで立ち会ったからおおよその想像はついていたが、実際、本を目の当たりにしてあらためて感動。というか、まったく奇妙な本を作ってしまったと実感する。「奇書」と言われたい。

ということで、本の中身の写真を一点紹介しておきたい…

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(蛍光灯の下で撮ったので、光ってしまっている部分があります)

いきなりですいませんが、こんな感じのページもある。印刷会社のオペレーターの人から、「この写真、大丈夫なんですか?」と心配されたが、サドゥは神様だからノープロブレムである。このページはかなりお気に入り。このページに限らず、色には気をつかって写真をセレクトしている。やはりきれいでないと…。実際、サドゥはかなりおしゃれだし。

ちなみにサドゥ本、なんとハードカバーである。発売予定はまだはっきりしないが、早くて19日、間に合わなかったら22日の午後か23日との予定。地方だと、1日ぐらい遅れるかもしれないとのこと。決まり次第、また報告します。

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サドゥ本についての詳細ページは下のバナーからお入りください。

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サドゥ本印刷立会い

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サドゥ本印刷に立ち会うため、印刷所に行ってきた。

印刷所に行くのははじめて。どんなところか想像がつかなかったが…。

現場に到着して、まず建物の大きさに驚く。近代的な工場、といった感じだ。内部に入ると、ガラス張りの向こうに巨大な印刷機がいくつも並んでいる。これらはすべてドイツ製で、どれも一台数億円だという。

内部も見学させてもらった。長さ10メートルもあるような巨大な印刷機から、正確には分らないが、秒単位10枚ぐらいの勢いで印刷物がどんどん刷り上げられていく。ものすごい迫力とインクの匂いにちょっとうっとりする。

印刷機のとなりには、刷り上ったばかりの印刷物が大量に積み上げられている。多くはまだ世間に出回っていないもの。ということは、ここで働く人たちは、いち早くこうした印刷物を見ることになる。まさに流行の最先端、といったところだが、その一角に、サドゥたちがいるのがシュールな感じだ。

サドゥ本の印刷は一番奥の機械で行われていた。写真中心の印刷ということで、速度を少し落として、慎重に印刷する必要があるのだという。

専属のオペレーターの人がついて、色管理、印刷ずれなど、目視も含めて、さまざまなチェックをしながら進行する。今回は一枚の大きな紙(A0サイズかな…)に16ページ分が印刷されたが、紙一枚分の色見本が出来ると、待合室で待機している我々のところに持ってきてくれ、色を確認してこれにOKのサインをすると、本格的に刷り始める。といっても、印刷は非常に微妙な世界だそうで、数百枚に一枚ぐらいは抜き出しては、厳密なチェックを繰り返す。

印刷会社の営業の人の話では、一口に印刷といっても、やはり印刷機の性能と、それからオペレーターの腕次第で、印刷結果も当然変わってきてしまうという。考えてみれば当たり前のことだが、印刷所に来るまで、あまり気にもしていなかった。

知らないというのはお気楽なものだ。雑誌などの仕事では、簡単な色校はしても、それ以上のことはほとんど考えないから、仕方ないのだが…。

今回は最高品質の印刷機と信頼できるオペレーターに恵まれたわけだが、これで終わりではない。刷られた紙は次に製本会社に送られ、来年はじめに製本されてようやく本になる。

サドゥ本はさらに取り次ぎを経て、本屋に並ぶのだが、それにしても長い旅だ。撮るのは一瞬だが、その前後のことを考えると我ながら気が遠くなる。雑誌の時は撮ってきた写真と指定された量のテキストを提出したら、あとは自分のあずかり知らぬ場所で進行していった部分が多かったが、今回は、編集作業に自分も参加したことなどで、モノが作られていく過程を数多く体験し、見聞きすることになった。

一つのモノというのは、じつに多くの人の手を経て出来上がる、ということを実感できたことも大きな収穫だった。


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上の写真はオリッサ、プリーの夜です。記事とはとくに関係はありませんが…、こんな夜がかなり好きですね。


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今回のサドゥ本バナーは第四章で登場するものです。場所はパチマリ。

