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なぜか懐かしい

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先週、今週とインド写真の再整理。まずは最近のデジタル写真からはじめている。

場所は、ヒマラヤ、ガンガー、デカンほかいろいろあるが、デカン高原の村の写真にさしかかると急に穏やかな気分になる。風景も人々も不思議なほど懐かしい。

ネパールに通っていた頃、自分にとっての第二のふるさとはネパールの山村だと思っていて、今も、そういう気持ちはあるのだが、デカン高原はまた別の意味で第二のふるさとなんじゃないかと思ったりもする。

ネパールが子供時代の記憶なら、デカン高原は前世の記憶…、なんて書いたら変な誤解を受けそうだが、何かそんな感じだ。あるいは、遺伝子の記憶というのか…。

上の写真は聖山チョーラガルの、ふもとの村に住む先住民。

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こんな日は…

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先週からインド写真の再整理に没頭していている。どうせ天気も悪いし、と今日もパソコン画面をずっと眺めていて、夕暮れ時、ふと窓のほうを見ると、カーテンが真っ赤に染まっている。

う~ん、とても嫌な予感…。

恐る恐るカーテンを引いてみると、西の空、厚い雲の下で夕陽が赤々と輝いていた。

今日はそうだったのか…。写真撮りに行けばよかったかな。川は天国だろうな。でもさっきまで雨が降っていたぐらいだし…。

太陽はいったん雲に隠れ、今度は空気が赤く染まって、さてどうしようかと考えているうちに、また夕陽が輝き始めた。

とりあえず近所だけでも、とカメラを用意して、外出。上の写真は、玄関の前から撮ったもの。その後、30分ほど撮り歩くが、西日が差し込んでいたのは最初の数分だけ。

いずれにしろ、先週の皆既日食に続いて撮り逃がした感があって、身体中がモゾモゾして落ち着かない。早く長旅に出たい。

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ヴァラナシで皆既日食

雨季で無理だろうといわれていた聖地ヴァラナシで皆既日食が見られた。さきほどテレビで映像を見た。

映像は一瞬だったが、ダイヤモンドリングから放たれた光が何千何万という巡礼者たちの顔を真っ赤に照らしだした。巡礼者たちは身体を揺さぶり大声で祈っている。そして暗闇、どよめき。

…なぜかクンブメーラの興奮が蘇ってきた。

一瞬の映像が今も身体に響いて平静な気持ちでいられない。あの場にいたかった…。なんていっても、もはや手遅れ。ヴァラナシとは縁がない。ヴァラナシには呼ばれていない。あんな映像、見るんじゃなかった。

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南へ

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昔、何かの雑誌で、「南へ」という特集があって、なんとなく記憶に残っている。インドの特集はなかったと思うが、スリランカがあったような気がする。どんな写真があったかは実は全然憶えていない。全体的に写真がブルーがかっていたような記憶があるが、実際はどうだったんだろう。

今回の写真はインド最南端カニャークマリ。一枚目は、ホテルの屋上から早朝の海を眺めている。二枚目は、最南端の寺近くのチャイ屋。滞在中、何度となく雨に降られていろいろ大変だったが、雨と雨のあいだには、空が様々な色に変化して見飽きなかった。このときはガイドブックの取材でインドに来ていたのだが、最南端の田舎の村ではたいして調べることもなく、空と海ばかり眺めて過ごしていた。今から考えるとまったく幸せな時間だ。そしてこの旅を最後に、二年以上インドに行っていない。あの頃は、すぐにインドに戻ってくると思っていたのに…。

最近になって、新たな気持ちでインドの写真を整理しなおそうと思い立った。サドゥ本出版から一年半、またインドの本を作りたい、という欲望が湧き起こってきた。写真はたくさんある。ただ、切り口が見つからない…。だからこそ、また写真の整理をしないとね。

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今日の収穫

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社会の役にたたない、ある種、床の間的なものが好きで、サドゥを追いかけたり河原を歩いたりするわけだが、今日は珍しく現実的な収穫があった。

河原で座っているとき、雑草からトマトがぶら下がっているのを見つけた。トマトと河原、どう考えても結びつかない両者だが、そんなことより今日の食い物である。とりあえず赤く熟れたトマトはありがたく全部いただいた。上がその写真。まだ緑のトマトも相当あるから、来週がピークかな。人がめったに入らないところなので、僕が行かなければそのまま枯れてしまうだけの運命かもしれない。

これを書きながら、今、何個か食べてみた。皮が少し硬いが甘みは十分ある。なにより自生(野生?)トマトなんてなかなか食べれるものではない。

トマトの生っている河原から数メートルの浅瀬では、50センチぐらいの魚が何匹も暴れまわっていた。なんの魚かは知らないが、うまいのかな…。

(下の写真はまだ緑のトマト)

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夏空

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梅雨の晴れ間、空に浮かぶ雲にはなぜか秋の気配がただよう。季節はとても不思議だ。

夏は基本的に好きではない。暑いし汗をかくし、冷房をかけると電気代がかかる。でも今年に限っていえば、どこかで夏を心待ちにしているようなところがあった。さてどんな風景に出会えるだろう。


