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時間

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自分にはあまり関係ないことだが大型連休がスタートした。もう5月だ。今年もあっというまに三分の一が過ぎ去った。時間の流れがなんだか速い。インドに関して言えば、最後のインドから3年が過ぎてしまった。インドはだんだん過去のものとなり、何を書いても思い出話になってしまいそうで、なかなか話題に出来ない。本当は今撮っている川の話を書けばいいのだが、川の話題が連続することになぜか抵抗を感じてしまうというか、まだもう少し、インドにしがみついていたいというか…。過去にこだわるのはよくないんだけど、そうは言っても、インドの旅は自分にとってはふるさとのようなものだから…。

そういう気持ちにけじめをつけるために、今、いろいろと進めていることがある。夏ぐらいには、新たな形でこれまでの写真を見てもらうことが出来ると思っている。未発表写真も含めて洗いざらい、ぐらいの感じで。川の写真もこのまま続けるならホームページを作りたい気がしてきたが、それは秋以降かな。

ところで、今日は用事で久しぶりに渋谷や原宿といった街に行ってきた。去年はずっと多摩川だったから、この季節に歩くのは2年ぶりだったか。街で見る夕景がなにか懐かしいような気がして、…季節の変わり目にはついつい時間のことを考えたりしてしまう。

今日の写真は、テキストとはなんの関係もないが、こういう写真もいいなあ、と思って。

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多摩川の入り口

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ガンガーへの入り口がサドゥなら、多摩川への入り口は猫だった。彼らは近くに住むホームレスの人たちが世話している猫だが、半分は野良猫。流れ流れて多摩川の岸辺までたどりついた。そういう意味でもサドゥに似ている。猫たちと一緒に夕暮れの多摩川を静かに眺めていると、となりにいるのが猫なのかサドゥなのか分からなくなる。多摩川っていいところだなあ、というところから多摩川通いが始まった。

ところで、先日、小岩に住む友達のところに行く機会があったので、その前に途中下車して荒川でも撮りに行くか、と思ったが、あいにくの雨だった。時間もあまりないので、三脚は持たずにロケハンのつもりでぶらりと見に出かけた。雨の影響もあって、気分も重苦しかったが、荒川(最初に見るのは中川だが)の流れを見た途端に顔がニンマリしてしまって自分でも驚いてしまった。川を見るだけでうれしいらしい。

名前が荒川だけあって、なんだか荒っぽい川だなあ、とかなんとか考えながらも、川のたたずまいについてはすっかり気に入ってしまった。近いうちに出掛けることになるだろう。

小岩の友達からはなんで川なのかと、いろいろ誘導尋問を受けるうちに、東京の中で、結局多摩川だけが受け入れてくれたんだな、というような結論を勝手に出されてしまった。まあ、完全に外れてるとはいわない…。

ついで言えば、ある旅行写真家と話していたら、彼が、「旅行者でしかいられないから旅行している」と言っていたが、それはまったく共感できる。自分でもどうしようもない。こういう風に生まれついたとしか言えない。そうじゃなかったら楽だったのになあ、とは言わないが、旅の病と付き合うのもときどきすごくしんどくなる。

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ポートレート

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夜の街を遅くまでうろつき帰宅したら真夜中になっていた。まずは空腹を満たしてそれから写真整理。まだ終わらない。少し疲れたので、気分転換にインドの写真ファイルを開く。人工照明に照らされた夜景の世界から土臭いインドの村へ…、未来から過去へと一気にタイムスリップしたような気分。あるいは前世へと戻っていくような不思議な感覚に落ちていきそうだ。

一枚目の女の子は、デカン高原の村ならどこにでもいる顔ということで撮ったわけではない。このとき、周囲には数十人の村人がいた。週に数回あるかないかのバスがちょうど到着していてほとんど時間がなかったが、遠目から見ても、誰を撮らなければいけないか、すぐに分かった。そして彼女のほうもなぜかそれが分かっている。

今までインド、ネパールで撮った、ポートレートのいい写真というのは(サドゥはちょっと違う)、ほとんどがそんな感じで撮ったものだと思う。本当に直感だけ。一瞬のことなので物語なども何もなくけど、自分にとってはすごく大切な写真だ。いつか、ひとつの形にまとめたいなあ、とずっと思っているのだが…。