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サドゥ本紹介ページにスライドショー

サドゥ本の紹介ページにスライドショーを導入した。

どうやって作っていいのかまったく分らなくて困ったが、結局、フラッシュで作成。案外、簡単に出来た。ただし、初めてなので出来具合は微妙な感じだ。まあ、サドゥの迫力はお伝えできるだろう。

スライドショーは必須だとずっと思っていた。「サドゥなんて知らん」という人がほとんどだから、まずは見てもらって、とにかく驚いてもらわないと。

というわけで、どうぞご覧になってください。二分程度の内容です。キャプションは即興で作ったものなので、本文とは一致しないものもあります。

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校正を終えて

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上の写真は今年の元旦にアラハバード(プラヤーグ)で撮ったもの。ガンガーの向こうから昇るご来光を見ようと真っ暗なうちから河原を歩く。しかしこのあと濃い霧に包まれ、視界がほとんどきかない幻想的な世界をさ迷い歩いた。霧が完全に晴れたのは昼近く。当たり前だが、太陽はすでに空の中ほどで、どうってことのない姿でぼんやり冬の光を発していた。

なぜ、こんなことを書きたかったかというと、まさに今の気分がそうだから、といったところか。

サドゥ本に登場する一番古い写真は約4年前のものだが、大半は、この二年半のあいだに撮ってきたもの。そのあいだは明けても暮れてもサドゥサドゥで、ようやくサドゥ本の出版にこぎつけて、気がつくと2007年師走のぼんやりした太陽の下に立っている。思えば長い旅だった。

昨日、サドゥ本の最後の校正を終えた。あとは印刷所で立ち会うだけだが、これは見学みたいなもの。心配だった色校正も問題なく終わってようやく一安心だ。

昨日はその後、紀伊国屋に立ち寄り、膨大な本の壁をただ眺めていた。華やかな表紙に彩られた無数の本を見ると圧倒される。このなかで、サドゥ本はどんな風に並ぶのだろう。不安も多いが、とりあえず、無事に終わってよかった。


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今回のサドゥ本バナーはサドゥの大集会クンブメーラ、からです。


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サドゥ本紹介ページを作りました

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本家chaichaiのトップページイメージを上のものに変えました。これはサドゥ本にも登場する写真。去年の夏に一緒にヒマラヤを歩いたスワヤンブナートババです。

それとサドゥ本の紹介ページをchaichai内に作ったので、もしよかったらご覧ください。

サドゥ本発売までまだ一ヶ月以上あるので早いかなあ、とも思ったが、無名の新人(年は食ってるが…)の本なんて誰も宣伝してくれないので、がんばっていろいろ宣伝しないと…。

それと、たしか9月ぐらいに、ちかぢか、「ガンジス川巡礼案内誌」のページをアップする、と書きましたが、これは少し延期したいと思います。サドゥ本出版にあわせるつもりでしたが、サドゥ本の舞台について、発売と同時期にあれこれ紹介するのはどうなのかなぁ、という気持ちが強くなってしまいました。

二転三転して申し訳ありませんが、またいずれ、ということで。

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(追記)

サドゥ本のバナーを作ってみました。

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しかしこれをどうしたものかな。

サドゥ本を宣伝してやろうという奇特な方がいましたら、ご自由にお使いください。
バナーのリンクはよろしければ下記URLへ…

http://chaichai.campur.com/sadhubook.htm

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(さらに追記)

前回の記事で、サドゥ本の記事が1600円になりそうだと書きましたが、最終的に1800円(税込1890円)となりました。こちらも二転三転してしまいましたが、よろしくお願いします。

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最良の日

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「今日は死ぬのにもってこいの日」というアメリカインディアンに関する本があった。まだ読んでないが、タイトルが印象に残っている。

今回の記事のタイトル「最良の日」は、今日のことではない。劇的でもなんでもない自分の人生のなかで、それでも「最良の日」があるとすれば例えばあの日かな、というのがいくつかある。そのうちの一つが一年前のクンブメーラ。

