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ゴンドワナ・ドリーミング

Gondwana

「GONDWANA DREAMING」というCDを聞く。オーストラリア先住民アボリジニの木管楽器ディジュリドゥのアルバムである。ジャケットの写真がお気に入りだ。ジャングルの中で巨大なディジュリドゥを口にするアボリジニの男。ネパールのCD屋で見つけて買った。

「GONDWANA DREAMING」にはディジュリドゥだけでなく、動物や鳥や虫の声がふんだんに入っていて、ジャングルにいるような気分になる。ただし、ひとつ、見落としていた音があった。イヤホンで聞くと、グワー、グワーといった、ちょっと異質な音が入っている。しばらく聞いているうちに正体が判明した。いびき、である。もしかすると、このいびきもまたディジュリドゥで弾いてしまっているのかもしれないが、とにかくいびきが混じっている。

いびき、と判明してすぐに考えたのが、アボリジニの神秘思想、ドリーミングのことである。これは夜見る夢ではなく、アボリジニの神話世界を指すものだが、夢は夢。ジャングルでの午睡の枕元を、彼らの祖先が列を成して通り過ぎていく(かもしれない)。

アボリジニに関しては、以前、「アボリジニの世界-ドリームタイムと始まりの日の声」(ロバート・ローラー著、長尾力訳、青土社)という、分厚い本を読んで非常に感動したことがある。感動した割には、あまり内容を覚えていないのはなんといっても内容が濃すぎるからだが、アボリジニとインドのサドゥ、あるいはドラヴィダ族やインド先住民には大きな共通点がある、という話はよく覚えている。写真を見ると、顔も似ている。アボリジニは黒人ではなく、オーストラロイドである。一説には、彼らの祖先は、遠い昔、南インドの海岸線から、スリランカを経て、ニューギニアや現在のオーストラリアへと移住していったという。

ところで、表題やCDのタイトルにもなっているゴンドワナ「GONDWANA」について。

大昔、世界中の大陸はローラシア大陸(現在のユーラシアに相当する部分)とゴンドワナ大陸(それ以外の部分)に分かれていたが、ゴンドワナ大陸のほうは、その後、西と東に分かれてしまった。西側は、現在の南北アメリカとアフリカ大陸、そして東側がインドとオーストラリアと南極大陸。インドとオーストラリアのふたつの大陸は、言ってみれば、兄弟みたいなものである。

ということで、話がこれで終わればなんということもないわけだが、ふたつの大陸にはさらに共通点がある。それぞれ似たような人たち、つまりオーストラロイドが住んでいて、しかも神秘的で思想的にも共通点が多い、ということで、そこから、一部の人たちが、独自の説を展開するようになった。極端なものになると、人類は、あるいは一部の人類(オーストラロイド)は、アフリカから発生したのではなく、オーストラリア大陸、あるいはインド大陸から発生したものだ、云々。「アボリジニの世界-ドリームタイムと始まりの日の声」の著者も同じようなことを書いていたような記憶がある。遺伝子学的には否定されているようだが、たしかに魅力的な説である。

(また別の説では、オーストラロイドはアフリカ大陸から他民族よりいち早く世界へと旅立った人たち、あるいは人類のルーツ、とも考えられている)

どの説が正しいかは不明だが、ひとつだけいえることがある。こういう説が生まれてきた理由は、やはり、現代文明に対する批判からだろう。自然とのバランスを保ちながら、伝説や夢の世界に生きるアボリジニやインド先住民の姿に、一部の人たちが強く感化を受けた。それは学者だけではなく、旅行者や冒険家、それからヒッピー、などなど、多くの人たちが彼らに惹きつけられてきた。まあ、僕自身もその一人である。本家chaichaiのほうには、インドの神々について数多く書いてきたが、これは、ヒンドゥー世界に対する僕なりのドリーミングのようなものだろうか。

話が長くなった。さて今回の写真。サドゥ本にも登場したデカン高原の聖地アマルカンタクだが、その周辺の地図を眺めていてひとつ、発見があった。すぐ近くに、ゴンドワナという地名が記載されてあった。アマルカンタクは、ゴンドワナの名にふさわしく、自然と先住民文化と神々にあふれていた。

(ひとつ付け加えておきたい。オーストラリアの南のタスマニア島には、タスマニアアボリジニが住んでいたが、こちらは白人に全滅させられた。昨日、テレビでタスマニアを特集していたが、アボリジニの話題が出ていながら、そのことにはまったく触れていなかった)


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