インドの風景と人と

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「インドでどんな写真を撮ってるんですか?風景ですか?」と聞かれて、「いや、人…、中心ですかね」と答えることが多いが、自分の写真をあらためて見ると、風景の写真も非常に多い。

インドでは早朝から写真を撮ることも多いが、そのときもまずは風景から。

風景からその土地に近づいていって、そこで人を見つけて人を撮る。風景か人か、どちらが主役か分からないような、ちょっとテーマが甘いんじゃないか、と言われそうな微妙な写真も好きだ。

数年前から漠然と思っているのは、僕はたぶん、インドの風景が好きで好きで仕方ない。それも特別なものではなくて、そこらへんに転がっている何でもない風景…。

数年前からインドの苦行者サドゥを撮っているが、これもよくあるような、精神世界からたどりついた世界ではなく、インドの田舎の風景から、ジャングル、ヒマラヤ、を通って、気が付いたらサドゥのとなりにいるなあ、といった感じで、その入り口は風景のなかにあった。

先住民が好きなのも同じような理由だ。

ところで、本家chaichaiのコンテンツのひとつ「インド 旅の断片」も88ページになった。旅のあいまにふと撮ったなんでもない写真を気楽に集めたものだが、やはり風景の写真が多い。そして、最初のセレクトから漏れたような写真がほとんどのはずなのに、なんだかお気に入りのシリーズになった。

このシリーズは煩悩の数にあわせて108回で終わることにしているが、本当は何百回でも続けたいところだ。

今回の写真はカーンハ。虎で有名なデカン高原の村。虎を見るため、たくさんの観光客が集まるが、周囲はデカン高原のいつも風景がずっと続いている。周辺には先住民の村も多い。写真の子供はたぶん先住民ではないが、先住民と混じりあって暮らす人々は先住民のようにおだやかだ。インド人というと、ワーワーうるさく威嚇してきて、油断ならない、と思っている人が多いようだが、実際は人それぞれで、地域によっては、シャイで素朴でとてもやさしい。

それにしても、毎日、インド、インドでよくも飽きないものだと自分でも呆れる。それが15年以上も続いているわけだからなおさらだ。

ところで、本家chaichaiの新シリーズ「東京散歩写真」で、一部、写真が見れないページがあった。不具合、というか単純なこちらのミスで、すでに修正しました。

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ベンガル湾の朝(プリー)

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(写真はクリックすると大きくなります)

オリッサに関係のある人からメールをいただき、プリーの漁村の話題が少し出た。プリーの写真はこれまでほとんどアップしていないが、こういう機会なので、ということでとりあえず今回の写真。

もっと全体が映るような写真が良かったが、浜辺自体は非常に広い。今回は船の写真だが、浜辺にも数千人の漁民が働いていて、風景としては非常に壮観。自然と人間の果てしないドラマを見ているようだ。

この風景を見てすぐ浮かんだのは聖地ヴァラナシの朝。やっていることは全然違うが、何かが重なって見えた。ただし、プリーの漁村のほうがずっと迫力がある。

さて、話題は全然変わって、本家chaichaiのほうに「東京散歩写真」というページを作り始めた。ブログのカテゴリーでも同名のものがあるが、このページでは、今まで、折に触れ撮ってきた写真を全部アップする予定。現在は4ページだが、今までの分だけでだいたい20ページぐらいになると思う。

東京はとくにテーマなく、ふとその気になっては、数時間撮る、という繰り返しだが、今後撮るかもしれない写真も続けてアップしていきたい。よかったら見てみてください。

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マンドゥーの丘で…

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(写真はクリックすると大きくなります)


6月も終盤、インドもそろそろ雨季かな。

3年前の夏、ヒマラヤを一ヶ月歩いて、その後、雨季のデカン高原を二週間歩いた。訪れたのはオルチャとマンドゥー、鮮やかな緑の丘は、ずっと歩いていたくなるほど印象的だった。

写真はそのマンドゥー。丘に広がるイスラム廃墟遺跡群のたしか南の端っこにある離宮。ここから、なだらかに下っていく林と、その向こうに、果てしなく広がるデカン高原が見える。

暗くなるまでぼんやりと写真を撮っていると、丘の下からサドゥが5人ほど上ってきた。槍なども持っていて、おまけに人気がほとんどなかったから、これはやばい、と思ったが、彼らはおとなしく遺跡の上に座り、そのうちの一人は笛まで吹きはじめた。

山賊じゃなかったんだ、ということで、その後、彼らと少し話もした。丘の下にアシュラムがあるらしく、そこから登ってきたという。夜になったら、林を抜けて丘を下り、アシュラムへ戻るのだという。

「真っ暗の中を歩くのか?」「いつものことだ」「時間はどれくらい?」「一時間ぐらいかな。それよりお前も来るか?」「自転車で宿まで帰らんといかんし…このまま戻らなかったら宿で大騒ぎになる」「まあ、それもそうだ…笑」なんて話をしながら、しばらく笛の音を聞いていた。

それにしても、なんて不思議な世界…

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マンドゥーに関しては、遺跡の写真だけすでにHP上でアップしています。(全3ページ)

http://chaichai.campur.com/architecture/mandu01.html

オルチャの写真もどうぞ。こちらは全5ページで、遺跡以外の風景、人の写真も。

http://chaichai.campur.com/architecture/orchha01.html

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月を見る蛇

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昨日、夕方からある人と会って、インドとサドゥの話をしてから外に出ると、厚い雲の端から一日遅れの満月が出ていた。それから、最近お気に入りの、雑草に囲まれた小さな歩道を歩いて、家へ向かった。時々、林の向こうに見え隠れする月を見ながら…

