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インドが遠い…

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写真を撮りに行きたかったが、冷たい雨が降り続いていて断念。新しいテーマの写真は原則三脚使用なので雨はちょっときついが、そんなことを言ってる場合ではないな。ただ今日は寒すぎた。

時間が空いたのでサドゥ旅行記第三章の準備をする。テキストはすでに埋め込み、今は写真をセレクト中。まだ四章、五章と続く。でも、六章で予定していたクンブメーラは外そうかな、とふと考える。クンブメーラは写真だけで構成したほうがおもしろそうだ。過去の自分の文章を読むのもちょっとキツイ。遠い昔の話だ、と思ってしまう。それに旅行記というのはやっぱり自分には向いていないと今回あらためて思ってしまった…。サドゥ旅行記は最初で最後の旅行記になりそうだ。

今回の写真はデカン高原の村。原色が眩しい。インドを遠く離れた今となってはなおさらだ。最近は新しい写真のテーマで頭がいっぱいになっているので、インドがますます遠ざかっていく。それについてはいろいろと複雑な気分、でも、インドの呪縛からようやく抜け出せるのかも、という期待もある。

気になるのは未発表のインド、ネパール写真。ホームページのギャラリーを大きく作り変えようかな。どうしよう…。

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推理小説

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最近、推理小説をよく読んでいる。といっても、時間があまりないので電車に乗っているときぐらい。でも純粋におもしろいので気晴らしになる。

推理小説は昔からよく読んでいた。毎年のようにインドを長期に旅行していた頃、いつも日本語に飢えていた。それで観光地に行くたびに古本屋で日本の本を漁っていたら、やたら推理小説があるのでそのうちはまってしまった。好みはなぜか硬派な社会派推理小説。読んでいるとインドにいることを一時忘れることが出来た。まあ今となっては贅沢な話だ…。

その後、サドゥ写真を撮りつつインドの本を読むことが多くなってすっかりご無沙汰していたが、最近になってまた復活の気配。

推理小説を読むのは単に気晴らしというわけでもないのがよい。刑事や探偵が事件を追いかけ、推理に推理を重ね、そして現場で軌道修正しながら核心に迫っていく姿というのは、考えてみれば写真を撮る過程によく似ている。それに、夜の街を靴底をすり減らしながら歩きまわる様子はとても他人事とは思えない。この刑事もがんばってるんだから、自分もがんばらないと、と思ってしまう。

今回の写真は一年ちょっと前に撮ったもの。あの頃は、まさに暗中模索という感じでよく夜の街を歩いていた。

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羽田空港

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羽田空港で離発着する飛行機をさんざん見てたら、ほんとたまらない気分になってきた。インド病(旅行病?)にはとても危険な場所だ。なんで自分はチケット持ってないんだろう、と思ってしまった。

今日は、多摩川とは別の新しいテーマでようやく撮りに行った。さんざん悩んだが、やっぱり多摩川だけっていうのは保守的すぎるし、一年前と同じ季節に同じ場所を歩くというのは精神的にもよくない。僕は旅行者とか言ってる割には、どうも同じところばかり行きたがる傾向がある。やはり前に進まないと。しばらくは多摩川と同時進行となるので体力的にちょっとしんどいけどこれは仕方ない…。

ちなみに、新しいテーマはもちろん飛行機というわけではない。羽田空港には多摩川左岸(右岸?)の最終地点ということで行ってきた。滑走路の彼方に川がちょっと見え、その向こうに川崎の工場地帯が眺められる(写真はクリックすると拡大表示します)。羽田空港には新しいターミナルとさらに滑走路も追加されるようだ。滑走路のほうは海の上に建設中。夜に機上から眺めたいな。今調べたら、新滑走路は今年10月完成を目指しているとのこと。

新しいテーマについてはとりあえずテスト期間となるので、軌道にのったら、そのときまた書きたい。

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今日も川

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クンブメーラに行くわけでもないのに、あれこれ書くのも変な話だと思うが、それもあと一ヶ月。昨日15日は二回目のシャヒスナン(サドゥの行進)があった。一回目のときと違って、もうそんなにイライラはしない。川に行って写真を撮ればいいだけの話。今日は暗くなるまで多摩川を歩いて、そのままの勢いで別の川もちょこっと撮った。水が流れていればなんでも撮りたくなってしまう。頭の中に川が流れているのかと思うぐらいだ。