夢にまで見た裸のサドゥ大行進(シャヒスナン)を間近で三度見たのである。プレスカードが手に入らないのでいったいどうなることかと思ったが、最初の行進では「インディアントゥデイ」という、インドでもっとも有名な雑誌の記者とカメラマンにお願いして、一緒に中までもぐりこんだ。二回目、三回目は、裏道から侵入。三度も大行進を見た人間はあまりいないだろう。

クンブメーラ滞在も約三週間。毎日サドゥテントをうろついていたら、あるサドゥから、「そんなにサドゥがいいならお前もサドゥになれ!」とその場でむりやり服を脱がされかけた。相手は結構本気だったと思う。

クンブメーラはサドゥにとってももちろん「最良の日」。写真の笑顔を見ればそれは一目瞭然だ。一見おそろしいインド仙人たちがあんな無邪気な顔して笑うのである。こんな写真がうちには無数にあって、写真を見ているだけで、毎日、笑いながら暮らしていけるだろう。

さてそのサドゥ本のことだが、火曜日から二日連続、編集部で徹夜作業、完全な形が見えた。僕の仕事としてはあとは最終校正のみ。最後の最後まで写真を漁っていたが、昨日になって、こんな写真があったんだ、という新たな発見があり、また写真一点を差し替え。これでもう完璧。思い残すことはない。

前々回の記事だったか、定価は1800円と書いたが、1600円に落ち着きそうだ。税込みわずか230円の違いだが、買う人にとっては印象がだいぶ違う。これもよかった。

(上の写真はサドゥ本には登場しません、念のため…)

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(追記)

当記事で、サドゥ本の記事が1600円になりそうだと書きましたが、最終的に1800円(税込1890円)となりました。二転三転してしまいましたが、よろしくお願いします。


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サドゥか、サドゥーか、サードゥーか

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(写真はハリドワールのシヴァ像です。ちなみにサドゥ本には登場しません)

前回の記事「サドゥの本を作っています」で、これまで、ホームページ、ブログで「サドゥー」と表記していたのを「サドゥ」に変えた。変えた理由は簡単だ。今、作っている本で、「サドゥ」という表記を使用しようかと検討しているからで、とりあえずそれに合わせてみた。

サドゥには、「サドゥ」と「サドゥー」以外に、「サードゥー」と表記する例がある。いったいどれが正しいのかよく分からない。ちょっと調べてみると、これは言葉自体の問題というより、カタカナ表記に関するルールの複雑さなどに原因があるらしい。

そのあたりのことは煩雑になるのでここでは書かない。「カタカナ 長音」などで検索するとたくさん出てくる。

さて「サドゥ」に関してだが、どうもよく分からない。よく分からない、といえば、インドの地名なんかもよく分からない。たとえばインド最大の聖地ヴァラナシ。「地球の歩き方」の表記を見ると、「ヴァーラーナスィー」となっているが、まじめに発音してもまず通じない。「頭おかしいんじゃない?」と思われて終わりだ。

(注)ちなみに「ヴァラナシ」を「バラナシ」と書く人も多いが、「バ」と「ヴァ」はインドではまったく違うので、なるべく「ヴァ」と発音したほうがよい。

その他の地名、たとえば「カジュラーホー」とか「コナーラク」なんかもよく分からない。chaichaiの「インドの歴史遺産」を作るときにそう表記したが、どうも違うんじゃないかと、今でも思う。たとえば「カジュラーホー」は、少なくとも僕が現地で発音するときは「カジュラホ」である。「コナーラク」も、まあ「コナラク」でもいい。「マナーリー」は「マナリ」になり、「アーグラー」は「アグラ」になる。つまり、伸ばさないでいいところは極力伸ばさない。伸ばさない理由はよく分からないが、実際、早口のインド人とやりあうならそっちのほうがずっといい。

サドゥに関してだが、伸ばさないのが一番というなら「サドゥー」ではなく「サドゥ」がいい。実際、現地での発音もおそらく「サドゥ」に近い。でも、僕は「サドゥー」でもかまわない。どうしてかというと、少なくとも日本人相手に話すときはずっと「サドゥー」と発音していたし、なんとなく愛着がある。だからといって「サドゥ」だとイヤ、というわけでもなく、結局は体裁のいいほうをとればいいと思っているのである。