最近は、ユーチューブでマントラを聞きすぎているせいもあってか、自然に向かう気持ちが非常に強くなっていて、いったいどうなってるんだろう、と思うぐらいだ。ヒマラヤかデカンか、と呪文のように、どっかから聞こえてくる。サドゥ病だ。

ユーチューブでの最近のお気に入りはこれ、オームナマッシヴァヤ

http://jp.youtube.com/watch?v=hascFPxfMA8&feature=related

昨日の月を撮ってアップしたかったが、カメラを持っていなかった。一眼レフを普段持ち歩くのは大変なのでコンデジを買いたいが、コンデジで夜景がうまく撮れるだろうか。などと考えながら、月の写真を探していたら、満月を見る蛇、といってもナーガの形をした呪具だが、そんな写真があったのでアップしてみた。

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もう一つのブログ「ニルカンタ・カフェ」も定期的に更新しています。こちらへもどうぞ。

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ヒマラヤへ飛びたい

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前回は、デカンに行きたい!と書いたが、ヒマラヤの写真を見てると、こんな雲にのって、一気にヒマラヤまで飛んでいきたくなる。

次回はどっちへ行こう、なんてことを悩みながら、「インド旅の雑学」に「聖地巡礼の旅へ」のページを作った。各地の聖地を簡単に紹介するページも近いうちに作りたい、と思ってます。

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デカン高原の夕暮れ

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今日もまた、

「あと何十年でもインドに通いたいですよ~」

なんてことを、ある人にしゃべっていた。そしてふと思い浮かぶのは、デカン高原のこんな夕暮れだったりする。

長いインド旅行の中で、デカン高原にいた時間はそれほど多いわけではないのだが、印象は非常に強い。前世はデカンにいたのかと思うぐらいに…。

デカンの写真もたくさんあるのだが、いったいどうしたものだろう…それよりまた先住民に会いたいなあ…森の奥のサドゥも探したい…噂に聞いた謎の洞窟遺跡も探したい…一度ぐらいはジャングルで虎やヒョウも見たい…行くなら緑鮮やかな雨の季節かな…などなど、思うところがありすぎて、だからやっぱり、あと何十年でもインドに通わなければ、と思ってしまう。

デカン以外も、行きたいところは無数にあるし…

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水…

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上がガンガー、下が大阪のとある山寺の水。


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ガンガーを見下ろす茶屋

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新緑を眺めながら、今、一番行きたいところは、と考えていると、自然と山の風景が浮かんできてしまった。

山といえばやはりヒマラヤ。ネパールカトマンドゥーなども含めて、ヒマラヤ界隈をうろついていた期間というのは、軽く1年半を超えるから、よくよくヒマラヤに縁があるらしい。というかたぶん、純粋に好きなのだろう。

ヒマラヤの旅、といってもいろいろだが、今やりたいのは、ヒマラヤ山麓の旅。雪山(本当の意味でもヒマラヤ)を遠くに眺めながら、小さな街や村をバスや歩きでうろついてみたい。

ヒマラヤの街の薄汚い居酒屋で、トゥクパ(チベット麺)とかモモ(チベット蒸し餃子)をつまみながら、ロキシー(焼酎)やチャン(にごり酒)を飲むのもいいし、もちろん聖地でベジタリアン生活も悪くない。そのあたりは何でもいいが、出来ることなら、ヒマラヤ山麓を、たとえば西の端から東の端まで、半年ぐらいかけてぶらりと横断できれば最高だ。

ま、半年とは言わないから三ヶ月でも…。

今回の写真は、ガンガー源流からの帰り道、温泉の村ガンガナーニの茶屋、というか、ご当地風ドライブインの窓際特等席からガンガーを見下ろしているところ。目の前にいるのは、サドゥ本でも登場したサントスナートババ。このときは、たぶん、チョウメン(焼きそば)を食べたような記憶がある…。

チョウメンを好きになったのはヒマラヤ巡礼から。定食ターリーがうまくなかったりするので、機会があるごとにチョウメンを食べるようになった。その影響もあって、日本でもよく焼きそばを食べる。クミンなどの香辛料でもいいが、普通に七味唐辛子を多めに加えると、チョウメン風になってうまい。

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もう一つのブログ「ニルカンタ・カフェ」を続けるかどうか迷っていたが、とりあえず、もう少し続けることにした。本当に久しぶりだが、今日、写真二枚、アップした。

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海外旅行者は減少傾向…

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海外旅行が減少傾向にあるという。

FujiSankei Business i」によると、

海外旅行者は2000年の約1782万人をピークに、米中枢同時テロや新型肺炎(SARS)の流行などで03年は約1330万人まで落ち込んだ。その後やや持ち直していたが07年にまた減少に転じた。

さらに特徴的なのは20代の海外離れが急激に進んでいるらしく、

20代前半で19・8%から17・1%に、同後半は25・7%から21・1%へと落ち込んだ。

としている。理由の一つにネットの情報過多などをあげているが、理由は経済的不安など、いろいろありそうだ。それはともかくとして、インドの旅行者事情はどうだろう?

