時間

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自分にはあまり関係ないことだが大型連休がスタートした。もう5月だ。今年もあっというまに三分の一が過ぎ去った。時間の流れがなんだか速い。インドに関して言えば、最後のインドから3年が過ぎてしまった。インドはだんだん過去のものとなり、何を書いても思い出話になってしまいそうで、なかなか話題に出来ない。本当は今撮っている川の話を書けばいいのだが、川の話題が連続することになぜか抵抗を感じてしまうというか、まだもう少し、インドにしがみついていたいというか…。過去にこだわるのはよくないんだけど、そうは言っても、インドの旅は自分にとってはふるさとのようなものだから…。

そういう気持ちにけじめをつけるために、今、いろいろと進めていることがある。夏ぐらいには、新たな形でこれまでの写真を見てもらうことが出来ると思っている。未発表写真も含めて洗いざらい、ぐらいの感じで。川の写真もこのまま続けるならホームページを作りたい気がしてきたが、それは秋以降かな。

ところで、今日は用事で久しぶりに渋谷や原宿といった街に行ってきた。去年はずっと多摩川だったから、この季節に歩くのは2年ぶりだったか。街で見る夕景がなにか懐かしいような気がして、…季節の変わり目にはついつい時間のことを考えたりしてしまう。

今日の写真は、テキストとはなんの関係もないが、こういう写真もいいなあ、と思って。

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インドが遠い…

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写真を撮りに行きたかったが、冷たい雨が降り続いていて断念。新しいテーマの写真は原則三脚使用なので雨はちょっときついが、そんなことを言ってる場合ではないな。ただ今日は寒すぎた。

時間が空いたのでサドゥ旅行記第三章の準備をする。テキストはすでに埋め込み、今は写真をセレクト中。まだ四章、五章と続く。でも、六章で予定していたクンブメーラは外そうかな、とふと考える。クンブメーラは写真だけで構成したほうがおもしろそうだ。過去の自分の文章を読むのもちょっとキツイ。遠い昔の話だ、と思ってしまう。それに旅行記というのはやっぱり自分には向いていないと今回あらためて思ってしまった…。サドゥ旅行記は最初で最後の旅行記になりそうだ。

今回の写真はデカン高原の村。原色が眩しい。インドを遠く離れた今となってはなおさらだ。最近は新しい写真のテーマで頭がいっぱいになっているので、インドがますます遠ざかっていく。それについてはいろいろと複雑な気分、でも、インドの呪縛からようやく抜け出せるのかも、という期待もある。

気になるのは未発表のインド、ネパール写真。ホームページのギャラリーを大きく作り変えようかな。どうしよう…。

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ちょっと一息ついて…

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整理した多摩川写真のプリントに、先週の雪と今週の初春の写真を加えてあらためて眺めてみる。なんとかここまでたどりついたかな、という感じだ。これは自分だけのオリジナルの多摩川だ、と言えるだろう。新緑か梅雨前ぐらいまでは続けるが、残りはあと少し。

多摩川を撮っていて、なにより戸惑ったのは、被写体が人ではなく、風景だったことだと思う。撮っているときはいい感じでも、あとで見ると分からなくなる。風景にどうやって自分の気持ちを込めていいかが分からない。インド、ネパールでずっと人を撮っていてそれに慣れているから、風景だけを撮るというのはとてもしんどかった。人と違って相手は何も反応してくれない。それで躍起になって神経を張り詰めたところで、結局は自分の一人相撲になってしまう。最初は三脚も持たずに、感性だけで撮ってやろう、などと思っていたが、やはり基本は無視できず、今は三脚にカメラを固定しっぱなしで歩いている。

今後も風景は撮り続けたい。多摩川以降のことも近場でいろいろ思案中。でも、久しぶりに人の写真も撮りたい。それにインドにも行きたい。インドに行ったら、人の写真だけじゃなくて、たとえば気に入った遺跡、小さくてもいいからこれだと思う遺跡を見つけたら、一日中張り付いて撮ってみたいし、夕暮れのチャイ屋から街に向かってずっとシャッターを切り続けてもいい。今はいろんなことをやりたい気分だし、いろんな写真が撮れそうな気がする。

上の写真はデカン高原のとある村。この子は、散歩のたびに見かけて、訴えてくるものが強かった。デカン高原は人も自然も遺跡も何もかもが気に入っている。デカン高原かヒマラヤ、またこんなことで悩んでみたい。

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もうすぐシヴァの夜

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シヴァラットリー祭まであと3日。今回はクンブメーラの年ということで、個人的にはいろんな想いが錯綜しているが、いつものごとく、僕はあまり素直に自分の気持ちを書けない。それにシヴァラットリーは当然シヴァの大切な一日でもあるからなおさらだ。サドゥ本の最後に、本書をサドゥと旅人の守護神シヴァに捧げる、ということを書いたとき、ちょっと大袈裟かな、という気もしたが、今、振り返れば、あれは外すことの出来ない言葉だったな、と思っている。書いたことであの本は僕の手から離れてシヴァの所有物になった。
Om Namah Shivaya。


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雑多な川辺

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(写真はクリックすると拡大表示します)

