うちの祭壇

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昨日の朝、外光を背にしたうちの祭壇がちょっと気になり写真に撮った。シヴァファミリーの写真立てが奥座にあって、手前の本の上に、人からのもらい物やガンガー源流の石などが適当に置いてある。シヴァファミリーの写真立ては、いったい、いつ買ったものか記憶もない。少なくとも10年以上はうちに置かれている。一時はこれを持って旅行をしていたような記憶もあるが、定かではない。

祭壇といっても、とくに何をするということもなく、横に置いてあるお香立てにときどきお香を挿すぐらい。たま~に酒を飲むときなどには、酒を撒く。つまり何もやっていないわけだが、今後、インドに行くことがたとえなくなったとしても、祭壇の主が他のものになることだけはないだろうな、などと考えながら写真を撮ってみた。

祭壇とは別に、うちの家宝というものが現在は汚いビニール袋に入れられ部屋の片隅に吊るされているので、また機会があれば、家宝のほうも紹介してみたい。そのときには、一部を祭壇のほうに移すことも検討してみよう。でもその前に、祭壇の掃除をしなければ…。

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神頼み

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(写真をクリックすると拡大表示します)

最近、またしても重度のインド病が進行中だ。心から満たされるのは、夕暮れの川にいるときぐらい。それ以外はずっとインド、インド。ということで今回は記事というより単なる神頼み。頼むとしたらシヴァしかいない。今、撮ってる川の写真も、東京で唯一、シヴァのいる風景にふさわしいと思うから撮っているわけで、そういう次第で(どういう次第…?)、早くインドに呼んでいただきたい。そのためには、今、計画中の二つのことがうまくいく必要があるから、それをぜひ、お願いしたい。Om Namah Shivaya。

今回の写真は、ウダイプルの民家の壁に描かれていたシヴァ。

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拝み撮り

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最近、友達からインド音楽のあるCDをいただき寝るときなどに聴いているが、これが不思議な世界で、おかげで変な夢ばかり見ているような気がする。楽しい夢というのはあまり見ないから多少疲れたりもするが、一日のうちに何度も違う世界を体験するのは、やはり得をした気分だ。

違う世界といえば写真も同じ。カメラを持って歩き続けるうちに、違う世界にふと入り込んでしまう。

最近は、夕方から夜にかけて写真を撮って、家に帰ったら出来上がった写真を見て、他の人の写真まで見て、寝たら変な夢を見て、…といった感じで、一日がなんだかめまぐるしい。

今回の写真は南インド、ミナークシ寺院の内部。炎の向こうには何かの神様がいるが、よく分からない。暗かったのでカメラを地面に押し付け、地面にはいつくばって写真を撮ったような覚えがある。はいつくばると、五体投地をしているような気分だ。

暗い灯火の向こうに神様やサドゥを見ていたインド旅行時と、街明かりの向こうに何かが見えてくるのを待っている今の状況は、考えてみればよく似ている。

どこにいても、やっていることはあまり変わらない…。

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シヴァ神

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(写真をクリックすると拡大します)

地球の歩き方インド編の08~09が出た、といっても少し前だが、その扉(中扉と言ったかな)の写真について。ただし上の写真は別カットの横位置写真だ。

これは去年撮った写真だが、シヴァ神である。気に入っていた写真なので、こういう目立つところに使われるのはうれしいものだ。

撮影場所はラジャスタンのチットールガル。ウダイプルからの日帰り取材。泊まってもよかったが、3月終わりで、すでに猛暑に入っていて、いずれウダイプルに帰ってこなくてはならなかったので日帰りにする。宿のマネージャーに、昼からオープンだぞ~、と言われ(これは誤情報であったが…)、チットールガルにちょうど真昼に到着。オートリキシャーを雇って城内に入るが、すでに気温は40度超え。

リキシャーを走らせ、遺跡があれば、降りて、歩いて、写真を撮るが、脳天直下の太陽光が強烈で、長くは外にいられない。「あちちちち~」とか言いながら、リキシャーに何度も舞い戻る。夕方撮ればいいわけだが、そんなことをやっているとウダイプルに戻るのは夜中になる。

とりあえず有名な遺跡を、と思って車中から外を眺めていると、ちょっと奥まったところに古びた遺跡が見える。「あれは?」「シヴァ寺院。でも、たいして重要じゃない」「重要じゃなくてもシヴァ寺院なら行くよ」というわけで、リクシャーを止める。

