週刊新潮「川から見た東京夜景」

本日発売の週刊新潮グラビアに、「川から見た 東京夜景」として、4ページにわたって写真を掲載していただきました。機会があれば、ぜひご覧ください。

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「東京リバー」改め「多摩川幻想」

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東京の川のホームページ名を、「東京リバー」から「多摩川幻想」に変更した。さらにトップページは、Gallery1多摩川幻想にし、たぶん、一週間ごとぐらいに1点ずつ写真を追加する予定。Gallery2東京の川については、今は川の名前を列記しているが、今後、もう少し分かりやすい形に変えるつもりだ。

多摩川幻想

「東京リバー」という名前は写真集と同じということでずっと気になっていたし、実際、写真集編集後は、完全に多摩川中心の撮影になっていた。自分の中の気持ちもどんどん多摩川に傾いている。今後はさらに上流、奥多摩方面にも頻繁に足を運びたいと思っているし、ともかく今はすっきりした。そして近いうちに、奥多摩のGalleryも作りたい。

このブログについては、これからもインドの写真を中心にアップしていくことになりそうだ。当分は思い出ブログのような形だが、まあそれもいいかなと思っている。

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ツイッターを始めてみた。

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川のホームページ「東京リバー」開始にともなって、ツイッターを始めてみた。そして、このブログの右サイドバーにもなんとか貼り付けてみた。

とりあえずは、記事の更新情報とリンクだけで、それ以外に何を書くかはまったく未定。今日は川に行ってきた、とか、今日から彼岸の入り、とか、インドが恋しい、とか書けばいいのか…。

そういえば、今日は居酒屋のBGMである音楽を聴いた途端に、ガンガー源流の風景が鮮明に甦ってきて、ついでに涙があふれ出そうになって困った。飲みすぎだとは思うが、最近、そんなことが立て続けに起こっている。心の奥深い場所で密かにインド病が進行しているのかもしれない。

川のホームページはタイトルで悩んでいる。多摩川という言葉を入れたくて、サブタイトルのような形で、「多摩川のほとりから」と付けてはみたものの、やはり収まりが悪い。

さて今日の写真は、ツイッターの画像にも採用した早朝の霧が立ち込めた河原。といっても、これは多摩川のほとりではなく、ガンガーのほとり。やはりインドを引きずっている…。

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来週は京都

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来週はちょっと京都に行く。といっても撮影ではなく帰省である。

京都に行くのは、サドゥ本を作っていた頃以来で、じつに4年と3ヶ月ぶり。いや京都というより、以来、東京圏内から一歩も外に出ていないし、旅行らしい旅行といえば、山梨県山中の多摩川源流を一泊二日で歩いたぐらい。

旅行に出なかったのは、どうせ長期で行けないならどこにも行かない、と意地を張ったからだが、今となっては旅行に対する関心が著しく低下してしまった。インドやネパールにはいつか行きたいと思うが、それは京都と同じく帰省みたいな気分なのかもしれない。

京都でも一応は写真を撮ろうと思うが、短期間でもあるからあまり遠くへは出かけたくない。となると、通い慣れた伏見稲荷か…でもそんなに行きたいかなあとあらためて思ったりもする…。

ところで上の写真、去年の秋に行った鎌倉の海だ。駅から歩いて、佐助稲荷、そして銭洗弁天からさらに切り通しの道なんかに行くつもりだったが、佐助稲荷で赤い鳥居を見ているうちに急に気分が変わって、そのまま海に行った。そして海を見ているうちに、ああ、海があれば幸せ、と思ってしまった。たぶん、この3年間川ばかり見続けて、人工的な細々としたものがなんだか面倒くさくなってしまったようだ。

というわけで京都…。稲荷山はとくに人工的なものばかりではないが、たぶん、それよりどっかの川を眺めに行くのがやっぱり幸せかなと思ったりもする。

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新年

Sinnen

あけまして、おめでとうございます。ブログの更新が昨年来、滞りがちになっていますが、今年もよろしくお願いします。

昨年末に出版した写真集は、祝日、週末、そして年末と続いて、まだほとんど流通していないようだ。まだ本屋で一度も見ていない。本屋で手にとって見ないと実感がなかなか湧かない。そろそろだと思うのだが…。

撮影のほうはあいかわらず川通いだ。しかも去年の春からはほとんど近所の多摩川中流、すっかり浮世離れしてしまった。今年は都内の川にも再度通いたいが、いずれにしても川には違いないので、さらに浮世離れが進行してしまいそうなおそれもある。ただ、この3年間はただ撮るだけの日々が続いていたので、今後は写真を見てもらうような努力もしていかないと、と思っている。

