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オームシャンティー

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自分に今必要なのはたとえばこんな写真だろうか、と思ったのが上のサドゥ。チラムから渦を巻きながらふっと煙が飛び出している。


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去年の今日は…

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いつものように写真整理をしながら、ふと多摩川のことを思い出した。ずいぶん行ってない。雨の中、桜を見にちょっと羽村に行ったがすぐに帰ってきたし、ホームグランドだった立川、日野、昭島あたりの多摩川となると、3月10日の立川が最後だ。なんだか懐かしい。日野から昭島あたりは、雑草が盛大に繁殖している頃だろう。

ちょうど一年前、2009年5月26日にも多摩川に行っていた。場所は日野。その日の写真から適当に選び出したのが上の四点。あの頃は、川というより、多摩川河岸の森や原野をさまよい歩いて、さまざまな小道を発掘しては喜んでいた。まだ三脚も使用してなかったし、写真自体は、今から考えると恥ずかしくなるほど中途半端。ファイルの写真が全部雑草で埋め尽くされていて、呆然としてしまう。ちょっと頭がイカレテいたのかもしれない。日野多摩川あたりのことを、勝手に「天国」と呼んでいたぐらいだから…。

ただ、あのあたりの多摩川は本当にいいところ。人のほとんどいない小道をたどっていくと、南国のジャングルからデカン高原の原野を抜けて、ネパールのどこかの河原を旅しているような気分になれる。ここはいったいどこだろう、と何度思ったことか。個人的好みから言えば奥多摩なんかよりずっといい。

多摩川には今も行きたいが、当分は行かないし、今後、通いつめるようなことはないと思う。毎年雑草の写真を撮るわけにもいかない。多摩川ではいい夢を見させてもらった。今は都心の川で別の夢を見てるが、これだってそんなに長く続けるわけでもない。じゃあ次は?…といきたいところだが、その前に、多摩川の写真をどうやって見せていくかも考えなければ。

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こんな写真が気になった。

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写真を整理していたらこんな写真があった(クリックすると拡大表示されます)。今まで気にもしなかった写真だ。それどころか、撮ったときの記憶すらほとんどない。

場所はアラハバード。サンガムの河原に行く途中に撮っている。たった一枚だけ。無意識に、なんかいいなあ、と思って一枚撮って、でも絵にならないかな、と思ってそれで終わり。今回の写真整理で気がつかなかったら、また何年も、あるいは何十年も忘れられて、もしかするとそのまま消え去っていたかもしれない。

大木の根元近くに赤い旗があるから、ここには神様が祀られている。すぐ手前右手には地中に半分埋もれた小さな塔。そして後ろにリキシャ。その背後にあるのはリキシャーマンの家なのかもしれない。いずれにしても、インドでは珍しくもないごく普通の風景。でも気になった。

写真を撮ったときの記憶はない、と最初に書いたが、こうやって写真を見ていると、なんとなく記憶が蘇ってきそうな気もする。

それにしても、こうやって写真の整理をしていると、あんな写真、こんな写真と、いろいろ撮りたい欲望がとめどなく沸き起こってきて非常に困る。今の写真だけでも手一杯だというのに…。

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写真の記憶

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その時々で気にかかったものをいちいち写真に撮っていくというのは、考えてみるととても不思議なことだ。普通だと、ちょっと気にかかってもすぐに忘れて一生思い出さないようなことを、写真をやっていると、たとえば写真の整理をするたびに思い出す。あのとき、こんなものをこんな風に見ていたのか、というのが、10年も15年もたったときに蘇ってきてしまう。これまで、同じフィルムを繰り返し見返してきた。見返すたびに新しい発見がある。この写真は、意外といいな、というのもある。そんなことを繰り返しているので、過去の旅というのを僕はかなり鮮明に思い出すことができる。2000日近く旅してきたが、その半数以上を思い出せるのではないだろうか。

昨日撮った写真から20年前のある日の写真までもが、また整理しなおされるのを待っているのかと思うと、ちょっと末恐ろしいような気もするが…。

今回の写真は、2006年1月30日のアラハバードサンガム。デジタルデータは、日時ばかりか、撮影データのすべてが残っているので、過去をごまかしようもない。ちなみに、上の写真が午前7時18分、下の写真が6時半ぴったりだった。

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丸の内

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今日は写真も撮らずに久しぶりの完全休日。といっても、写真整理の手は休めることができない。いつになったら終わるのだろう。

昨日は皇居のお堀周辺を撮り歩いた。東京駅中央口からお堀まで、広く清潔な道がまっすぐに続いている。両側には丸ビルをはじめとする整然としたビルの群れ。お堀の周辺には外国人の姿も目立つ。橋の上では、一人のサラリーマンが携帯カメラを丸の内のビル群に向けていた。僕はそのすぐ後ろで三脚をセットしてとりあえず最初の一枚。30分後にやってくる薄暮をどこで撮ろうか、と考えつつ…。

写真の舞台を多摩川から都内の川にシフトしてもうすぐ2ヵ月、すでに20回以上写真を撮った。撮影にも慣れ、軌道に乗ったので少しほっとしている。でも今回はそんなに長くは続けない。40回か50回。秋からはまた別のものを撮りたいと思っている。舞台はやはり東京、かな。漠然と考えていることがひとつあるし、今のところ、他は思いつかない。じゃあ、インドは?と訊かれることもあるが、インドのことを何度考えても思考は停止したまま。海外に行って珍しいものを撮ってくる、という時代はやはり終わったのだろう。昔はよかった、と言っていても仕方ない。まだまだ写真を撮るんだから、今は前を向いて歩かなければ、ということを自分に納得させることに、ここ一年二年、非常に苦労した。そして今ようやく新しい光が見えつつあるような気がしている。まったく昨日、今日の話だが…。

今度インドに行ったら、ということはいつも考える。そのときは、何も考えずに好きなものだけ撮って、あとは自由に旅したい。最初にインドを旅したときのように。

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ブログの更新も遅れがちで、サドゥ旅行記もストップしたままですが、旅行記のほうは、なんとかヒマラヤだけでも完成させたいと思っています。

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祝日の夜

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相変わらず都内の川に通っている。昨日は日本橋川。最近、荒川が二回続いたので都会が恋しくなった。それに、祝日の河川敷は人が多くて落ち着かない。

日本橋川は二回目だ。今日は上半分。と思ったが、皇居のお堀が気になり寄り道して少し写真を撮った。お堀は川ではないが、考えてみたら運河も川ではないし、厳密な定義とかはどうでもいいかなと思っている。僕が撮りたいのは水のある風景だし、お堀もちょっと考えてみよう。

今は川を撮っているが、川以外も気になる。都内に出てくるようになって、撮りたい風景がたくさんあることに改めて気付いた。とくに夕方から夜にかけての東京の街というのは宝の山のように思える。でも寄り道ばかりしていると真夜中になっても帰れないので今は自制している。

写真は日本橋川沿いを歩く途中で見つけた高架下の風景(クリックすると拡大表示します)。一見侘しい風景に見えるが上には新幹線も通っている。手前に車の光跡を入れてもよかったが、今回は祝日の夜の街、ということで、このカットを選んでみた。

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