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満月の森を抜け多摩川へ

Tama002

昨年末に出版した「tokyo river」、アマゾンでも何日も在庫がない状態が続いていて、本屋でも見ないしで、いったいどうなっているのだろうと不安に思っていたが、思わぬ場所で見つけた。立川駅エキュート(駅ナカ)の書籍コーナー前面のやたら目立つところで、数点の写真プリントを囲まれ大きく紹介されていた。本自体も10冊近くある。立川の本屋さんでパネル紹介するという話は前に少し聞いていたが、まさかエキュートとは思わなかった。暗い夜道をトコトコ歩いて地味に撮り続けた写真たちにようやく(わずかながらも)光が届いたのかと思ってちょっと感動してしまった。

暗い夜道を歩く小さな旅はまだ続いている。火曜日の朝は、満月に照らされた森を抜けて早朝の多摩川へ出かけた。普段なら真っ暗な闇に閉ざされる森が月の光に照らされてほのかに明るい。こんなわずかな光でさえ、夜を歩くものにとってはどんなに心強いことかと思う。50年前、100年前なら当たり前だったことが今はすっかり忘れ去られている。川を朝に夕に撮り歩く日々のなかで、僕は漠然とそんなことばかり考えていたような気がする。

ところで、最近ずっと読んでいる小説がある。開拓時代の北海道で実際に起こった事件をもとに描かれた「熊嵐」(吉村昭著 新潮社)。二日間に6名の人を殺した巨大で獰猛なヒグマ、一個の野生動物に翻弄される数百名の人々と警察、しかしそんななか、普段の粗暴な性格から近隣の村人から忌み嫌われていた一人の猟師がヒグマと対決するべく雪の原野を進んでいく。

小説「熊嵐」についてはまた別に書く機会を作りたいとは思っているが、とりあえず、この小説から感じるのは自然の圧倒的な闇の世界だ。夜目の利かない人間たちは、闇の中に隠れている人食い熊の幻想にひたすら怯える無力な存在でしかない。

今回の冬は、この「熊嵐」を読みながら多摩川の夜の森を歩いている。別に悪趣味のつもりはなく、ただ、この闇を描いた小説からともかく離れられない。

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