上の写真は、霧に包まれた冬の朝の川べり。この季節、太陽が出るか出ないかぐらいの時間帯がもっとも寒く、冷たい川が流れる岸辺近くはマイナス5度近くまで気温が下がることも。

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写真集は明日出版…

写真集「TOKYO RIVER」がネットショップの情報に載りはじめた。書店では、早くて明日というふうに聞いている。写真集自体はすでに届いていて、毎日のように眺めている。小さな写真集だが、パラパラと眺めるにはちょうどいいサイズだ。そして、紙に印刷された写真というのは、やっぱりいいものだと、あらためて思う今日この頃。

写真集の紹介ページをようやく作った。最初はHPのほうに作る予定だったら、最近ほとんどいじってなかったので、作り方を忘れてしまって、結局このブログ上に作ることにした(下の記事)。最近はHP作成にあまり興味が持てず、そんな時間があるなら川に行ってさらに写真を撮りたいと思ってしまう。4年前のサドゥ本のときにはスライドショーまで作ったが、今はとても無理だ。

川の写真は、写真集の編集後もずっと撮り続けている。サドゥ本は、15年におよぶインド写真の終着点となってしまった感があるが、今回の写真集は新たな出発点となるだろう。川の写真を撮ることで、遠くへ行くだけが旅ではなく、遠い世界に思いを馳せることが出来ればどこにいても旅は出来る、というふうに自分の旅と写真を180度転換させることができた。じっさい、旅を喚起させるような光景は東京(圏)のいたるところにある。それをどうやって表現したらよいのかということを今後もずっと模索し続けていきたい。その第一歩となる「TOKYO RIVER」、ぜひ手にとってご覧いただければ思っています。

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震災後

ここ2年間で撮りためた川の写真を、漠然とした気持ちで開いては眺め、開いては眺めしている。一昨日は、震災後はじめて写真を撮りにいった。

今回の震災では、地震、そしてなにより津波という水害で、多くの人命が失われた。今後、川を前にしたとき、そのことを考えずにはいられないだろう。川をさかのぼっていく津波の映像が頭から離れない。

考えることはたくさんあるが、川、そして水の写真は撮り続けていきたいと思っています。

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ラダック

ラダックのレー市(その他の町や集落も…)が洪水によって大きな被害を受けた。ニュースを最初に目にしたとき、ジャンムー・カシミール州という地名を確認していたような気もするが、まさかラダックとは思わなかった。あの乾燥した土地で、いったいどこから水がやってきたのか、今も想像ができない。自分が関わった土地、しかも思い入れの強いところでこういうことが起こり、息苦しいような気持ちが続いている。


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ラダック

ラダックのレー市(その他の町や集落も…)が洪水によって大きな被害を受けた。ニュースを最初に目にしたとき、ジャンムー・カシミール州という地名を確認していたような気もするが、まさかラダックとは思わなかった。あの乾燥した土地で、いったいどこから水がやってきたのか、今も想像ができない。自分が関わった土地、しかも思い入れの強いところでこういうことが起こり、息苦しいような気持ちが続いている。


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旅の大小

Campur Photoが始まり、ページ作成のための写真選びなどをしているからますます時間がない。なのでブログのほうは、写真なしの記事が少しはあってもいいかな、と思って今回はさっそくなしにした(写真選びに結構時間がかかります…)。

Campur Photoでは西国分寺のページをアップした。辺境専門のサイトかと思いきや、思いっきり近所の写真で、これが旅かと突っ込まれればとりあえず返す言葉はない。しかも、西国分寺はあと2ページぐらい作る予定で、昨日も写真選びをしていた。

西国分寺の写真を撮っていたのは、2年前の夏から冬。インドにも行けずに近所をうろうろしているのが自分でも不本意で、まあ写真の練習だからと思い込んでいたが、あらためて写真を眺めていたら、これはこれで旅だったんだなあ、と懐かしく思えてきた。近所しか歩けないから、そして焦燥感に駆られているから、逆に気持ちははるか遠くを目指している。それが写真から見えてくる。西国分寺の写真は散歩写真ではなく、やっぱり旅の写真であったと自分では思っている。

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Campur Photoには自動翻訳というものがついていて、なんと50以上の言語に翻訳できます。といっても、たぶん、めちゃくちゃな翻訳だと思いますが…。自動翻訳は各ページの右上から。

Campurphoto

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