幻想的な風景

Sangam002

川のホームページ「東京リバー」からこちらに帰ってくるとやはりほっとする。なにしろ10年近くやっているし、安心感から、思ったことを素直に書きやすい。前回、ツイッターを始めたと書いたが、こちらはそれこそ何を書いていいか分からず、ひたすら更新情報の羅列に終始している。

ところで、川のホームページを作ってみて、いまさらながら、どうして川なのか、そして川の写真を撮ることで何を表現したいのか、といったことを考えてしまうようになった。

たとえば、昔から地理や地図が好きで、それも川の写真を続けるひとつの理由であるのは間違いないが、それが一番の理由かといえば、ちょっと違うかもしれない。それよりも、子供の頃に、「やま」と勝手に呼んでいた広大な荒地で遊ぶことが日課となっていて、そこから、夕暮れになると、反対側の山の端に沈む夕陽を眺めながら家路を急いだ遠い記憶が、たぶん大きな要因になっている。多摩川から眺める夕暮れの風景、奥多摩の山の端に沈む夕陽が、子供の頃の記憶に幾重にも重なっていく。

子供の頃遊んでいた「やま」は、傾斜地に作られた住宅街のさらに上に広がる、たぶん、住宅造成予定地を途中で放り出してそのままになった荒地であった。そのため、「やま」には生活感がなかった。あるのは荒地と砂地と草むらと沼と崖、そして大きな空と自由だった。三つ子の魂百までといわれるが、多摩川に求めたのはまさにその「やま」の記憶だったように思う。

「やま」と多摩川のあいだにはもちろんインド、ネパールがある。都市だけでなく、地方の片田舎もずいぶんと歩いたが、生活感のあるような写真はほとんど撮っていない。ネパールではひたすらノスタルジアな世界を探し続けたし、インドではガンガーやデカンの聖地をぶらつき遊んでいた。付き合いのあったインド人のほとんどが修行者や放浪者といった、日常から遊離した自由人たちで(悪くいえば無能者…?)、何を教わったというわけでもないのだが、彼らを通して僕は、非現実的な幻想の世界を垣間見ることが出来た。5年半前のインド最後の日、空港で隣り合わせたあるインド人から、「あなたは裏のヒンドゥー世界を見てきたんですね」といわれたのをどうしても思い出す。そのときは、「そういう人だと思った」といって、わざわざ彼から声をかけてきた(もちろん彼も裏の人だった)。

あれから5年、今は多摩川のほとりで一息ついて、川のホームページも開始した。これを作るに当たって、まず思いついたコンテンツが「多摩川幻想」だった。「幻想」という言葉に少し躊躇したりもしたが、やはりこれだけは必要だと考え直した。多摩川を撮っているのはもちろん川や地形のお勉強のためではなく、その風景を通して、日本人が古くから育んできた幻想の世界を垣間見たいという気持ちからだった。

日本にも、かつては多くの放浪者がいたという。彼らは山から山へと斜面を伝うように歩きまわり、そして平地では人目を避けるように川沿いを移動した。放浪者たちはときに川に集い、さまざまな文化を産み出した。しかし多くは無名のまま旅を続けた。

多摩川の幻想的な風景を眺めるたびに、僕は彼らの幻影をいくつも見出してきた。ただし、写真に写るのはその風景だけだ。幻想的な風景だけを手がかりに、どうやって彼らの幻影を伝えていけばいいのか、などと考え少々途方に暮れたりしている。


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ガンガー

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久しぶりにインドの写真をアップしたくなった。そしてインドといえばやっぱりガンガー。早朝真っ暗なうちから河原に降りて写真を撮るという習慣もガンガーから始まった。

アラハバードに滞在していたときは、毎日のように朝4時ぐらいには起きて行動を開始していた。バススタンド前あたりでサイクルリキシャをつかまえ、サンガム入り口まで真っ暗な街を20分ほど走り、土手の手前から、赤い灯のともる広大な河原をさらに15分ほど歩いて川べりを目指した。