JALのデリー便は、昨年の秋から、それまでの週4便から週7便(毎日)へと便数を増やした。こうした需要を見ると、一見、旅行者は増えているような気もするが、その多くはビジネス客。旅行者、とくに自由旅行者に関して言えば、おそらく、かなりの減少傾向にあるのでは、というのが個人的な感想である。

インド旅行者の数も、海外旅行全体と同様、2000年頃がピークだったような気がする。当時は、とくに春休み時期などにヴァラナシを歩くと、角を曲がるたびに日本人の姿を見かけた。しかし2年前(2006年)にヴァラナシを訪れたときは、角を曲がるたびに韓国人の姿を見かけるようになった。さらに1年後には、「韓国人でヴァラナシの宿がいっぱいになっている」というメールをある人からもらった。

ただし、韓国人によるインド、ヴァラナシブームもおそらくそう長くは続かないだろう。流行が大きければ大きいほど、衰退するのも早い。日本人のインドブームもそれに近いものだったのか。

アジア人の極度の飽き性に比べると、欧米人旅行者は、たとえば僕がはじめてインドを訪れた1991年当時から見ても、それほど大きな変化がないようにも見える。彼らのインドブームは60年代からずっと続いているわけだ。その一角に、少数だが日本人もいる。旅行者の雰囲気に多少の変化はあるが、その底流を流れるのはヒッピーの系譜である。彼らのインド通いが続いたのは、たぶん彼らが、インドで非常にいい思いをしたからだろう。

一度味わった幸福はやはり忘れられないのだ。それがどんなものであったかは一概には言えないと思うが、彼らが未知への好奇心を常に燃やし続けていたことだけは確かだろう。地図やガイドブックに描かれていない世界が本当の旅の舞台であった。

ところで今回の写真、タージマハールである。インドでもっとも有名な建築物だが、僕がはじめてタージマハールを見たのは5度目のインド旅行だった。それまでなぜ敬遠していたかと言うと、当時の貧乏旅行者の一部が、「実際見ても写真とおんなじで、あんまり見る価値はないなあ」と言っているのを、真に受けてしまったからだ。それでも5回目のインド旅行でようやく見ることになって、その感想はといえば、…きれいだけど、やっぱり写真と一緒…?、というありきたりなものだった。

その6年後、またタージマハールを見る機会があった。それでどうだったかというと、こんなに美しい建築だったのか、というのが率直な感想である。とくに早朝、ほとんど誰もいない対岸から眺めたタージマハールは夢のように美しかった。

今回アップした写真はさらに2年後のもの。なんとまた訪れたのである。写真は、対岸に渡る前の河原から撮ったもの。朝日が昇る20分前。この時間帯のタージマハールは、どこから見ても、ため息が出るほど幻想的だ。

海外旅行者減少の話題から話が逸れた。というか、まあ、流行とは常に距離を置く人間にとっては、旅行者の増減は結局のところ、あまり関係がない。タージマハールの入場口が人であふれていたとしても、横道を抜けて対岸に出れば、人はほとんどいないわけだし、旅は所詮、自分で作っていくもの。そこでいい思いをすれば、人はまた旅に出るし、この先、たとえばタージマハールの対岸が人で埋まるようなことになったら、また新たな場所を探しに行けばいいだけのことか。

http://chaichai.campur.com/architecture/agra01.html
タージマハールの裏表。

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ヒマラヤへ

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そろそろ5月、ということは、ヒマラヤ巡礼の季節…、今年もまた、数十万人の巡礼たちが山の聖地を目指して谷をさかのぼるのだろう。

ヒマラヤ巡礼にはいくつかコースがあるが、ここで書くのは、ガンジス川とその支流の源流を目指すコース。ヤムナー川源流のヤムノートリーも含めて、山中の聖地が四つあることから、チャールダームヤットラ(四つの聖地巡礼)と呼ばれる。

チャールダームヤットラについては、先日、HPのほうに旅行案内を作った。

http://chaichai.campur.com/gangatop.html

ガンガー源流をのぞけば外国人の姿はほとんどいないし、正直言って、旅行は結構大変だ。

写真はガンガー源流の聖地ガンゴートリーから、本当の源流ゴームクを経てさらに山を登った仙境タポヴァン。標高は4500メートル。写っているサドゥは、サドゥ本でも登場したサントスナートババ。

デリーからタポヴァンまで来るとすれば、片道最低5日。往復で約2週間といったところか。

いまどきそんな悠長な旅なんて出来るか、と言われそうだが、こんな時代だからこそ、かえって行く価値があるのかも、と少し思ったりもする。

インドで出会ったある人に、「どんなところに行きたいか?」と質問したことがある。その答えが印象的だった。

「山と祈りのあるところ」

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ヒマラヤにふと行きたくなった

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そろそろヒマラヤも夏かな。

今年無理だと早くて来年か…。まあ、それも悪くない。

写真はヤムナー川源流付近から。

(追記)

…じゃなかった。ヤムナー川源流への道の途中から、です。
源流まではまだ歩いて半日以上。源流へは行ってない。

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アンジュナの夕暮れ

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写真はゴアのアンジュナビーチ。12年前の撮影である。

今日はこの12年前の写真から適当にピックアップして、「インド旅の断片」に8ページを加えてみた。あの旅は、ゴアに三週間も滞在していたぐらいだから、写真的には何も見るべきものがないと思っていたが、案外そうでもなかった。インドを撮りはじめた頃だったからか、写真にもどこか初々しさがあった。

新鮮さとか初々しさとかというのは表現しようとしてできるものでもないから、今後そういう写真を撮りたいなら、インドとはまったく別の世界に行ったほうがいいのかもしれないが、年齢なども関係するから、どちらにしても一期一会の世界だ。

