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ふるさとは

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写真は虎で有名なカーンハ村近くの定期市。何気なく写真を見ていたら目にとまった。なんか、色と光が懐かしいな、…と思って見ていたら、またしても、インドに行きたい病が…。

最後のインドからまる二年。これぐらい遠ざかると、あの時は、こんなところにいたんだなあ、と不思議な気分になったりもする。とはいえ、離れれば離れるほど、気持ちは強くなるばかり。今は、「ふるさとは遠くにありて…」状態。

そういえば、以前、旅先であった人が、「将来、旅が出来なくなったら、○○でインドのことばかり考えて老いていくのかなあ」なんてことをふとつぶやいたことがあって、一瞬、その情景を思い浮かべて背中が寒くなってしまった。ま、そんなこと、あるわけないのだが。

先日、インドを旅行中の知り合いから久しぶりにメールがあった。南インドである日本人と出会ったが、その人が、サドゥ本のファンだった、ということで、それをわざわざ知らせてくれた。サドゥ本の、というより、サドゥのファンなんだと思うが、そうした話は他でもたまに聞くから、あの本は、ささやかではあったが、そうした読者を持つことが出来たかな、という気はしている。それはもちろん、サドゥ自身の魅力に負うものだが、橋渡し役としては、まずまずの出来ではなかっただろうか。

最後に、下の写真は定期市から村へと帰っていく先住民の家族。

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デカン高原以来

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写真はデカン高原のマンドゥー。このときは、ヒマラヤを一ヶ月旅して、残り二週間を雨季のデカン高原で過ごした。

雨季のインドははじめてだった。雨ばっかりだったら嫌だなあ、と心配していたが、それは杞憂であった。鮮やかな緑に覆われたデカン高原はびっくりするぐらいに美しかった。以来、雨季のデカン高原、というのが頭から離れない。その後、二度、デカンに行ったが(冬に)、そのたびに、「雨季はいいぞ」と地元民に言われて、さらに想いがつのっている。しかし、一方でヒマラヤにも行きたいから、悩むところだ。

雨季のデカン高原を眺めて以来、自然への想いも非常に強くなっている。最近は河原三昧だ。ちょっとおかしいぐらいに自然に熱狂している。もう少し山のほうに入りたいが、さてどうしよう。

自然への接し方は人それぞれだが、僕の場合は花鳥風月ではなく、もっと前のめりにのめりこんでいく感じだ。そして、河原を歩いていると、こんな音楽がどこからともなく聞こえてくる。前にも紹介したAugustus PabloのPipers of Zion。ジャマイカのサドゥ(ラスタマン)たちによる自然賛歌、シャーマニズム。演奏が佳境に入っていくところで、キーボード奏者が突然画面から消え、そして興奮のあまり踊りだす。一瞬、歓喜のクンブメーラかと思って、笑えた。

最近はすっかりこういう世界に馴染んでしまったな。


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荒野の散歩道

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今回は、気分転換にエジプトの写真。

エジプトではオアシスをいろいろめぐったが、何もかもが大きすぎて、しかも砂漠だらけで、手に余る気がした。半分冗談だと思うが、「ここで日本人観光客のために働かないか?」と、あるオアシスの宿で言われたとき、すぐさま、それは嫌だと思ってしまった。どうせ働くなら、もっと緑のあるところで、というのが、砂漠を一ヶ月歩いたあとの素直な感想だったが、これは10年以上昔の話。今だったら、それも悪くない、と思えるかもしれない。最近は、すっかり荒野がお気に入りになってしまった。といっても、2、3年が限度だと思うが…。

荒涼とした場所は旅するにはいいが、住むのは精神的に大変そうだ。一生住もうというなら、ムスリムに転向したほうが楽だろう。もう少し気軽に暮らすなら、砂漠自体は多少しょぼいが、インドの砂漠のほうがいい。少し灌木が生えているだけでも癒される。

ところで、東京写真散歩は今もずっと続いていて、あいかわらず変なところをうろつき歩いている。変なところというのは、辺鄙な河原のことだが、そういえば、今日は多摩川下流域の河川敷で大きな火事があったようだ。これが中流域なら、河原在住のホームレスや沿岸工事人たちと並んで、容疑者として引っ張られていたかもしれない。危うしである。

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太陽の下で(今日のサドゥ6)

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輝く太陽の下でこうして立ち尽くさないと太陽のことは理解できない。サドゥのやっていることというのは、至極当然のことばかり。エコだエコだと空騒ぎしているどこかの現代人たちとは対極の世界だ。どちらがおかしいかは言うまでもないだろう。

写真はガンガー河口の聖地ガンガーサガール。

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秘境、辺境、最果て

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辞書で言葉の意味を三つ、調べてみる。

秘境

人間が余り行ったことが無くて、よく知られていない所。

辺境

中央の文化から遠く離れた地方。〔狭義では、国境地帯を指す〕

最果(て)

陸続きの一番端の所を、国土も文化もそこで果てると見立てた語。


いずれも「新明解国語辞書」(三省堂)から

こうして見ると、秘境といったところに行ったことはないように思う。最果ては、やはりあいまいな言葉だ。辺境は、もう少し、ほかの表現もあるような気がする…。とはいえ急には思いつかない。どの言葉も地理的な説明がされているが、感情がこもると、少し違ったニュアンスになるかもしれない。人それぞれだと思うが。

三つの言葉のうち、一番馴染み深いのはやはり最果て。次が辺境。秘境は、行きたいけどなかなか行けない。「人間が余り行ったことが無くて」というのは、いったいどれぐらいのレベルの話なのか。テントを担いで、原住民のしかも特別なガイドを連れてどこかの原生林へ分け入る、ぐらいのことは最低必要だろう。せっかく生きてるんだから、一度ぐらいはしてみたい。

今日の写真は最果てサンガム(アラハバード)。祭りの時には人がうじゃうじゃやってくるから秘境でも辺境でもないが、三つの川の合流点がどん詰まりの中州になっている。大昔、何も知らずにこの土地にやってきた人たちは、海のような大河を見て、途方にくれたことだろう。今も祭りが終わると、人工物を取っ払って放置するのが約束事となっている。金に目のくらんだ一部の人たちが、なんか立派なモニュメントでも建てよう、と提案しているそうだが、大物サドゥたちは大反対、といった記事をどこかで読んだ。


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辺境の子

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上の写真は、デカン高原の辺境の村で撮った先住民の女の子。

かなりシャイで、少し気弱そうな笑顔を見せた。彼女は一人ではなく、友達と一緒だった。みんなで撮った写真も気に入っている。ほかにもいくつかの写真を撮った。

写真を始めてから20年近くたった。好きなように撮っているから当たり前のことかもしれないが、好きで撮る写真というのは、とくにポートレート写真は、どこか自分に似ている。周囲にアジアの写真を撮る人が何人かいるが、その人たちの写真を見ても、やはり、その人自身じゃないかと思ってしまう。たとえ世界の果てまで冒険したとしても、世界は案外せまいものだ。反対にいえば、自分に似ている人たちが世界の辺境にだけ住んでいるというなら、わざわざそこまで出掛けなければ写真は撮れない、ということになってしまう。

最初に、写真の女の子が先住民であることを書いた。そうでなくても全然いいわけだが、どうしても撮りたい、と思う人たちが、僕の場合は、先住民や流れ者などであることが非常に多い。インド人の誰も彼もが好き、ということではない。だからデリー、ヴァラナシでOK、というわけにもいかず、さらに電車やバスで辺境を目指すことになる。

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