そんなことをいろいろ思い返すと、ほんとに懐かしく、ちょっと信じられないような気分になる。

東京で川の写真を撮り始めて3年半。東京は東京、インドはインドと思ってはいたが、ふと立ち止まって考えれば、やはりどう考えても、東京の川写真はガンガー写真の続きなのかもしれないな、と思ってしまう自分がいる。だから多摩川にしても荒川にしても、好き好んでいくような場所はどこかインド臭がする。

ただ、ガンガーと東京の川は決定的に違うことがある。ガンガーならこんな場所に聖地があるはずだ、と思うようなところでも、東京の川だとそこは何もない荒野になってしまう。荒野は好きなのでそれ自体は問題ないのだが、その荒野にサドゥや巡礼者の姿はまず見られない。正直言って、それがちょっと寂しいと思うことがあり、気がつくとガンガーのことを思い出していたりする。

というわけで、いろいろ思うところはあるのだが、東京の川のサイト「東京リバー」は、少しずつ更新を続けています。こちらもぜひ見ていただければと思っています。

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旅人…

Tabibito01

Campur Photoに、新たに2ページアップした。

「ハリドワール2(旅人たち)」「ガンゴートリー(旅の途上で)」

どちらもガンガーを旅する人たちのポートレート写真を中心にしてみた。

ところで、「旅人」という言葉を僕はこれまで使ったことがなかった。旅をはじめた90年代はじめ、長期旅行をしていた人たちは自分たちのことを「旅行者」と言っていたような気がする。「旅人」という言葉はたぶんもっと前、70年代あたりに使われていたのではないかと想像しているが、ここ10年ぐらいでまた耳にするようになった。

「旅行者」という言葉に親しんだ人間としては、「旅人」という言葉はちょっと気恥ずかしい感じがする。それに、これも一過性のブームかと思うと、「バックパッカー」同様、なかなか使う気にはなれなかったのだが、ガンガーを旅する懐かしい顔を見ているうちに、無性に「旅人」という言葉を使いたいような気がしてきて、ハリドワール2のサブタイトルにしてしまった。ガンゴートリーのページでも一回使ってしまったし、今後、この言葉をどういう風に使うか、あるいはもうやめるのか、…まあ、どちらでもいい話だがちょっと悩む。

さて、今日で8月も終わり。まだまだ暑いが、日の入りが早くなってきたので、川の撮影が楽になってきた。そういえば、前回の記事で先週の月曜日が満月のようなことを書いたが、実は水曜日であった。夕暮れ時、川の向こうに立ち上がった入道雲を撮っていたら、真後ろの地平線近くからあやしく光る満月が登場してちょっと感動。

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南の島に行きたくなったり…

Minami001

暑くてどうしようもないのに突然南の島に行きたくなったりする。潮騒を聞きながら真っ赤な夕焼けに染まっていく浜辺に行ってみたい。いや、行ってみたいのではなく、住んでみたい。一生をそういう場所でただ海を見ながら暮らすというのはどんなものだろう、などと考えつつ、電車が来たので読みかけの本を開く。…しばらくしてふと気がつくと、すでに気持ちは中国の遠い昔の山の中。一人の男が邪神である虎を殺しに山へ向かう。どんな山だろう?黄山のような風景だろうか。いまさらながら中国の山を見に行きたくなったりするが、観光客が群れている様子を想像したとたん、黄山に行く夢は一瞬で消えてしまった。20年前ぐらいに行っとけばよかったか、などと後悔しても仕方ないのでとりあえずは小説のなかを虎を探して旅することにしよう。

虎のことでひとつ思い出した。何日か前、ちょうど熱帯夜が始まった頃、寝られないなあ、と思って部屋をうろうろしていたら、壁の向こうをうろつく虎を発見した。まずい、と思って反対側のドアから逃げて走り出したとたん、虎がジャンプして覆いかぶさってきた。死んだ、と思った瞬間、夢が覚めた。暑くなるとこんな夢ばっかりだ。