ところで、ゴアにはじめて行ったのは17年前。はじめての海外旅行でボンベイに降り立ち、「うわ~、とんでもない世界に来てしまった。日本に帰りたいよ~」などと思いつつ、翌日には長距離夜行バスに乗ってとりあえずゴアを目指した。

翌朝、車内で目を覚ますと、朝の光と一緒に鮮やかな緑が目に飛び込んできた。「南国にやってきた!」とひどく感動して、その瞬間から、日本のことは忘れた。気付くと、ワラワラと集まってきたリクシャーマンと大声で値段交渉などしていて、なんだかそれがおもしろくて仕方なかった記憶がある。

インド三日目の朝だった。

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なんでもない光景

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「ガンジス川巡礼案内誌」と同時にする企画は「神様モノ」としていたが、予定を変えた。

神様の写真自体はまだまだ山のようにあったが、すでに似たようなページがたくさんあり、同じようなことをまた書き続けるのはちょっとなあ、という気分になった。少し視点を変えたい。というわけで、以前、このブログのカテゴリーに作った「旅の断片」を「インド旅の断片」と少し変えて、新しい企画とした。

「インド旅の断片」では、ふと撮った、なんでもないような光景を紹介していきたい。このブログとちょっと重なる部分があるが、その辺はあまりこだわる必要もないかな、と思っている。

写真を丁寧に見せていきたいので、1ページに写真は一枚。そのかわりにサイズを大きくした。長いほうの一辺が800ピクセルである。うちのHPはだいたい500から600ピクセルが多いが、これではどんな写真かは分っても、写真のディテールがあまり表現できない。モニターの解像度は紙印刷よりだいぶ落ちるから、同じような大きさでも雰囲気はあまりでない。長手800ピクセルだと600ピクセルのほぼ倍の面積になるから非常に効果的だ。

とりあえずデジタル撮影の写真から10ページ作ったが、今後はフィルムもいろいろ漁ってみる予定。これまでのセレクトから外れたような写真が、案外今回の企画ではおもしろいかもしれない。発表の仕方を変えると、セレクトもがらりと変わるのが写真の魅力。名作とかじゃなくて、普通によい写真というのは、(プロとかじゃなくても…)誰の写真の中にもじつは結構たくさんあるような気がする。

とはいえ、どんな写真がよいのか、という問題は本当に難しい。これについては、これまでもずっと考えてきたし、今後も写真を続ける限りは永遠に考えていくことだろう。その一つのきっかけみたいなものがこの企画から見つかれば、と思っている。

とりあえずこれでHPも落ち着き、ほっと一息。あとはゆっくりと更新していくだけ。

今回の写真はデカン高原アマルカンタク。サドゥ本にも登場した聖地である。二人の男がまるで兄弟のように、ショールを同じように羽織って歩き去る。その向こうには小さな寺。

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ガンジスの旅

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「ガンジス川巡礼案内誌」について。

ゆっくり更新する予定だったが、急に気が変わり、一気に山岳地帯の各聖地をアップし、さらにサンガム、ヴァラナシも先ほどアップした。残りはカーリーガートとガンガーサガールのみ。これもすでに出来ているから、簡単に手直ししてすぐにアップする予定。

それから、写真を一部のページで増やした。一応、旅ガイドみたいな体裁をとっているが、それだけでも何か虚しいので、思い入れのある人の写真などもさらに付け加えていくかもしれない。考えていると、いろんなことを加えたくなる。あれもこれもと…。逆に旅ガイドなんてやめてしまおう、などと、一瞬思ってしまうのは、それだけこの旅に思い入れがあるせいだろう。

旅のことを思い出すと、いろいろなことが湧き出て、青臭いことをいろいろ書いてしまいそうになるが、年も年だからやめておく。その点、写真は余計なものがないのがいい。文章はあとからいろいろ訂正したくなるが、写真は取り返しがつかない。

とはいえ、これからも文章は書いていきます…。

今回の写真はガンガー源流への途中の街ウッタルカーシー。巡礼たちが行き交う街だ。

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夢うつつ

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年末に風邪をひいて昼間から寝ていたら、たくさん夢を見た。夢に疲れて、ちょっと起きて、ぼんやりテレビを見ていたら、ふっと昔へとタイムスリップして、あれあれ、と思う間もなく現代に戻ってきた。ちょっとした白昼夢か。あまりに一瞬だったので記憶があいまいだが、どうやら5歳か6歳の頃へと飛んでいたような気がする。10年、20年前に飛ぶことはあっても、幼児期へ飛ぶことはほとんどないので、なぜか得したような気分になった。

それからも、なぜか夢ばかり見て、気がつけば、どれが初夢だったか、結局分らずじまい…。今年はなんだか変な正月である。スカスカの東京の街を歩くのも気持ちいい。

さて、今日の写真は去年の春に行ったインド最南端カニャークマリ。天気が悪くて、ときに嵐のなかを駆け巡ったりもしたが、刻一刻を色を変える空がひどく幻想的で、ずっと夢の中にいるような気分だった。結果としては、不思議な雰囲気の写真がたくさん撮れたし、旅としても悪くなかった。

それにしてもインドはまだまだ行きたいところだらけだ。つづけてサドゥもやりたいし、デカン高原にも未練がある。それに幻想的な夜のインドを軸に旅してもみたい。…小説「インド夜想曲」みたいに…。さらに南、実際行けば、暑い暑いと文句を言うに決まっているが…。あとネパール、それにヒマラヤのチベット文化圏も…。