何かの遺跡を抜けて、その奥にシヴァ寺院はあった。観光客はいない。外観はまあ、普通。それで内部に入っていくと、おばちゃんが一人座っている。地元民だろう。「おばちゃん、管理人?」「私はパンデット(バラモン)。門のすぐ外に家がある」などと話しながら内陣をのぞくと、写真のようなシヴァが鎮座している。

「おお~これは…」
「シヴァじゃ」
「お参りさせてもらいます。それと写真もぜひ」
「ノープロブレム」

それで三拝して写真を撮っていると、

「奥まで入って写真撮ってもいいよ」とおばちゃん。
「しかし内陣は…(パンデット以外は入れないのでは)?」
「あんたはかまへん」

というわけでシヴァ神のすぐ近くで写真を撮らせてもらった。

それにしても、いつもながら、こういうシヴァ寺院は非常に落ち着く。我が家に帰ってきたみたいだ。時間があれば一泊したいぐらい。そしてシヴァ派の、こういう裏寂れたところにいる人とはなぜか相性がよい。インドに行くかぎり、こういう場所を探し求めて歩くことになるだろう。

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ドゥルガーとサラスヴァティー

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本家chaichaiの「インド旅の雑学」ページに、ドゥルガー女神とサラスヴァティー女神のページをアップした。

http://chaichai.campur.com/indozatugaku/durga001.html
(ドゥルガー)

http://chaichai.campur.com/indozatugaku/sarasvathi001.html
(サラスヴァティー)

これでだいぶ神様ページが充実してきた。あとはビシュヌ、ハヌマーン、クリシュナといったところか。でもビシュヌ系は書きにくいな。その前に、やはりパールヴァティーか。

今回、サラスヴァティーの写真がどうしても見つからなかったが、神様写真というのは、非常にたくさんある。とりあえず、神像と見れば、反射的に撮ってしまう。ほとんど習慣と化している。

今回の神様写真は先住民の村で撮影したもの。名前はよく分からない。月(シヴァ)と太陽(ナラヤン、ビシュヌ)がシンボル。

サラスヴァティーのページを作りながら、ガヤトリーマントラというのをユーチューブで聞いていた。ガヤトリーは韻律の女神で、のちに芸術の女神であるサラスヴァティーと融合する。とまあ、そんな小難しいことはこの際どうでもいいことだが…

リンクを貼っておこう。

http://jp.youtube.com/watch?v=YW8IjcOWtlI

こうしたマントラでも聴きながら、うちの神様ページを眺めていただければ、なんて思ったりもする。

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神様大集合

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本家chaichaiに「インドの神々」というページを作った。もともとうちは神様系記事が豊富にあるのだが、セレクトがかなり偏っている。というのも僕自身がシヴァ派だから(?)、どうしてもシヴァ系の記事が多くなる。しかしそれでは見る人に不親切かと思って、一応、身びいきなしに概要なるものを作ってみようと思って完成したのが「インドの神々」ページである。

ついでに各ページの最後尾に「神様記事へのリンク集」を貼り付けた。これでいろいろページをめくっていくと、なんとなく神様のことが分ってくる、という仕掛けになっているわけだが、この仕掛けに少し問題がある。ページ内リンクというのかな…、つまり、あるページの特定の場所に誘導するようなリンクが多数あり、もしかすると混乱をきたしてしまうかもしれない。一種の伏魔殿のようになってしまっているわけだが、まさにそれこそが多神教インドの真の姿だと開き直っておこう。

ところで、神様記事が多いからといって僕はとくに神様オタクというわけでもない。長いあいだ聖地中心に旅していたので、自然と名前などを覚えただけである。ただし名前は知っていても、形を特定できない場合がかなりある。とくに女神だと、カーリーやドゥルガーなどをのぞけば、顔は一緒で、彼女たちの格好や持ち物によって神様を特定する、といった技術が必要になるわけだが、そういうのはちょっと苦手である。むしろ、それを勉強しようと思って、「博物館で出会ったインドの神様」シリーズを作ったという経緯もあった。

神様系記事はどれも浮世離れしたものばかりだが、浮世に疲れた~、というときはぜひ遊びに行ってみてください。ちなみに今回の写真はアラハバード、サンガムで行われたマグメーラ(祭)のために作られた神様コーナー。単なる展示物ではなく、これは正真正銘の神様。有名どころがずらりと並んでいるので、一挙に全部拝めてしまうという、とても便利な祭壇となっている。

