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あのときの写真…

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先日、ネパールのモノクロ写真をある人に見せる機会があった。それはたしか16年前の写真だったが、その人は、「16年前ですか…。もっと昔の写真、たとえば30年前とか40年前の写真に見えますね~」と言った。

今回の写真は、セレクトされていないネガスリーブの中から、今、適当に選び出してスキャンしたものだが、これまた、えらく昔風の写真。それに、なぜか自分で撮ったような感覚がない。もちろん撮ったときのことも、どこの誰かも憶えていない。でも、なんだか奇妙な味の写真で、どこかの天国のようでもある。

この年の写真が忘れられず、4年前に久しぶりにネパールの山村を歩いたときに、16年前のようなやり方で少し写真を撮ったが、うまくいったかどうかは微妙なところ。

ネパールの写真は、当時から、少し寝かせて熟成させて、それから…、なんて気持ちがあったが、気がつくと16年。さて、どうしよう…

さてどうしよう…

というのが、写真のことを考えるときの口癖になってしまった。過去の写真、現在そして未来の写真がごちゃごちゃに混じりあい、頭の中が大変なことになっている。
さてどうしようかな~。

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ダヌワール、マジ、ダライ

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もう15年以上前になるが、ネパールの民族に関する一冊の本を買った。

「ネパールの人々」(D・B・ビスタ著・田村真知子訳)

研究書なので高い。定価はなんと8300円。しかし情報量はすごくて、聞いたことのないような民族のことまで詳細に説明してある。その中で、当時からすごく気になったのが、本記事の表題、ダヌワール、マジ、ダライ。三つの民族が一緒になって紹介されている。その中の一文がとても印象的だった。

生来、非常に用心深く偏狭な人々で、野獣はまったく恐れないが、見知らぬ人間を極度に嫌う。

さらにこんな一文もある。

深い峡谷や谷に住み、流れに沿ってずっと上流まで旅をする。

ネパールの谷というのは人が住むにはあまりに険しく、またマラリア蚊が発生するので、たいていの村は山の中腹や尾根の上にある。そんな状況なので、「流れに沿ってずっと上流まで旅する」というのは普通ではない。それにしても、「野獣はまったく恐れないが」というのは、いったいどの程度の話なのか。熊ぐらいなら問題なし、ということか。「非常に頑強な身体を持っている」と書かれているから、本当にそうなのかもしれない。

長いあいだネパールの山村を旅したが、ダヌワール、マジ、ダライのどの民族とも接触したという記憶はない。というか、ガイドからもそれらの名前も聞いたことがなく、たぶん、彼らの村に泊まったことはないと思う。しかし、一度や二度は彼らを目にしたことはあるかもしれない。思い出すのは、とある東ネパールの辺境を旅していたときのこと。

そこは街道とは遠く離れたただの山村で、ほとんどの村はタマン族。ネパールの中でも寒村といった風情の所ばかりで、ともかくないもない。当然電気もなく、道中、チャイ屋もなく、水もない。昼飯を調達するのも一苦労。山村でときどき見かける野外共同トイレもない。一日、二日ならともかくこれが10日間続くとちょっとつらい気分になる。ガイドはいるから泊まるところは確保できるが、どの村で泊まってもなぜか飯がまずい。これが一番こたえた。

そんな日々のなか、どこかの村に到着して付近をぶらついていたら、魚をいっぱい手にした男と出会った。といっても、このときばかりは、男と出会ったというより、魚と出会ったといったほうがいい。大型の、鮎のような川魚。ともかく何匹か売ってもらって、泊まっていた民家に持ち帰り、魚のカレー炒めにしてもらった。味は感動的。一生忘れない、と思ったが、魚の印象が強すぎて、魚を売ってくれた男の顔はさっぱり思い出せない。ただ今から思うに、魚を売ってくれたのは、マジ族の男ではなかっただろうか。

インドもそうだが、一般人はまず魚釣りなどはしないし、もちろん漁労に従事することはない。従事しているのはそういうカーストか特定の民族だけである。目の前に魚が泳いでいても、捕まえることなくまずい飯を食うのがインド文化。なので、男はやはりマジ族だと思う。ちなみに、ネパールの民家やロッジに泊まって魚を食べたのはこれが最初で最後。ただし、その後の旅で、道中(そこはちょっとした街道だった)、掘っ立て小屋で営業している焼き魚屋台で焼いた魚を食べる機会が何度かあった。焼き魚屋台もマジ族だったかもしれない。

……と、夕方にここまで書いて所用でいったん外出、さきほど帰宅した。

思いがけず文が長くなってしまって、どう締めくくればいいのか悩む。

これを書き始めたきっかけは、「野獣はまったく恐れないが」という文章がおもしろく、そんな民族に会ってみたいな、と思った、というだけの話。

ちなみに上の写真の少女、大きな籠を手にして突っ立っていた。服装が変わっている。それと、この写真は全部で十数枚撮った写真の最後から三番目。最初は、ひどくこちらを警戒していたが、だんだん表情が和らいできた。もしかすると、マジ族の少女かな。川が近かった記憶がある。次回ネパールを歩くときは、川に近い村からいろいろ探してみたい。魚も食べられるしね。