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虎が怖い

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8年前だったか、アジャンタ石窟を訪れた。石窟入り口の前にホテルもあったのでそこで宿泊。夜になって部屋を出て、たしか階段の踊り場か何かに差し掛かったとき、目の前の大きな窓が開けっ放しになっていた。なんか嫌な感じだ…。飯から帰ってきても窓は開けっ放し。夜中に気になって見てみたが、やはり開けっ放しだ。普段はどうでもいいことだが、その日はなぜか気になって仕方ない。フロントに言って閉めさせようかと思ったが、その理由というのがあまりにバカバカしい。

「虎が怖い」のである。

アジャンタ石窟は、虎狩りをしていたイギリス士官が逆に虎に襲われ、渓谷に逃げ込んだ際にたまたま見つけたものである。だから周囲には虎はいるはずだが、当時に比べれば数は激減しているし、また、わざわざ観光地にやってくるはずもない。と分かっていてもなぜか怖くて仕方がない。

虎のことをふと書き始めたのは、先日、何かのきっかけから熊のことを検索したからである。熊といっても、ツキノワグマではなく、ヒグマのことである。ツキノワグマも怖いが、ヒグマとはレベルが違う。ヒグマは、たぶん、虎やライオンぐらい強いので、襲われたら絶望的だ(虎のほうが強いという説あり)。

大学時代に少し山を登っていたが、北海道の山だけは完全除外。手ぶらで野生の王国に行く人の気が知れない。実際、日高山脈で3人の登山者が犠牲になるという事件も起こっている。開拓時代には、三日のあいだに7人が殺害されるという事件もあった(三毛別羆事件)

今回、事件の概要をまた読み直してみたが、何度読んでも背筋が寒くなる。他の人が読んでどのように思うのかは知らないが、僕にはなぜか他人事とは思えない。

事件の話のあとにこういうことを書くのは少し躊躇するが、これまでに何度となく、熊や虎に襲われる夢を見た。襲われるといっても、自分の家に熊や虎が侵入して、部屋に入るかどうかで夢から覚める。目覚めても、巨大な獣がすぐ近くにいたという恐怖の感覚がしばらく抜けない。

大人になってからも何度か動物園に行ったが、いつも釘付けになるのはやはり熊や虎である。とくに熊。あの巨体がすぐ近くに迫ったらどうしよう、などと思いつつ目が離せない。

話はインドに戻る。インドでは人食い虎の話が今も絶えないが、ちょっと昔の話では、クマオンの人食い虎が、ネパールとインドでなんと436人の人を殺害したという記録がある。巨大動物図鑑というHPの「人食い」というページには、さらに400人を殺害したヒョウの話などが紹介されていて、いったいどういうことなのか想像も出来ない。ヒョウはそんなに強くないはずだが、デカン高原で雇ったガイドも、「虎よりヒョウが怖い」と言っていた。木の上で待ち伏せし、背後から首を狙って飛び掛ってくるらしい。

さて今回の写真だが、5千年かもしかすると1万年前に描かれた虎。デカン高原の人気のない洞窟に眠っていた。このあたりは虎、ヒョウに加えて熊もいる。どんな熊なのかは聞いていないが、早朝訪れた人が襲われて怪我をしたようなこともあったらしい。「怖いよ~」と思いながらも、どこかでこういう世界に惹きこまれる自分もいて、夢中になって写真を撮った。壁画を撮るのは、単純に記録写真だが、これが全然飽きない。この虎は暗くて狭い洞窟の天井近くに描かれていたので、ものすごく不自然な格好で写真を撮っていたが、撮り終えて外に戻ってくると、夢から覚めたような気分。黄金の原始時代にやられて頭がくらくらする。

一回だけ虎を探しに行ったこともある。行ったといっても、野生動物保護区で車をチャーターしての旅である。まる一日車をチャーターするのは高かったし、動物写真を目指しているわけでもないので迷ったが、どうしても野生の虎が見たかった。しかし見れなかった。他の車から「虎だ、虎だ!」との歓声が起こっているのでドライバーを急かして現場に急行したがすでに虎は森の中。

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半分終わった

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7月に入った。今年も半分終わった。こういうとき、「もう半分過ぎてしまったよ。時間がたつのは早いなあ」なんて話をするのが常だが、個人的には、ようやく半年か、といった感じ。継続して写真を撮っていたり、旅をしていたりすると、時間がたつのは意外と遅い、という気がしている。

今年の一月一日のことはよく憶えている。午前中から撮り始めて夜まで。たくさん歩いてたくさん撮ったが、気分はかなり複雑だった。当時は夜の街なんかも含めていろいろ撮っていたが、いつもどこに行くかで悩んでいた。それから一ヶ月、突然、「街は全部やめた」と決めてしまってから、すっかり気が楽になった。最近はほとんど触れてこなかったが、今は多摩川だけやっている。場所と天候にもよるが、あそこはまあ天国。今日は蛇と出会ったり、目の前を蛙が飛んだりして驚かされたが、なぜかそういうことはほとんど苦にならない。

さて、今回は久しぶりにサドゥの写真。サドゥ本にも登場した二人の懐かしいババ。なんか、懐かしいものはみんなモノクロにしたくなる。写真はどちらもヒマラヤ、シヴァの聖地ケダルナート。ここでテントを張ってみたい。でも、ときどきはユキヒョウも現れるというからちょっと怖いが、それにしても、この年になって、いろいろな自然の風景を見てみたい、という願望がやたら湧き上がってきて困る。そのためには、テント暮らしの練習などもしたいが、とりあえず今は多摩川。冬までかな。

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