こんなに行きたいところがあるのに、今のところ、旅の予定はたたず…。仕方ないからまた寝て、夢の中でインドでも旅するか…。

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ヴァラナシの満月

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以前、ある人のサイトで、満月は夕暮れとともに現れ、朝日と共に沈む、と書かれていて、なぜか非常に感動してしまった。理数系ではないので、理論的なことはよく分からないが、つまり満月は、丸いだけじゃないんだ、ということに感銘を受けたのである。

写真はヴァラナシのガンガー対岸から見た満月(水平線が完全に曲がっているのが恥ずかしいが…)。

じつはこれは早朝の写真。前日の夕方、ガート(つまり街側)に座って、対岸方面から上る満月を眺め、そして翌朝、朝日が上る対岸方面に座って、これから街の向こうに沈もうとする満月を眺めている、ちょうどその場面である。

当然そのあと、満月が街の向こうに沈むと同時に、反対側の荒野から朝日が顔を出す。それが下の写真(これも地平線が曲がっている。酔っ払ってるみたいだ)。ガンガーの向こうからあらわれる朝日もいいけど、大地の茂みから登場する朝日というのは、何と言うのか、奇妙に親しみやすくていいものだ。

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最近、日本の写真が続いていたので、やっぱりたまにはインドを見ないと、ということで、急にインドの写真をアップしたくなった。15年間もずっとインド、インド~で来たので、日本だけでは息が詰まる。東京でたまにインド人を見るとほっとする。と同時に、一緒にインドへ帰ろう、などと話しかけたくなってしまうのは、やはり変人なんだろうな。

以前書いたサドゥー本についても、また作業を再開している。年内入稿で、やはり出版は来年1月。ガンガーを自由自在に渡り歩くサドゥーたちの写真を見るたびに、何か、すごいいい気分になる。

そういえば、最近、人の写真が全然なかったので、もう一枚写真をアップしておこう。輝く朝日の光を受けて、ビシバシ元気に沐浴するインド人。朝っぱらからひどく幸せそうだ。

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ブッダガヤ

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広河原シリーズがちょっと中断しているが、紅葉にはまだ早いし、何かインドが気になってしまうので、またインド。

前回、「ガンジス河でバタフライ」の感想を書いた。ドラマではブッダガヤも登場したので、今回はブッダガヤの写真。ブッダガヤの写真は「写真で見るインド」にもあるので、そちらも見ていただけたらと思う。今回の写真はなんてことのない平凡な写真だが、インドが懐かしい、と思うときは、僕はこんな風な写真を眺めたくなる。

今回の写真は二年半前に撮ったものだが、初めてブッダガヤに行ったのは1991年。なんと16年前のことだ。そのときのことは以前こちらに書いた。泊まったホテルがめちゃくちゃだったが、あの頃はあまり苦にならなかった。その前に移動がひどかったので、ともかく落ち着けたことにホットしていた。まあ、若かったんだな~

ところで最近、インド以外の国への関心が急速に衰えている。

たとえば、インドの次に行きたい国はネパールだが、その次はパキスタン、次はバングラデシュ、さらにブータン、それにどちらでもいいのだが、スリランカかな~といった感じで、インドかその周辺国ばっかり、と自分でもあきれる。

数年前までは、インド以外で、たとえば南米、中米、アラブ、などといろいろ次の舞台を考えていたが、気がつくとみんな白紙になっていた。むしろインド(周辺国も)以外だったら日本がいいかな。あとはちょっと中国、チベット、でも行かないだろうな。

何でそんなにインドがいいのだろう。たぶんだが、やはり、はじめての海外だったからだと思っている。何も知らなかった人間が、インドで、これでもか、というぐらい刺激を受けて、マインドコントロールされてしまったのだろう。旅はこういうものだ、と知らないうちにインドから植え付けられてしまった。だから「ガンジス河でバタフライ」を見ながら、インドの街と風景と人々が映るたびに、ちょっと泣ける、ぐらいの感動が勝手にやってくる。

これは完全に病気だな。どこかの危ない新興宗教と同じフラッシュバック現象である。

今、少し思っているのは、やっぱり動画はいいな~ということである。もちろんドラマも動画である。次回はコンデジを持っていって、暇なときは動画撮影をしてみたい。

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ドラマ「ガンジス河でバタフライ」を見た

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ドラマ「ガンジス河でバタフライ」を見た。
原作を読んでないし、正直言ってとくに期待していなかったけど、意外なほどおもしろかった。できればもっと長い時間をかけてインドの風景を見たかった。

おもしろかった理由はいろいろある。エキストラのインド人たちによる名(迷)演技がまずよかった。おおげさかで、ありえない設定もたくさんあったが、一つの旅をぎゅっと縮めると、インドはたしかにあんな感じだ。本場インド映画でも、インド人のどたばた劇は誇張して描かれるが、客引きなどに追いかけられてパニックとなった人間の心理からすれば、それも不自然ではない。

主人公のテルコがハイテンションなのもインドではよくあることだ。旅の初心者はインドという訳の分からん世界を前にして、一種の躁状態になる。ずいぶん昔のことだが、僕にもちょっと覚えがある。

インドという厳しい環境を旅するなかで、ふとしたきっかけから心が開放される場面もいい。単純だけど、インドでは誰もが経験することだし、そんな開放があるから旅は強い印象となって記憶に残る。また、そのときに見た風景も忘れられない。