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写真は出会い

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最近なんとなく思うのは、写真にとって一番大切なのは出会いかな、ということ。僕の場合、17年前にラダックと出会うことで写真をスタートし、次にネパールの山村、そしてインド、と言いたいところだが、インドでは長いあいだ決定的な出会いがなかった。サドゥと出会ったのはこのホームページを立ち上げたあとだ(サドゥを撮りたいという気持ち自体はそれこそ18年前からあったが…)。

今回の写真はサドゥ撮影の直前の旅の一風景。このときはガイドブック取材の旅だったが、取材とは関係のないところで、インドの風景がやけに心に沁みるなあ、と思っていたら、次の旅でサドゥ(写真)に出会った。それは必然だったと今は思っている。というのは、僕の場合は、インドの風景からサドゥの世界に入っていったという気がしているから。

サドゥ写真をとりあえず終えた今、ふたたびインドの風景、自然に戻っていきたい、という気持ちはある。まだ出会っただけでほとんど撮れていない。でもその前に、日本でも出会いがあった。なのでしばらくはこちらを最優先。なんといっても日本はふるさとだし、それにインドの風景、自然、そしてサドゥとも一直線につながっているような気がしている。欲をいえば、体が三つぐらいあればと思うが…(ネパールの山村もまた行きたいし)。

写真にとって一番大切なのは出会い、と最初に書いたが、もっと大切なのは、出会いからさらに継続してどう発展させていくか、ということかもしれない。先はほんと長い。

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緑の中へ

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最近は雑草の写真ばかり撮っている。というか、ともかく緑が青々と茂っていれば満足。森も歩く。

冬にずっと枯野を歩いていて、この草はいったいどんな風に緑になっていくのだろう、というところが最初のきっかけで、その緑が今はどんどん濃くなって、お盆ぐらいにたぶん煮詰まり、最後、枯れていくところまで見届けたい、とそんなことばかり考えている。

ところで、緑を見ると人は癒される、といわれて、一昔前には、森林浴という言葉が流行った。マイナスイオンかなにかはよく知らないが、緑を見るとたしかに癒される。でも、ず~と集中して、何時間も見続けていると、癒し、といった生易しい感じとは違う世界に入っていくような気がする。写真を撮っているからなおさらだが、なにか、緑に支配されていくような恐怖すら感じる。そのへんのことは、海外を見ても、南インドやスリランカ、そして行ったことはないが、バリ島などもそうだと思うが、緑の濃い地域は、シャーマニズムがよく生き残っている。恐怖を感じるぐらいの緑のパワーがあればこそ、それを利用しようとする人々も現れる。

あと草といえば、なんといってもサドゥと大麻。これは個人的な意見だが、大麻がなくなれば、サドゥは消滅すると思っている。

…というわけで、またそのうち、どこかのシャーマニズムを追いかけたい、という思いも強いが、その前に、まずは日本の緑。明日もどこか歩こう。

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ヒマラヤとは…

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まずはお知らせ。雑誌「トランジット」のヒマラヤ特集で、2ページですが、ヒマラヤサドゥを紹介しています。機会があったらぜひご覧ください。

…ということで、ヒマラヤの印象を少々。というか、自分にとってのヒマラヤとは、とふと考えたとき、真っ先に頭の中に浮かぶのは、ヒマラヤとその周辺で出会った現地の人たち。そして旅行者。

ヒマラヤと同じぐらいかあるいはもっと長くインドの平地を旅しているが、印象的な出会いというのは、ヒマラヤのほうがはるかに多い。だからヒマラヤのことを想うと息が詰まるような気分にもなるし、また行きたい、ずっと旅していたい、といつも思う。世界にヒマラヤがあってよかった。

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山国へ

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とある山国に一泊二日の旅をしてきた。始発みたいな電車に飛び乗り、さらにバスに乗り継ぎ、終点から林道をひたすら歩いて辺鄙な山の村の民宿で一泊。次の日は目的地である山を歩いて、頂上から、バス停がある反対側の谷へ。たった二日間だったが、何日も旅したような気分で、とりあえず腹一杯だ。

最初は二泊三日を予定していたが、宿泊地の村にさしかかる頃に、不覚にも街が懐かしくなってしまった。新緑と鳥と虫の声にずっと包まれ幸せな気分だったが、それも一定ラインを超えると今度はちょっと怖くなってくる。村にも人影はなく、いったいどこの辺境なのか、といった雰囲気。なぜかやけにコーヒーが飲みたくなったが、自動販売機なんてあるわけないし…。これがインドやネパールだとチャイがあるんだけどなあ。それに隣にはガイドがいて、村人もたくさんいて、意外なほど賑やかなものだが…。

とかなんとかいろいろ書いたが、旅自体はよかった。いい写真が撮れてほっと一息。山の頂上から見た眺めは、「こんな写真が欲しかったんだよ」という理想の風景。天気が写真的には最高で、運もよかった。秋にも来ようかな、とちょっと考えるが、どうしよう。

さて上の写真は泊まった民宿の部屋と夕食。下の写真は頂上からの帰り道。この道は熊が出没しそうで、秋はあまり歩きたくない。そういえば、今回も森を歩いているとき、すぐ近くの熊笹の密集地で、巨大な動物がガサゴソする音が聞こえてちょっと緊張した。動物は、その後、一気に谷間に下っていったが、鳴き声で鹿かカモシカと分かった。あと動物関係では、村の道でイノシシの死体を見た。隣には犬が三匹。なんとついさきほど森の中で噛み殺したという。「写真を撮っちゃ~あ困るよ」と飼い主らしき人に言われたので残念ながら写真はない。

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