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ガヤトリーマントラを聴きながら…②

Sangam002

ガヤトリーマントラを聴きながら…②、としたのは、そういえば、ガヤトリーマントラを聴きながら、というタイトルで記事を書いたことがあったかなあ、という記憶がかすかにあり、検索で調べるとやはりあった。

昨日の夜、映像作家のこいでみのるさんからいただいたDVDを見た。今回の舞台はハリドワールのクンブメーラ。そう、あのクンブメーラだ。うれしい反面、ちょっと微妙な気分でもある。見れば、最近ちょっとは忘れかけていたインドがまた蘇ってきてしまう。しかも主役はサドゥだし、そして舞台はクンブメーラ。また嫉妬してしまう。春のクンブメーラ以来、すっかり嫉妬深くなってしまった(?)

主役がサドゥとあって(しかも知ってるババジ)、ときどき一人で笑いながら60分の映像を見終えた。この作品は、今月末あたりの発売なので、またその機会に紹介したい。ちなみに、下記こいでさんのホームページ。

http://sisyphe.blog90.fc2.com/

見終わってもやはりインドのことが頭から離れず、仕方がないのでオームナマッシヴァヤなんかを聴きながらいつもの写真の整理。そういえば、久しぶりにガヤトリーマントラでも聴いてみるか、と思いついて聴いていると、ちょっとは気分が落ち着いてきた。

http://www.youtube.com/watch?v=covVrKurvXI&feature=fvw

そして気分転換にインドの写真フォルダを眺めていたら、上の写真が目にとまった。こんな風景が、たぶん一番好きだ。写真の川はもちろんガンガー。
(写真をクリックすると拡大表示します)


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夜の川へ

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Jyunrei002

あいかわらず川を撮り歩いている。最近のお気に入りは荒川。だだっ広く、殺風景で、その分だけ自由な空気にあふれている。夜の闇を歩いていると、ふとガンガーにいるのかと錯覚してしまう。対岸に、建設中の東京スカイツリーを眺めるのもちょっとした楽しみになっている。それにしても、僕が好きになる場所というのは結局はこういうところだ。どこぞの橋の下で拾われてきたというのは本当だったのか…?

上の写真は早朝のガンガー。こういう写真を見てると、やっぱりガンガーあってのインドだなあ、と思わざるを得ない。

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こんな写真が気になった。

Kinokamisama001

写真を整理していたらこんな写真があった(クリックすると拡大表示されます)。今まで気にもしなかった写真だ。それどころか、撮ったときの記憶すらほとんどない。

場所はアラハバード。サンガムの河原に行く途中に撮っている。たった一枚だけ。無意識に、なんかいいなあ、と思って一枚撮って、でも絵にならないかな、と思ってそれで終わり。今回の写真整理で気がつかなかったら、また何年も、あるいは何十年も忘れられて、もしかするとそのまま消え去っていたかもしれない。

大木の根元近くに赤い旗があるから、ここには神様が祀られている。すぐ手前右手には地中に半分埋もれた小さな塔。そして後ろにリキシャ。その背後にあるのはリキシャーマンの家なのかもしれない。いずれにしても、インドでは珍しくもないごく普通の風景。でも気になった。

写真を撮ったときの記憶はない、と最初に書いたが、こうやって写真を見ていると、なんとなく記憶が蘇ってきそうな気もする。

それにしても、こうやって写真の整理をしていると、あんな写真、こんな写真と、いろいろ撮りたい欲望がとめどなく沸き起こってきて非常に困る。今の写真だけでも手一杯だというのに…。

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ポートレート

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夜の街を遅くまでうろつき帰宅したら真夜中になっていた。まずは空腹を満たしてそれから写真整理。まだ終わらない。少し疲れたので、気分転換にインドの写真ファイルを開く。人工照明に照らされた夜景の世界から土臭いインドの村へ…、未来から過去へと一気にタイムスリップしたような気分。あるいは前世へと戻っていくような不思議な感覚に落ちていきそうだ。