ヴァラナシではなつかしのビシュヌレストハウスが登場した。10年以上昔だが、あそこのドミトリーで長居した経験が何度かある。あまりに暑いので、床にバケツの水をまいたり、猿があらわれたので、オレンジを投げつけて戦ったりと、思い返せばめちゃくちゃな日々だった。ガンジス河で泳いだのもビシュヌレストハウスに泊まっていた頃のこと。

ヴァラナシはドキュメンタリーなどでも紹介されるが、そういった映像が逆に嘘臭かったりする場合がある。それはいったい誰の視点なのかと質問したくなる(僕も一時期、旅の倦怠期にはいって、つまらない写真ばかり撮っていた)。旅行者は客引きに追いかけられたり子供たちと遊んだりしながらガンジス川を眺め、旅を満喫する。主人公を通してインドを見ながら、旅はいいな、インドはいいな、とあらためて感じた。

そしてインドの定番、ガンジス川の彼方からのぼる朝日。何度も見た風景だが、見飽きることはない。上の写真は二年半前のものだが、一年半前にも朝日は見た。それなのにすでに懐かしく、ドラマを見ながら普通に感動してしまった。

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精霊流し

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夏らしいことをほとんどしてないのに気がつけばお盆。
近所の小さな森を通り抜けるときに、ヒグラシの声を聞くのが日課のようにはなっているが。

ところでお盆といえば精霊流し。

精霊流しはインドでもある。その意味もそんなに違わないだろう。ただし、お盆という行事があるわけではなく、聖地巡礼の一環として行われる。もちろん地域差もあり、その中心地はガンジス川のそれぞれの聖地。三途の川を思わせる薄暮の川に、葉っぱで作った船に火を灯して流す。

写真はガンジス川中央部の聖地プラヤーグ(サンガム・アラハバード)での精霊流し。古いインドが、そのまま残ってしまったような不思議な場所だ。


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オリッサの旅

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インドのアスカ(オリッサ州)に関する4回連載記事をすべてアップした。

前回に続いて、登場する場所をグーグルマップで特定してみたい。幸いにも、この地域はかなり詳細なところまで拡大できるので、なんだか楽しい。

まずは「インドのアスカを探しに(3)」で登場したあやしげな寺から。
http://maps.google.co.jp/maps?ie=UTF8&hl=ja&q=&ll=19.610189,84.647931&spn=0.003659,0.004989&t=h&z=18&om=1
ただし、記憶に不確実な部分があるから、推定場所ということになる。

次は「インドのアスカを探しに(4)最終章」のダムダムポーリ。これは間違いない。三方を白い壁に囲まれた場所がその中心。
http://maps.google.co.jp/maps?ie=UTF8&hl=ja&q=&ll=19.603554,84.652528&spn=0.003659,0.004989&t=h&z=18&om=1

第三章のあやしげな寺から最終章のダムダムポーリは、川をはさんでいるから行くのは距離はあったが、地図で見ると意外なほど近くて驚いた。

それにしてもグーグルマップの力は計り知れない。何の情報もないアスカを手探りで歩いたその地の様子が、これほどはっきり見えることに、複雑な感情もまじる。

さて今回の写真は、アスカに行った次の日に訪れたある村。村の広場の中心に寺があって、別になんていうこともないのだが、雰囲気がよかった。

オリッサには不思議な魅力があるが、そこにはいつも、懐かしさがある。椰子の木が多いので日本とよく似ているとはいわないが、それでも、夕暮れなどの風景を見ていると、ふとこみ上げてくるような郷愁を感じるときが何度もあった。

オリッサに郷愁のようなものを感じる一番の理由は寺院の佇まいかもしれない。どこの村にも鎮守の森があり、そこに隠れるように寺がある。また、道の角などにも小さな寺があり、とくに夜、車で田舎道を走ると、小さくライトアップされた寺がいくつも現れ、不思議な気分がする。よく知らないが、昔の日本にもそんな世界が広がっていたのではないだろうか。

ちなみにオリッサでは米食が一般的で、しかも普通に魚を食べる(ベンガルも共通だが…)。人々はシャイで物静か、村に入り込んでも子供が大騒ぎするようなことはあまりない。

また、ある人から聞いた話では、オリッサは少し離れたネパールと、何かの特別な関係があるらしい。それが何かはよく分からないようだが、ある情報では、一部の先住民が、まるで飛び地のように、同じ言語を持っているという。それがオリッサとネパールにおける主要な関係なのかどうかは不明。さらに深い関係がありそうだが、その起源は、かなり昔のことなのだろう。

オリッサに感じる懐かしさは、そういわれれば、ネパールに感じる懐かしさにも通じる。

オリッサもネパールもまた行きたい。行きたいところばかりで非常に困っている。

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アスカに行ってきた

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アスカといっても奈良のアスカではなく、じつはインドのアスカ。日帰りだったが、印象に残る旅だった。行ったのは2年前。その時の様子をchaichaiのフォトエッセイに、4回の連載で掲載していきます。とりあえずは第一回。こちらからお入りください。

前回、ガンジス川の特集ページをホームページ(chaichai)のほうに作っていると書いたが、事情があって、アップは少し先、一ヵ月後ぐらいになりそう。しかし考えてみると、ここ一年ほど、ブログ以外はほとんど動いていないし、ブログも週一回のゆっくりペース。しかも、カテゴリーの煩雑さを見てもらえれば分かるように、首尾一貫するものがほとんどない。

というわけで、ガンジス川特集をアップする前に、ホームページのほうで何か出来ないかと考えていて、アスカ小旅行のことを思いついた。今後はガンジス川特集だけでなく、企画できそうなものをいろいろ考えていきたい。