そういえば、ある人に「多摩川を撮っている」と言ったら、「禊(みそぎ)みたいなものですね」と言われた。その人は霊感があるという人で、「浄化が終われば別のものを撮るでしょう」みたいなことも言われたが、今のところその兆しはない。もしかすると、浄化してもしても尽きないぐらいにカルマが溜まっているのかもしれない。そんなに悪いことはしてきてないつもりだが、いやどうだろう…。無欲とはとても言い難いし。

今回の写真は三年前のクンブメーラ。浄化を求めてガンガーにやってきた巡礼たち(?)。

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この川

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多摩川河口である川崎浮島に行ってきた。本来の河口は浮島の手前にあるようだが、現在の河口はここだからとりあえず浮島が最終地点。浮島は、撮れる場所が限定されているのであまり期待していなかった。退屈したら、工場地帯でも行ってみるか、と適当に考えていたが、結局そんな必要は全然なくて、時間が足りないぐらいに楽しめたし、写真の出来も十分すぎるぐらいで、とても幸せな気分。しかも今日は温かかった。

今思いついたことだが、なかなかインドに行けないのは結局は多摩川のせいだと思う。多摩川に出会わなかったら、とっくの昔に東京写真をあきらめ、インド行きを目指していたことだろう。これまで140回近くこの川に通って、結果的にいい写真が撮れなかった日はあっても、今日はしょうもない一日だったなあ、と思ったことは一回もない。どうしようもない曇り空の日でも、川を見ながら草むらに座ってコーヒーを飲んでいるだけでそこそこ楽しい気分になる。

多摩川以外の川はよく分からない。同じ川だし、神田川とか隅田川とかどうだろう、と考えていたが、やはり微妙なところだ。多摩川の何がいいのか、今日も川を眺めながら考えていた。ひとつ言えることは、この川は、都市に近いようでじつは遠い。以前にも書いたが、だだっ広くて何もないような場所がいたるところにある。そういう場所であればあるほど自由になれるものだ。長年、あの雑然としたインド大陸を旅してきた人間にとって、至れり尽くせりの場所というのはただただ息が詰まる。

そういえば、これまで多摩川河岸で、三度、それぞれ別の場所で誰かがタブラを叩く音を聞いた。いずれも夕暮れ、空が真っ暗になるような時刻だ。インド帰りが、ささやかな自由を求めてこの川に集まってくるのはちょっと切ない気もする。とはいえ夕暮れの多摩川にタブラの音はよく似合っていた。

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シャヒスナンによせて

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また雪が降ってきたから、明日も奥多摩かな、と一瞬考えてやっぱりやめた。外を見ると、雪はみぞれに変わってきているし、このあいだ撮って、もうあれで、今年の雪は終わりにしたい。

多摩川が一段落して、ちょっと目先を変えて違うものも撮ろうかな、とここ最近ずっと考えていたが、結局いいアイデアは浮かばずじまい。というか、やっぱり川がいいみたい。ここは素直に、自分の気持ちに従おうと昨日結論を出した。

今回の写真は、お馴染みクンブメーラのシャヒスナン。シャヒスナン、聖者の沐浴、ということだろうか。そして、ハリドワールのクンブメーラでは、二回目のシャヒスナンが一週間後に迫っている。裸のサドゥがまたガンガーで大暴れするのだ。三年前のクンブメーラでは3回シャヒンスナンを撮ったが、撮った後のカタルシスというのがどうしようもないほど強烈で、生涯忘れない、と思えるぐらい。あの感覚はいったいなんだろう。裸の人間が大挙して川へ向かっていく、という基本的にはただそれだけのことに、鳥肌が立つほど感動したりする。

(写真をクリックすると拡大表示します。写真の坊主頭は新人サドゥ。でも、ここまできたら、ベテランも新人も関係ない)

