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カトマンドゥー

Nepal0

カメラ屋に行くと、とくに用事はなくともフィルム式マニュアルカメラを手に取り、2、3回シャッターを切るのが習慣化している。金属製のシャッター音を聞くたびに、思い出すのはやっぱりネパールのことだ。

そういえば、現在カトマンドゥーは中国人観光客であふれているらしい。数年前にはそんなこともなかったから、あっという間の変化なのだろう。金持ち中国人が各地で金をばらまくようになれば、普通の旅行者である僕らの居場所はさらにせまくなる。またひとつ、ネパールが遠くなったような気がする。フィルムカメラに標準レンズをくっつけ、モノクロフィルムだけでぶらりと山村を歩きたいなあ、という、ささやかな夢もちょっとあやうくなってきた。まあ、気持ちの問題なのだが…。

東京は木枯らし一号がふいて突然寒くなった。暑い暑いと思っているうち、気がつくともう11月だ。そろそろ奥多摩の紅葉に呼ばれる頃か。今年は秋川もさかのぼってみよう。山里で晩秋の夕暮れなどを歩いていると、またまたネパールを思い出して泣けてくるのだが(といっても泣くわけではない…)、今年は、そんな風情のある写真にも挑戦してみようと思う。

さて、Campur Photoの更新情報。

「浅草(羽子板市の日に)」

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待機中…

Kandagawa01

上の写真は暮れゆく神田川。

Campurのほうのブログでも一言だけ書いたが、最近はず~っと写真のことを考えている。といっても川の写真のことではない。こちらは正月あたりで一段落の予定。作戦を立てることはあっても考えるというのとはちょっと違う。考えなければいけないのはそのあとのこと。でも考えても考えても答えが出ない。考えているというより、天の声を待っている、という感じだ。答えはすぐ目の前にあるような気がするのだがまだ届かない。数ヶ月経っても答えが見つからなければ川だけを継続するほかないだろう。

川の写真もそうだったが、撮りたいからただ撮ったということではないように思っている。大げさに言えば、撮るべき運命にあった、といった感じだろうか。撮りたいものなんかいくらでもあるのである。ちょっと歩けばみんな撮りたくなる。でも、自分が撮るべきかどうかとなると、これは先方(被写体)から声がかかるのを待つほかない。声がかかれば次は撮り方を試行錯誤しながら決めていく。そして撮り方が確定してしまえばあとはひたすら撮り歩くだけ。続けていけば被写体のほうがこちらをいろんな世界に導いてくれる、ような気がする。

写真は結構相手(被写体)主体だ。必死で追い掛け回しているようでも、いい写真が撮れる一瞬というのは、相手からすっとやってきてくれるような感じがある。計算はするが、いつも計算外のところで当たったり外れたりする。

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さて、Campur Photoの更新はふたつ。

ガンジス川源流への旅

ヒマラヤの空

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うちの祭壇

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昨日の朝、外光を背にしたうちの祭壇がちょっと気になり写真に撮った。シヴァファミリーの写真立てが奥座にあって、手前の本の上に、人からのもらい物やガンガー源流の石などが適当に置いてある。シヴァファミリーの写真立ては、いったい、いつ買ったものか記憶もない。少なくとも10年以上はうちに置かれている。一時はこれを持って旅行をしていたような記憶もあるが、定かではない。

祭壇といっても、とくに何をするということもなく、横に置いてあるお香立てにときどきお香を挿すぐらい。たま~に酒を飲むときなどには、酒を撒く。つまり何もやっていないわけだが、今後、インドに行くことがたとえなくなったとしても、祭壇の主が他のものになることだけはないだろうな、などと考えながら写真を撮ってみた。

祭壇とは別に、うちの家宝というものが現在は汚いビニール袋に入れられ部屋の片隅に吊るされているので、また機会があれば、家宝のほうも紹介してみたい。そのときには、一部を祭壇のほうに移すことも検討してみよう。でもその前に、祭壇の掃除をしなければ…。

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東京

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Campur Photoのほうに「中央線の街」をアップした。東京シリーズの9ページ目となる。最初はこんなに作るつもりはなかったのだが、なぜかやめられないでいる。

これまでアップした東京シリーズはちょうど2年前の数ヶ月間で撮ったものがほとんどを占める。撮り始めたはいいものの、着地地点が見えずに迷いに迷った時期だった。その後、川の写真に転身して今にいたるが、東京の街を撮っていなければ川に出会うこともなかった。少なくとも現在のようなやり方で川を撮ることはなかっただろう。川を撮っているといっても、結局東京から離れることが今も出来ない。東京以外の地方の川を撮りたいという気持ちもあまりない。

Campur Photoを始めて分かったのは、僕はなぜか東京にこだわり続けているということだ。川を撮りながらも絶えずその向こうにある街の灯を意識し続けている。

それにしてもなぜ東京なのだろう。答えがすぐ目の前にあるような気はしているのだが、いつも直前で詰まってしまう。

上の写真は昭和公園から見た立川の街。こういう風景が気になって仕方ない。今の川写真はだいたいこのあたりから出発している。

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マハラジ~

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(写真をクリックすると拡大表示します)

久しぶりにサドゥ写真。

右のマハラジ、こう見ると神秘的な雰囲気だがじつはとんでもないおじさん。悪い意味ではないが、日本の常識ではやはり考えられない。でも言えない。すいません。自由にいろんな想像をしてみてください。

ちなみに、マハラジというのは、ババジと同じく、サドゥに対する呼びかけの言葉。


追記

Campur Photoのほうでもブログを始めました。文章をいろいろ書くのも大変なので写真中心で、と思っています。というわけで、今回は「変なおじさん」

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中間点

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写真を正方形にトリミングするのもおもしろい。方向性がないので、いかにも、ぽっかりと空いた日常の風景、という感じがしてくる。

上の写真は、先週の火曜日、雨上がりの川を撮りに行った帰り道。暗い草原から遠くに見るマンションが印象的で、いつも見とれてしまう。僕はちょうど、川と街の真ん中に立っている。この位置から川は見えないが、自然のほうに帰って行きたいような、でもやっぱり街に戻りたいような、ちょっと中途半端な感じがかえって心地よい。まあ、川の魅力は実はそういうところにあるのかもしれない。この一年半のあいだ川を撮りながら、今後の方向性として、自然のほうにおもむくのか、あるいは東京の街にとどまるのかをず~っと考えてきたが、実際はこの中間点が一番リラックスできる場所であったりもする。発見ということではこれが一番の発見だったかな。

さて、またいつものCampur Photo更新情報。

東京(都市の光景)

タイトルはもう適当…。東京ストリートスナップシリーズのたぶん最後のページだと思うが、まだ写真はあるから、どうしようかな。今回はモノクロに変換してみた。写真40点を並べたので退屈するかもしれない。実際作っていて面倒くさくなったので、写真の並びなどはほんと適当。でも完成したページで、一枚一枚写真を眺めていくと、こういう写真も案外いいなあ、また撮りたいなあ、と思ったりもする。ただ、撮りたい感じの写真というのは僕の場合はいくらでもあって、全部やるとなると、時間も金もなにもかも足りない、ということになってしまう…。撮り残した写真は来世で。

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