これまで捨て置いていた写真がずいぶんあとになって気になることがある。写真にはいろんな味があって、そのときどきの気分で、あれが良くなったりこれが良くなったりして、自分でもよく分からなくなる。結局のところ、そのとき、これはいいなあ、と思って撮ったものであったなら、それがいい作品かどうかということは別にしても、自分にとってはどれもかけがえのない写真になる。

今回の写真もすべてハリドワール。光が雑多で、なんか撮りにくいなあ、と思いつつも、このときは久しぶりのインド自由旅行のしょっぱなとあって、何もかもが新鮮に見えていた。そういった気分はやはり写真に現れる。僕が、ハリドワールが好きだ、と何度も強調してしまうのも、このときの鮮烈な印象があってのことだろう。

写真のことを少し説明しておく。

一番上、家族なのかどうかはよく分からないが、旅の人たち。ちょっと聖職者っぽくしているが威厳はない。こういうタイプの人たちがハリドワールにはたくさんいた。夜もここで過ごす。

二番目、一生を巡礼の旅に捧げている人だろう。

三番目、ナガババ崩れか。立派な靴を履き、小屋には鍵をかけていた。一年半後、クンブメーラで再会。かなり鬱陶しい奴だが、ときどき良い案内人になる。

そして下の写真、朝陽のなかで、ナガババが気持ち良さそうに一服。

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陽のあたる場所

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クンブメーラが近づいてきたので、その舞台であるハリドワールの写真をボチボチと紹介していきたい。サドゥ旅行記のほうはなかなか再開できず、その代わりと言うわけではないのだが…。

何度も書いてきたが、サドゥ写真を撮り始めたのがハリドワールだった。最初はサドゥ写真という確固とした目標は全然なくて、川沿いの巡礼たち(放浪者たち)を手当たり次第に撮ることから始まった。なぜそうしたのか、よく覚えていないが、同じように流れていく者への親近感だったように思う。なけなしの金を携え、光輝く聖地にのみ希望を託して、川の側で何日も過ごす人々。そんな人々で川辺はいっぱいになる。

今回のタイトルを「陽のあたる場所」とした理由は、自分でもよく分からない。でも何か、写真を見ながら、そういう言葉を書いておきたい、という気持ちになったのでそうしておいた。

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旅をする人

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こういった人々に旅の話を聞いたことがない。どんな気持ちで、どんな旅をしているのか。なぜ旅を続けているのか。聞いてみたいことがたくさんあるような気がする。


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いつインドに行くんだろう

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今回の写真はヴァラナシ。インドから遠ざかると、こういう何気ない写真に惹かれる。そして写真を見ながら、自分はいつインドに行くつもりなんだろう、と考える。でも分からない。来年の夏ぐらいまでの行動計画は練り上げてみたが、そこにインドは入っていない。

もしかすると、僕はインド行きに消極的なのかな、と思うこともある。ちょっと前に、今インドに行くんだったらどこに行くだろう、と考えていたとき、ふと出てきたのは、インドではなくて、ネパールのポカラだった。ポカラに最後に行ったのはもう10年以上前の話。ということはどういうことだろう、とまた考える。

インドの旅を考えるとき、どうしても過去の旅に引きずられてしまうのかもしれない。たぶん、だからインドに行けない。過去を旅するのはまだ早すぎる。でも、インド中で蓄積した記憶が多すぎて、前に進めなくなっている。

まあ、無理にインドを旅する必要はない。そのうち新しいアイデアが天から降ってくるはず。インドから呼ばれる日を楽しみにしながら、しばらくは東京の川を旅し続けようと思う。


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今日も巡礼、明日も巡礼

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写真はアラハバードサンガムを巡礼していたサドゥ。残りの生涯を巡礼に明け暮れる巡礼サドゥだ。

最近、ブログがまたサドゥ尽くしになってきた。インド行きは当分先だが、頭の中はシヴァ、サドゥで今もいっぱい。微力ではあるが、シヴァ的世界を伝えていくのが自分の役割かと思っている。今、撮っている川の写真ももちろんシヴァに通じている。でもそれはまたいつか書きたい。

ホームページ上で新しいことを始めたいとコメントで書いたが、これはサドゥ関係。サドゥ取材(…というか追っかけ)の全容を長期連載で紹介したいと思っている。突然、始めようと思い立った。テキストはすでにあるが、いろいろ準備が必要なので、来月になりそう。ホームページ作成ソフトなんかも、最近、全然使ってないのでほとんど忘れている。軌道に乗せるのがいつも大変だ。

というわけで、サドゥ取材記を始めるまでは、ブログのほうで、ちょこちょことサドゥ紹介。

今回もユーチューブからシヴァ音楽をひとつ。奇妙な雰囲気だが、結構癖になる。

Hara Hara Hara Hara MahaDeva

ちなみに、Haraはシヴァの別名。MahaDevaもシヴァの別名。まさにシヴァ尽くし。まあインドでは普通のこと。

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巡礼者たち

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(写真をクリックすると拡大表示します)

写真はナルマダ川を巡礼する人たち。とくに質問などしないからよくは分からないが、彼らは何年にもわたって、あるいは残りの一生をかけて、ただひたすら巡礼する。生を賭して、あるいは死を賭けて…。結果ばかりを追い求める現代の風潮にあって、彼らは稀有の存在だ。この周辺で巡礼者たちの写真をたくさん撮ったが、写真を送ってくれと言われたことはほとんどない。そもそも彼らには家がない。


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