一枚目の女の子は、デカン高原の村ならどこにでもいる顔ということで撮ったわけではない。このとき、周囲には数十人の村人がいた。週に数回あるかないかのバスがちょうど到着していてほとんど時間がなかったが、遠目から見ても、誰を撮らなければいけないか、すぐに分かった。そして彼女のほうもなぜかそれが分かっている。

今までインド、ネパールで撮った、ポートレートのいい写真というのは(サドゥはちょっと違う)、ほとんどがそんな感じで撮ったものだと思う。本当に直感だけ。一瞬のことなので物語なども何もなくけど、自分にとってはすごく大切な写真だ。いつか、ひとつの形にまとめたいなあ、とずっと思っているのだが…。

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ガンガー

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上の写真は聖地サンガムのガンガー。冬の早朝、川が霧に包まれ、あらゆるものが消え入るような、もしかすると少々ありきたりと思われがちな、こんな風景が僕は好きで仕方ない。こういう写真を撮るために、連日早朝のガンガーに通った。何度見ても飽きないのである。いくらでも撮りたいし、川を眺めながらチャイを飲んでいればそこは天国だ…。そういうことをいろいろ考えていくと、やっぱりまた行きたい、と思わずにはいられない。

今はコーヒー片手に東京の川をめぐっている。新しい写真のテーマがなんたら、とちょっと前に書いたが、じつは多摩川から東京都内の川や運河に舞台を移しただけのこと。うまく軌道にのるかどうかが心配だったが、それは杞憂だった。川があればなんとでもなる。クタクタになるまで夜の川沿いを歩いて全然飽きないし、撮りたいものがたくさんあって、なかなか川を離れられない。

ところで、昨日がクンブメーラの最後の行進日だった。これで、2ヵ月あまり続いたハリドワールクンブも終了だ。サドゥ本を出版したのにこのクンブに行けなかったことがずっと気になり、気まずいような気持ちが続いてしまった。こんなことなら行くべきだったのでは、という気がしている。後悔している、と書いてしまったほうがいいのかな。多摩川でのんびりしすぎてしまったかも…。

次回の大規模な(あるいはガンガーでの)クンブメーラは2013年のアラハバードクンブ。3年後…、さすがにもう分からない。

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今回のクンブメーラ、今ユーチューブで検索してみると、すでにいくつかの動画がアップされている。

http://www.youtube.com/watch?v=Ucqmyb_s6Q4&feature=related

上は、プロの映像作家による作品。下は、出発前のナガババたちだろう。

http://www.youtube.com/watch?v=uRp_Ealqu6w&feature=related

ナガババ行進の映像もあった。サドゥ本にも掲載したオンギリババジの姿も見れる。最後のほう、1:50の、背の高いナガババ。

http://www.youtube.com/watch?v=e9sTLavgqB8&feature=related

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今日も川

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クンブメーラに行くわけでもないのに、あれこれ書くのも変な話だと思うが、それもあと一ヶ月。昨日15日は二回目のシャヒスナン(サドゥの行進)があった。一回目のときと違って、もうそんなにイライラはしない。川に行って写真を撮ればいいだけの話。今日は暗くなるまで多摩川を歩いて、そのままの勢いで別の川もちょこっと撮った。水が流れていればなんでも撮りたくなってしまう。頭の中に川が流れているのかと思うぐらいだ。

そういえば、ある人に「多摩川を撮っている」と言ったら、「禊(みそぎ)みたいなものですね」と言われた。その人は霊感があるという人で、「浄化が終われば別のものを撮るでしょう」みたいなことも言われたが、今のところその兆しはない。もしかすると、浄化してもしても尽きないぐらいにカルマが溜まっているのかもしれない。そんなに悪いことはしてきてないつもりだが、いやどうだろう…。無欲とはとても言い難いし。

今回の写真は三年前のクンブメーラ。浄化を求めてガンガーにやってきた巡礼たち(?)。

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