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猿だって考えてるんだから

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聖地の条件2 -オルチャ-

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「聖地の条件」の今日は二回目。聖地周辺の地図を調査しながら、やっぱりここは聖地だ、と勝手に納得するただのお遊びである。ところで、最近、パワースポットという言葉が流行りだが、これは聖地と同義だと思っている。聖地という言葉自体が造語のようなものなので、本当のところどちらでも構わない。むしろパワースポットのほうが意味としては分かりやすい。ちなみにヒンドゥーだとティールタという言葉が聖地にあたるが、意味は「浅瀬」。浅瀬がどうしてパワースポットになるのだろう…。なんとなく分かるような気がするが、結論を急ぐ必要はないので、もう少しいろいろ考えてみたい。

さて今回はオルチャ。デリー、アグラからさらに少し南に下ったデカン高原の入り口。廃墟宮殿や墓の類が丘陵地帯に点在していてとても美しい。一部の寺がインド人にとってのお参りどころとなっているが、巡礼地というほどの場所ではない。とはいえ、巡礼者の態度や周囲の風景を眺めながら、でもやっぱりここには何かがあるんじゃないかと思っていて、今回、はじめてグーグルマップを見てみた。


大きな地図で見る

流れている川はベトワ川。地図上、下から上へと流れ、ヤムナーと合流して、最後はガンガーとなってベンガル湾へと注いでいる。

オルチャの町は、湾曲する川の内側に作られている。ヴァラナシとは反対だが、ヴァラナシが例外なのであって、オルチャはノーマルな聖地の形だ。そして川の中に中州が見え、ここに宮殿が建っている。中州は浅瀬に通じているからここは聖地としての条件を満たしているかと思われるが、まだ弱い。もう少し周辺部を見てみたい。それが下の地図。


大きな地図で見る

(Aの場所がオルチャ)

地図を拡大していろいろ眺めてもらったほうがわかりやすいが、この周辺のベトワ川はかなりややこしい状態になっている。少し上流にダムがあり、その直後ぐらいから川は二つに分かれ、オルチャより下流で再び合流する。しかし、そのあいだにも、幾筋も流れがあり、複雑怪奇な状態になっている。中州にある宮殿については、考え方によっては、中州の中の中洲に建っている、という考えも出来るだろう。

オルチャを訪れたのは雨季だった。緑の絨毯にまず感動したが、写真の通り、川の水量はかなりのものになっていた。町外れに橋があり、渡ろうとして、そこにいた警官に、「帰ってこれなくなるぞ!」と、大声で止められた。大袈裟な、と思ったが、次に日にはたしかに水没していた。

そして今分かったことだが、あの橋は巨大な中洲へ通じるものであった。ということは、ここら辺の橋が全部水没すると、そこは完全に陸の孤島となってしまう。中洲を詳細に眺めてみると、村はいくつかあるようだが、あとはジャングルと荒野ばかりが広がる不毛の土地。オルチャの前を流れる河はたしかに三途の川ということになるだろう。

勝手な解釈だが、だんだんオルチャの姿が見えてきた。オルチャは平和な聖地というより特別な荒野なんだと思う。オルチャに残る廃墟宮殿や墓などの遺跡はヒンドゥー系の王によって建てられたものだが、なぜわざわざこんな僻地に拠点を置いたかが気になっていた。そして、各遺跡は、いかにも計算されたような美しさで丘陵地帯の各所に配置されている。そうした実景と地図を重ね合わせていくと、やはり、これを作った人は、オルチャという土地に特別な感情を持っていたのではないかと思われてくる。はっきり言ってしまえば、風景とか風情とか(だけ)に魅せられてしまったのだと思う。

ただ、実際は氾濫原に近すぎて、とても発展しそうもない土地柄だから、立派な建造物もいずれ廃墟になる運命だったのかもしれない。逆に言えば、旅行者にとっては最果て感が強くてとてもいいところ。そして聖地としても、ささやかながら魅力がある。そういえば、ひとつの廃墟宮殿の中にサドゥが何人かいて、楽器を持って、掛け合いで歌を歌っていた。

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オルチャはHPのほうでも6ページにわたって紹介しています。
http://chaichai.campur.com/architecture/orchha01.html

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