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旅の中継地点

Chuke001

(写真をクリックすると拡大します)

写真はガンガー源流への中継地点ウッタルカーシー。二度の旅のなかで四度訪れた。

ヨーガのふるさとリシケシから聖地ガンゴートリーまでの直行便バスというのはほとんどなくて、往復とも、必然的にウッタルカーシー泊まりとなる。

ウッタルカーシーは旅の目的地ではなく、どこまでいっても中継地点でしかないが、この街で過ごしていた時間というのは意外に貴重だった、と今になって思うことがある。これから源流に行くぞ、と思って街を歩いているときもあれば、巡礼を終えて、ようやく平地が近づいてきた安心感に包まれ、山をぼんやり眺めているときもあったが、それはこの街に宿泊する他の巡礼たちも同じで、ウッタルカーシーには、そんな巡礼たちのさまざまな気が忙しく交錯していて、それがこの街の魅力にもなっていた。

昨日、ある人からメールをもらった。ガンガー源流近くで、サドゥ本にも登場した片足のサドゥ、サントスナートババと出会った、ということで、彼の写真も添付してあった。久しぶりに見るサントスナートババは、髪やひげに白いものがずいぶんと増えていて、彼のその後の旅を考え、ちょっと切ない気分にもなった。いろいろと苦労があったのだろうか。サントスナートババは、その後、一人で仙境タポヴァンへ向かった、ということであったが、大丈夫だったのだろうか。

三年半前のタポヴァンへの旅では、サントスナートババはあんなに満ち足りた表情をしていたはずだが、想像するに、彼のそういう気分は、そんなに長続きはしなかった。サントスナートババが相棒アマルナートババと離れたことは次の年に知ったが、それによって、サントスナートババは再び孤独な旅暮らしに舞い戻ってしまうのではないか、という気がしていたが、実際、そうなのかもしれない。一人でタポヴァン、というのがとても気になる。孤独な苦行者サドゥにとってはそれは当たり前のことだから、心配するのもおかしいが、また会いに行きたいな、と思う。そのときは、彼と一緒に、どこかのヒマラヤをふらついているはずのアマルナートババ捜索の旅、というのもいいかもしれない。サドゥといえども人間。相棒の一人ぐらいはいていいはずだ(違う気持ちもも少しあるが…)。

旅の中継地点のことを書こうと思ったが、話が少し逸れてしまった。いや、これもこれも中継地点の話か。

サントスナートババの話が長くなったので、写真もアップしておこう。右がサントスナートババ、左がアマルナートババ。場所はタポヴァンまであと一時間のアマルガンガー沿い。

Chuke002

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コメント

この二人のサドゥの写真は柴田さんの写真の中でもとくに好きですね

また出会えると良いですね
インドを旅する友人たちが私の出会ったサドゥを訪ね ひと時を過ごし写真やメールを送ってくれます 放浪とは孤独なものですが どんなかたちで彼らの中に自分が残っているのか たまに気になるときがあります 
そういえば 私に魂が宿った場所??に旅に行こうと思ったらバスが廃線になり過疎化が進んでいることを実感しました 長野の山奥なんですけどね どうしても行きたくなりました 裁縫道具だけ持って旅に出ようと 

投稿: kanako | 2009.04.02 09:37

この二人と出会わなかったら、サドゥ写真をここまでやっていなかったでしょうね。最初の出会いというのは、やはり大きなものです。なんといっても新鮮ですからね。
そういえば、去年はある日本人から、アマルナートババの近況メールをいただきました。サントスナートババはサドゥ本を知っているとのことでしたが、アマルナートババは見ていないようです。

長野の山奥ですか。バスが廃線になるぐらいの田舎というと、相当なものですね。今思いついたのですが、そんな村で、ひと夏ぐらい過ごして日本を味わってみたいものです。

投稿: 柴田 | 2009.04.03 03:09

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