サドゥの本を作るわりにはずいぶんいいかげんな、と思われるかもしれないが、仕方ない事情もある。じつはサドゥという言葉自体、インドで使うことはあまりない。サドゥの写真を毎日撮っていても、「サドゥ」といわない。じゃあなんていうのかと言うと、「ババ」であり、敬称をつけた「ババジ」である。

「ババ」「ババジ」は発音の感じが素朴でかわいくもあり、サドゥに非常によく似合う。土臭いインドの雰囲気がそのまま言葉になったという印象があり、好ましい。

サドゥに向かって呼びかける場合だが、「ババジ!」と叫ぶ場合もあるが、通の世界になると「マハラジ!」が普通だ。「マハラジ」というのは、「マハラジャ」と同じで、偉い人、という意味。「マハラジ!マハラジ!」と親しみを込めて呼ぶと、サドゥも人の子であるから、それなりに気分がよくなったりするのである。

「サドゥ」を意味する言葉はほかにもある。ヨーガの達人を意味する「ヨギ」、仙人(聖仙)を意味する「リシ」、世捨て人を意味する「サンニャーシン」。ちなみにサドゥは、「正しい人」という意味らしい。

それらの言葉はすべて二千年以上の歴史があるが、それぞれの言葉が指す対象は、じつはかなり違う。たとえば「ヨギ」というならまずヨーガが出来なくては話にならないし、「リシ」といえば、聖仙と言うぐらいだからもっと範囲はせまくなる。サドゥはそのまんまでいいが、「ババ」というのは逆に範囲がぐっと広くなる。たとえば先住民のシャーマンを「ババ」と読んでいるのを聞いたこともあるし、その他、さまざまな使い方がある。思いっきり範囲を広げて考えるなら、ヒゲを生やしてちょっと変わったオヤジはみんな「ババ」である。

「サンニャーシン」については非常にややこしいので省略しておこう。

サドゥ、サドゥといってもじつはいろいろある、ということが分かっていただけただろうか。ちなみに、僕がわざわざ撮るサドゥというのは、パワーあふれる「小さなシヴァたち」、つまり「ヨギ」「リシ」の系統で、普通の世捨て人は、少なくとも本のなかでは除外している。

いろいろ書いてみたが、まだまだ足りない。というより、インドははっきり言って伏魔殿のような世界で、分かっていることは氷山の一角といってよいだろう。そういう世界で、「サドゥ」か「サドゥー」かを論じていても仕方ない。好きなほうを使えばいんじゃないの、というのが僕の考え方である。

長文になってしまったが、サドゥ本ではこういうややこしいことは省略している。写真中心なので紙面に余裕がないのも大きな要因だが、なんといっても写真が主役だから、ビジュアルからサドゥの魅力を発見してほしい、という思いをこめている。

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サドゥの本を作っています

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インド関係の仕事をしていると書いていましたが、正体はサドゥ本です。出版が来年1月の予定なので、告知はまだ早いと思っていましたが、編集デザインを担当していただいている作家の草下シンヤさんのブログに登場してしまいましたので、こちらでも紹介します。ちなみに上の写真は仮の表紙です。

本の内容はだいたい完成しています。写真集に近い内容ですが、テキストもおりまぜ、サドゥの世にも珍しい世界を紹介します。

ドキュメンタリーとは思ってないので、変に泥臭い内容ではなく、美しく格好いい(?)サドゥが数多く登場します。というか、格好いいサドゥを探し求めてインド中を歩いたわけなんですけどね。とはいえ、変人サドゥも数多く登場します(サドゥは基本的にはすべて変人ですが)。今年はじめに撮影したクンブメーラ、サドゥの大行進ももちろん登場します。これはむちゃくちゃ迫力あります。

サドゥの印象は、一般的には放浪修行者、あるいはヨーガ行者、世捨て人、といったところだと思いますが、じっさいはそのはるか上を行く、すごくて変な人たちです。どんな風にすごいのかはサドゥ本の中で楽しんでいただければ、と思ってます。まだまだ先が長いですが。

ちなみに写真のほとんどは未発表作品です。このブログやホームページの写真はほとんど登場しません。サドゥ本に関してまた進展などがあれば、このブログに書いていきます。


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