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ガンガー

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上の写真は聖地サンガムのガンガー。冬の早朝、川が霧に包まれ、あらゆるものが消え入るような、もしかすると少々ありきたりと思われがちな、こんな風景が僕は好きで仕方ない。こういう写真を撮るために、連日早朝のガンガーに通った。何度見ても飽きないのである。いくらでも撮りたいし、川を眺めながらチャイを飲んでいればそこは天国だ…。そういうことをいろいろ考えていくと、やっぱりまた行きたい、と思わずにはいられない。

今はコーヒー片手に東京の川をめぐっている。新しい写真のテーマがなんたら、とちょっと前に書いたが、じつは多摩川から東京都内の川や運河に舞台を移しただけのこと。うまく軌道にのるかどうかが心配だったが、それは杞憂だった。川があればなんとでもなる。クタクタになるまで夜の川沿いを歩いて全然飽きないし、撮りたいものがたくさんあって、なかなか川を離れられない。

ところで、昨日がクンブメーラの最後の行進日だった。これで、2ヵ月あまり続いたハリドワールクンブも終了だ。サドゥ本を出版したのにこのクンブに行けなかったことがずっと気になり、気まずいような気持ちが続いてしまった。こんなことなら行くべきだったのでは、という気がしている。後悔している、と書いてしまったほうがいいのかな。多摩川でのんびりしすぎてしまったかも…。

次回の大規模な(あるいはガンガーでの)クンブメーラは2013年のアラハバードクンブ。3年後…、さすがにもう分からない。

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今回のクンブメーラ、今ユーチューブで検索してみると、すでにいくつかの動画がアップされている。

http://www.youtube.com/watch?v=Ucqmyb_s6Q4&feature=related

上は、プロの映像作家による作品。下は、出発前のナガババたちだろう。

http://www.youtube.com/watch?v=uRp_Ealqu6w&feature=related

ナガババ行進の映像もあった。サドゥ本にも掲載したオンギリババジの姿も見れる。最後のほう、1:50の、背の高いナガババ。

http://www.youtube.com/watch?v=e9sTLavgqB8&feature=related

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一枚の写真をめぐって

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こんな写真を見るとなんともいえない気分になる。はじめて一眼レフを持って、香港からバンコック、ネパール、そしてインドのラダックにたどりついて、ここでようやく写真に目覚めた、そのときの一枚。数えてみると、もう18年も経っている。

こういう写真はもう二度と撮れないだろう。デジタルとかネガとか、そういう問題だけでなくて、時代が違うな、と思ってしまう。

当時、気ままにモノクロ写真をプリントしながら、友達の家に居候してたまたま見つけたのがニールヤングのアルバム「After The Goldrush」。音楽を聴く以前にジャケット写真に衝撃を受けてしまった。

http://www.youtube.com/watch?v=LJwS38YH1iw&feature=related
(音が出ます)

あれから18年たって、今は写真の大量消費に明け暮れる日々だ。たった一枚の写真に心を奪われるようなそういう経験を久しく忘れているような気がする。ラダックを撮った次の年、僕はある写真を撮るためにネパールに行ったのだが、持っていったレンズは50ミリ一本だった。これでなければイメージした写真は撮れない。だから、余計なレンズは一切いらない。一枚でも満足できる写真が撮れれば満足…。そんな気分で4ヶ月の旅に出かけた。今となっては夢のような話。

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サドゥ本を見るサドゥ

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インドから帰国した映像作家のこいでみのるさんから一枚の写真が届いた。サドゥ本を手にするのはマノージ・ギリ。開いたページに写っているのはマノージ・ギリ自身と彼のグルジ(師匠)。本の写真は4年半前のもの、でもあまり変わってないな。マノージ・ギリは飄々とした性格の仙人系サドゥ。ヨーガに熱心で、4年前にもいろいろなポーズを見せてくれた。…そういえば、このブログでも紹介したことがあった。だいぶ古い記事だが…

http://chaichai.moe-nifty.com/chaichaiblog/2005/07/post_e1a9.html

こいでさんについては、以前にも、ジプシーの映像作品について紹介したことがある。その後、次は何を録ろうかといった話から、「思い切ってクンブメーラにしてみたら」と適当に勧めたら本当に行ってしまった。その際、サドゥとの交渉の小道具として何かの役に立てばと思ってサドゥ本を二冊託したところ、マノージ・ギリに行き着いた、というのが今回の経緯。ちょっとは役に立ったようでよかった。

