機械式カメラでネパールを…
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カメラ屋に立ち寄り、コンデジからデジタル一眼レフまで流すように眺めて、さて帰ろうかと思ったところで、売り場のはしっこにある機械式一眼レフが目にとまった。陳列台にあったのは二機種。ニコンの初心者用カメラ(FM10)とケンコーが最近になって発売した中国製カメラ。どちらも完全マニュアルということで、ピントと絞りとシャッタースピードを手動であわせてからシャッターを切る。さらに次の写真を撮ろうと思ったら、一度巻き上げレバーをひく必要があるから、シャッターを押す以外にじつに四段階もの作業が必要になる。ついでに言えば、36枚写真を撮るごとに使い終わったフィルムを巻き上げ、新たなフィルムを装填する。これらもすべて手動…、何から何までみんな手作業。
そんなカメラを手に取りシャッターを切る。…乾いたシャッター音と同時に古い映像が走馬灯のように駆け巡るような気がして、懐かしいような切ないような、変な気分になってしまった。
フィルムと機械式カメラをデジタルに変えてからすでに三年以上。サドゥをデジタルで撮っていたから、フィルムがやけに昔のことに思える。
撮り方も変わった。何より、撮影する写真点数が倍増した。昔は5ヶ月ぐらい旅してせいぜい1万枚程度、今は一ヵ月半ぐらいで多いときは1万枚を超える。なんぼ撮ってもタダ、ということで、良く言えば、いろんな表現を試せるようになった。サドゥの撮影は圧倒的に暗い場所が多かったので、フィルムだったら撮れないような場面もたくさんあった。まさにデジタルさまさまだ。
でも、…たまにフィルムが、そして機械式カメラが妙に懐かしくなったりする。これはこれで、これでしか表現できない世界もあった。上の写真は約15年前のネパール。あのときは、「ズームレンズは持たない!」と思って、標準50ミリレンズ一本で撮影した。当時の主な被写体は、今となっては(他の人から見れば)驚きかもしれないが、なんとネパールの少女であったから、50ミリという、一見、中途半端な焦点距離が一番似合っているような気がしていた。それが相手と自分にとっての、ちょうどよい距離感だと思っていたわけだ。さらに、機械式シャッターには欠かすことの出来ないさまざまな手作業が、まるで何かの儀式のようでもあった。
さて、何を書こうとしているのか…。よく分らなくなってきたが、とりあえず、余裕があったら、昔の写真をちょっと整理したいし、…いつか、ではなく、大袈裟に言えば死ぬまでに一度は、また機械式カメラとフィルムを持って、どこかの山村をうろつきたいものだ。
ちなみに上の写真は、カトマンドゥーの北の、たしかトリスリバザールというところからポカラまで、約三週間かけて歩いたときの写真。山々の風景がすごい新鮮だった。しかし毎晩、蚤にやられて、かゆくてかゆくて…、かゆさを忘れるために酒ばかり飲みながら旅していた頃…。ロキシー(ネパールの地酒)とククリラムと、ついでにガイドのドルチェには大変世話になった。










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