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サドゥの言葉

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写真をアップしたまではよかったが、いざ書こうとすると何を書いていいのか分からなくなる。最近はいつもそうだ。考えがまとまらないまま時間を浪費してしまう。もっと気軽に書けばいいと頭では分かっているが、アップした写真と関連して何か大切なことを書いておこうと欲張るばかりに、結局はわけの分からないことを書いて終わってしまう。その大切なことというのは、たぶん、サドゥと関係しているように思うのだが、なぜか焦点が定まらない。いっそ写真だけにしてしまったら楽なんだが、それはやはり寂しい。

写真と文章をバランスよく、というのが理想だが、最近の傾向として写真がはるかに先行してしまっている。思うに、この傾向はサドゥ写真を撮るようになってから顕著になっている。本物のサドゥを見ていると、言葉がどんどん消滅してしまうような気分になる。

サドゥの言葉に関して、今でも忘れられない光景がある。シヴァ派サドゥの一派ナガサドゥの挨拶は「オ-ムナモナラヤン」であるが、あるサドゥが、荒野で仁王立ちになって、ヒマラヤの頂に向かって、ひたすら「オームナモナラヤン」を大声で叫びまくっていた。ただそれだけの話だが、僕はひたすら衝撃を受けていた。

サドゥも若いうちはまだ繊細な部分も残っていたりするが、行き着く先は下の写真のようになってしまう。これを説明してみろと言われてもどうしようもない。また説明するようなものでもない。サドゥ本を書くときも、そのあたりで苦労した。編集の草下さんと、嘘偽りは一切なしでいきましょう、と話したのをよく覚えている。

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