今回のサドゥ映像も、DVD作品として発表するという。でもその前に、サドゥ本を見るサドゥ、という小作品をユーチューブ上にアップしてくれた。制限付き公開、ということで、ユーチューブのアカウントを取得する必要があるとかないとか、といった話だったが、こちらのパソコンではすぐに見れた。下記、そのアドレスです。

http://www.youtube.com/watch?v=YK83E5JNIJk

ちなみに、こいでさんのHPは下記のアドレス。サドゥ作品が完成したら、また紹介したいと思っています。

http://www.spruce-bamboo.com/

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Concrete Jungle

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サドゥ旅行記を一気に2ページアップした。出来るときにやっておかないと。

…というわけで、つたない旅行記ですが、時間があるときにでもぜひご覧ください。

サドゥを探しに

上の写真は12年前、つまり前回ハリドワールクンブメーラ。裸のサドゥが真剣を手に格闘する。もちろん本気ではないので殺しあうわけではない。とはいえ、あやしく光る目は遊びともいいがたい。

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今日は久しぶりに音楽の話。

音楽にはとくに詳しくないが、とはいえ音楽なしの生活というのもなかなか考えられない。写真の整理をしている時は聞きっぱなしだ。しかもイヤホンで、大音量で聞く。そして、エネルギーをチャージして、次の撮影に向かうという繰り返し。音楽に支えられていると思う。

そんな生活の中で、何を聴いても元気が出てこないと思うことがたまにある。何日か前もそうだった。それでいろいろ探し回って、久しぶりにボブマーリーをうろつくうちにこの歌にはまりこんでしまった。前から知っている歌だが、今はこれを何度でも聴きたい気分。

Concrete Jungle
(要注意。音が出ます)

レゲエは、自然回帰と望郷の念から生まれたのではないか、といったことを、だいぶ前に書いたが、彼らがアフリカから奴隷としてジャマイカに運ばれてこなかったらレゲエは決して生まれなかったし、レゲエが生まれたのはゲットーと呼ばれたスラム同様の黒人居住区であった。理想と現実のあまりの落差から生まれたのがルーツレゲエのうねるような独特のベースラインだった。ゲットーからの開放を歌いながらも思い通りにならない悲しみが独特のメロディーを作り出している。Concrete Jungleにはそうした色調がとくに色濃い。さまざまな表情を見せるボブマーリーも、この歌を歌う時は押し殺したような悲しみの表情を見せている。ギターを弾く手付きからしていつもと違う。気楽には歌えない、ということだろうか。

ちなみに、まだメジャーになっていない頃の映像もあった。ゲットーに住んでいたときのものか…。

Bob Marley, Concrete jungle


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なんか変な日々…

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連日のように知らない街を夕方から夜にかけて歩いていると、変な夢ばかり見るようになった。というか、普段はこんなに夢を見ないし、相当変な精神状態になっているような気もする。別に混乱しているわけではないのだが、自分でもよく分からない感じ。まあなんでもいいかな、とも思う。

今年のはじめぐらいから、なんともいえない焦燥感に駆られてしまって(旅の病…?)、あまり家にいたくない気分。あちこち歩きまわって写真を撮っているのが一番。まあ、写真を撮るにはいい精神状態とも言えるだろうか。ただ、この先もこんな気分が続くのかと思うと若干気が滅入る。それで気晴らしにまた写真を撮りに出かける。最近は多摩川を離れて少し遠出するようになったので、逆に旅気分が強まりさらに旅の病が悪化しているような気がする。

上の写真は夢の一風景、というわけでは別にない。いろんな夢を見るので全部は覚えられない。そういえば、二日前にはなぜかラオスを旅している夢を見た。自転車でどこかを走っていると目の前に緑色の川が流れていて、しかも水しぶきまで緑なのでびっくり…。意味が分からない。

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