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韋駄天を見つけた

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最近はchaichaiの更新や整理などをしている。

「インドのアスカを探しに…(1)」に続いて(2)をアップした。
「旅の雑学」のなかの「おすすめインド本」については、すべてリンク切れだったので、あらためてリンクしなおし、二冊、本を追加しておいた。
その他、気になるところをいろいろ直したりしている。

また、インドのアスカを探しに…」と、その後の「ガンジス川特集」のあいだにも、一つ雑学記事を計画中です。

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ところで、「インドのアスカを探しに…」の(1)と(2)に登場する町カリコットが、結構詳しくグーグルマップに掲載されていたので、リンクを貼っておく。

http://maps.google.co.jp/?ie=UTF8&t=h&om=1&ll=19.60834,85.086365&spn=0.007317,0.009978&z=17
これはカリコットの中心街。

http://maps.google.co.jp/?ie=UTF8&t=h&om=1&ll=19.601947,85.066532&spn=0.003659,0.004989&z=18
これは、「インドのアスカを探しに…(2)」に登場するお寺。ちょっと見にくいが、四角くて小さな池がある。

ちなみに、「インドのアスカ」もグーグルマップに載っている。スペルは、残念ながら「Asika」となっているが…。

カリコットから見て、西の方角、結構アップできて、おもしろい(よかったら探してみてください)。

さて、いろいろ書いて煩雑になるが、今回の写真は、「インドのアスカを探しに…(2)」に登場した寺で見つけた神様。たぶん、カールッティケーヤだと思う。南インドではムルガンと言われているが、そのほかにもスカンダやクマーラなどと、いろいろ名前があって面倒くさそうだが、最近はそれが楽しい。ちなみに日本名まであって、韋駄天。つまり、足の速い神様である。

手にいっぱい武器を持っているが、これはカールッティケーヤが軍神だから。ちなみにカールッティケーヤは破壊の神シヴァの息子で、ゾウ頭の神様ガネーシャの弟。

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一昨日から昨日にかけて、ココログがメンテナンスを長いメンテナンスをしていた。メンテナンスをしていても、コメント欄は、一見するといつもの状態と変わらない。それで、もしかすると、書いていただいたあと、反映されない、という人もいたのかも、と気にしていました。

もしそうだったら、すみません。あいかわらずですが、メンテナンスの記事を見落としていました。

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ココナッツと牛糞

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今日はこの一枚。とても小さな世界だが、インドの宗教観がよく現れている。ココナッツの右隣は見てのとおり牛糞、上に花を飾った手作りのお供え物である。

写真はガンジス川河口のガンガーサガール。普段は村もないような場所なので、たぶん、巡礼が時折連れてくる牛の糞を飾ったものだ。牛糞は薪代わりにするので意外と人気がある。牛糞を燃やして作った食事はインドでは十分に神聖なものとなる。同じように、牛糞を燃やしてその煙に包まれながら、サドゥー(放浪する行者)が瞑想するのも何度か見たことがある。だから考えてみれば、お供え物に牛糞があることは驚くことではない。

それにしても、牛が神聖だからといってどうしてその糞なのか?

それはなかなか難しい問題だが、一見無駄なようなものでも、切り捨ててしまわないのがインドらしいところ。糞はもちろん飼料にもなるが、飼料にもならないようなものも、やはり何かの役割を果たしている。逆に言うと、それがあってはじめて、世界(宇宙を超える広がりを持つ世界…)は順調に動くことが出来る。食べ頃のココナッツと同じくらいに牛糞は大切なものだ、ということを多くのインド人がよく知っている。

何かが欠けてしまえば輪廻転生もなくなってしまうじゃないか、というインド庶民の素朴な真理が、写真のような不思議に心温まるお供え物となったのではないかと思う。

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とある村の小さなお寺

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デカン高原のとある村の小さなお寺。大きな木の下に隠れるように静かにたたずむ姿に心が動いた。白い壁にはまるでいたずら書きのように無造作に描かれた絵や模様。そして境内のいたるところにある地蔵様のような彫像と奇妙な形の石。彫像と石のほとんどが朱色に染められているのが印象的だった。

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