ブログはもちろん続けていくが、どうも僕はブログ向きではない。最新の情報や時事問題を提供したり、日々の生活を書き綴ったりするのがブログの本当の魅力のはずだが、このブログはいつも過去の写真ばかり。これからはホームページのほうにも力を入れたいと思っている。

写真は、インドのアスカに行く途中の町、カリコットのあるお寺。雰囲気がよかった。

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ヒマラヤ巡礼に行きたい

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上の写真はハリドワール。久しぶりにビックサイズです。写真にもよるけどやっぱりサイズが大きいのは気持ちいい。

昨年、一昨年と二年続けてヒマラヤ巡礼(正式にはチャールダームヤットラ、つまり四ヶ所巡礼)をしたのに今年は行けない。それが非常に寂しいが、また来年以降で考えてみたい。

写真のハリドワールはヒマラヤ巡礼の基点。ヒマラヤへの行き帰りや、あるいはハリドワールあたりでつかの間の避暑を過ごす巡礼たちで町はいっぱいだ。写真はその中心地、ハル・キー・パイリーという沐浴場。これから夜にかけて礼拝(アラティー)が盛大に開かれる。まるで日本の花火大会のような雰囲気だ。

ヒマラヤ巡礼に関するページを今、chaichaiのほうに作っている。ヒマラヤだけでなく、ガンジス川一帯の紹介となる予定。写真を見ていると、そんなに昔の写真でもないのに、非常に懐かしい。ガンガーって、なぜ、あれほどまでに人を惹きつけるのだろう?

新しいページはあと一ヶ月ぐらいたったら、アップしていく予定です。しばらくお待ちください。


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夜に向かうインド

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写真はデカン高原の北の端にある聖地チットラコット。
弧を描いた川の外側にガートが続いていて、ミニヴァラナシと呼ばれる。
すごい神秘的なところかと期待したが、大きな病院や大学があって、まあ、こんなものかな~といった感じだった。
ちょっと離れたところにある洞窟は良かったけど。

でも、どんな街であっても夜に向かう時間はやはり神秘的。
この時間に写真を撮らないということはほとんどない。

そういえば「インド夜想曲」という小説があった。夕暮れというよりむしろ真夜中のイメージ。
病院、スラム街のホテル、夜行バス、秘密結社、占い師などをさまよい、
インドの不条理な世界と旅を描いている。

何でも見えてしまうのはおもしろくない。
闇の部分がないと…。
サドゥーはいっぱい闇があったけどね。

「インド夜想曲」は
アントニオ・タブッキ/著 須賀敦子/訳 白水社 です。
興味のある方はどうぞ…。

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対岸の子供たち

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クリシュナの聖地ブリダーヴァンの河原。
向こう岸がガートでこちらは対岸。僕はどこに行っても対岸に行きたくなる。

犬がちょこちょこ歩いていたり、子供がじゃれて遊んでいるだけの、
なんかよく分からない、茫漠とした雰囲気がいい。
チャイ屋もないようなところだからまともな人たちはまずこない。
好きでやってくるのは蛇使いとかサドゥーとか、そんなあやしげな連中ばかり。

踊っていた子供たちに、「どっから来たの?」と聞いたら、
なんにもない、さらに向こうの荒野を指差した。
家も集落もないけど、いったいどこでどうやって暮らしているのだろう?

…なんてことを適当に想像するのが対岸ならではの楽しみ方。

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村を訪ねる

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インドに行くたびに村を訪れる。
今回もデカン高原中央部、パチマリ近郊の村をジープで3日間旅した。
ジープというのは贅沢な気がするが、近場だとガソリン代も安く、あとは運転手の人件費を支払うだけ。
ガイド料、食費なども含めて一日4000円ちょっと。

訪れたのは先住民の村々。といってもそんなに特別なものではなく、ごく普通の素朴なインドの村だ。
人々はインド人とは思えないくらいにシャイでおとなしい。カーストもほとんどないから気が楽である。
のんびり村歩きを楽しめた。

今回はガイド、運転手、そして社会見学のためについてきたガイドの息子18歳と僕の総勢4人。
運転手は地酒を求めてあちこち奔走していた。その息子はおもしろくないのかいつもぼ~としている。そのくせ、おもしろいか、と聞くと、おもしろい、と答える。ガイドは先住民相手になぜか小役人風に威張ったりしているが、村に住み着くババジの前ではおとなしい。そして僕はといえば、…いつものようにカメラ片手に走り回っていた。

アップした写真について、

左上は柔らかい夕方の陽射しを受けた一軒の家。その背後に見える山々の向こうにパチマリがある。やや右手、ちょっと独特の形をしている山がデカン高原のカイラス、チョーラガル。このあたりに住む先住民にとっては特別な山である。

右上は村で出会った女の子。

左下はとある村の学校。水が入ったペットボトルが並んでいるのがなんだかかわいい。子供たちは外国人を見ても大騒ぎとかはしない。

右下は村はずれのなんでもない光景。

パチマリについては四年ほど前に初めて訪れたときの様子をホームページのほうで紹介しています。

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カジュラーホーの夕暮れ

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とある用事で久しぶりに銀座を歩いた。有楽町の駅を出て、レストランの並ぶ通りを歩いているうち、ふとヨーロッパの街並みを思い出した。乾いた空気感とたぶん料理や香水の香りがちょっとした錯覚を呼び寄せたようだ。

そして夕方、中央線の列車の車窓から見える風景がまた良かった。たしか高円寺あたりかと思うが、山並みの向こうにきれいな三角形のひときわ高い山が赤く染まっている。これもどこかで見た風景かな~などと考えているうち、あれっ、これはもしかして富士山かな、と気がついた。

中央線から富士山を見るのはたぶん初めてだと思う。

ところで今日の写真はインド、カジュラーホー。
今回の旅で、パチマリからアラハバードに向かう途中に立ち寄った。以前一度訪れているが、客引きや自称友達がうるさくて印象はあまりよくなかった。デリーやアーグラーなら「ジャオ、ジャオ(どっかに行け)!」で終わりだが、カジュラーホーは田舎だからつい気を許してしまう。今回もつまらない男と30分も話してしまった。
「俺はタントラを勉強している」という彼の言葉につい応じてしまったのが間違いだった。
話すうちに「俺はマスターだ」と言いはじめ、最後には「お前なんか何にも分かってないんだよ!」と言い合って別れた。
また、別のある男と20分ぐらい話して別れると、近くにいたリクシャーマンがやってきて「俺とも話してくれ~」と訴えかけてくる。
時間がない、と断ると、このリクシャーマン
「お前はあいつとは一時間(実際には20分)も話しておいて、俺とは10分も話してくれないのか~」とごねだした。
困った人々である。

そんなカジュラーホーだったが風景はとてもよかった。リクシャーマンと話してあげられなかったのも、早く夕暮れの風景を探しに行きたかったからだ。

写真はちょっとはずれの村の光景。花が咲き、牛が草を食み、遠くに古寺が眺められる。
どこか懐かしい風景…

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ガンガー対岸の夕暮れ

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前回ヤワラーに関するブログをアップしたのが月曜日でしたが、その翌日からココログが50時間を越えるメンテナンスに入ってしまいました。事前に告知があったそうですが、分かりにくい場所にあり、見落としていました。メンテナンス中はコメントを書くことも出来なかったのですが、コメント欄はいつもどおりだったので、もしかすると、コメントを書き終え、送信しようとした段階でメンテナンス云々を知った人もいたのかな、と心配していました。もしそうだとしたら申し訳ありません。

今回の長時間のメンテナンスは結局すべて失敗に終わってしまったようです。それで告知の仕方も含めてまた非難が続出します。ココログの実質的管理が外部委託業者であることも槍玉にあがっていましたが、こういうところで働く人が実際は一番しんどいんじゃないかと思います。安賃金で忙しく働いた挙句、ミスをすればあちこちから叩かれる。
前にも書きましたが、有料ブログといっても支払っている金額はそんなに高いものではないです。
先日、安い中華料理の店に入ったときも、味やサービスに関するくだらないアンケート用紙を配られましたが、一杯500円の丼なんだから、普通に食べられるものであれば十分じゃないかと。
誰が悪いというのでもないのでしょうね。便利を求めれば求めるほど自分たちの首を締め上げていくようなものなのかと…。

写真はそういった世界からもっとも遠いガンガー対岸の夕暮れです。対岸は不浄の地とも言われますが、不浄の地だから目ざとい人間もおらず、たいした商売も発展することもないから逆に平和なようです。
ちなみに右の写真の右の少年の手にしているものは凧揚げの紐です。
毎日、飽きもせず凧を揚げるのですね。

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森の夕暮れ

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秋は夕暮れの季節。今日も近所の林を通っていたら木々の隙間に夕日が輝いていた。カメラを持っていなかったから見ているだけ。こんな時にすぐ撮れる小さなカメラがほしいな~。でも安物だとすぐ飽きてしまうから今は我慢しよう。

さて写真だが、デカン高原のととある村の夕暮れ。今日の夕日はちょうどこんな感じだった。子供の頃にもこんなところで遊んでいたような記憶がある。寂しいような懐かしいような風景だった。

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インドの村

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スイスから帰国してまだ一ヶ月ほどだがもう旅行に行きたくなった。でもしばらくは行けない。でももしいけるとするならどんな場所に行きたいだろう、と考えてみた。

とりあえずやっぱり今はインドかな。べつに特別なものはなくていいからやっぱり田舎に行きたい。肩肘張らずにぶらっと旅行したい。というわけで、こんな風景を選んでみた。

場所はデカン高原の村カーンハ。虎で有名な自然保護区がある村である。が、行ってみればそんなことはどうでもよくなった。人も素朴で犬もほえないし安心して村の中を歩き回れる。インドのどこにでもある村なのかもしれないけど、こんな村々をぶらっと旅してみたいな。


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アマルカンタクの朝

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日本では完全に夜型人間だが、インドでは結構早起きである。場合によっては鳥よりも早く起きる。そして真っ暗なうちから外に出て、夜明けを好きな場所でのんびりと楽しむ。

写真はデカン高原の聖地アマルカンタク。森の中に点在する寺院をうろうろするのが楽しい場所だ。森の中には猿が遊び、小道をゆっくりと牛が歩いていく。サドゥーたちの隠遁の地でもある。美しいのはもちろん朝と夕方。

左の写真はナルマダ寺院。本堂の下がナルマダ川の源流とか。ナルマダ川は、この地から1000キロ以上の旅を経て、アラビア海に注がれる。そのナルマダ川に沿って、有名な巡礼路がある。この巡礼は、正式には三年三ヶ月と十三日の期間をかけて行われるのだという。片岸を歩いて海までたどり着いたら、帰りは反対の岸辺をたどって戻ってくる。そんな気の遠くなるような旅である。

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