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道中一服(今日のサドゥ5)

Ganja001_3

東京写真の整理を今も続けている。なかなか終わらない。イヤホンで音楽を聴きながらの作業。日本の写真なので、基本的には邦楽を聞く。しかし、ときどき非常に眠くなって困る。

さて、眠気覚ましには何がいいかなあ、とユーチューブをめぐってたどり着いたのがボブ・マーリー。昔、よく聞いていた。Natural Mysticが最高だ。多摩川の夕暮れはまさにこの世界。そしてときどきは、ウェイラーズ時代の相棒、ピータートッシュを聞きにいく。マリファナを吸いながら歌う姿が圧巻。彼らの音楽からは自然のエネルギーを感じる。

今日の写真はヒマラヤ、ガンガー源流の少し上。一緒の旅したアマルナートババがチャラス(大麻樹脂)で一服していたら、見知らぬサドゥがやってきた。こういうとき、たいがいのサドゥは、「お疲れさん、一服どう?」といった感じで、チャラスをまわす。日本風に言えば、「まあ一杯どうだ?」といった話だ。

酒は自然のスピリット。マリファナも同様。聖なる草にして、シヴァ神からの贈り物。もちろん、これはインドやジャマイカでの話だが…。ちなみにマリファナの別名ガンジャは、ガン(草)ジャー(神)という意味で、これはジャマイカの言葉。

(インドでも大麻は禁止されているが、これはインドが経済自由化を模索していた89年当時の先進諸国からの圧力によるものらしい。だから逮捕されるのも外国人がほとんど。また一部の州では公に認められているし、サドゥ世界においても、ビジネスにしない限りはほぼ黙認、ということらしい)

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コメント

昔、南極近くまで行ったことのある知人が、その大地に仰向けになってみてボブ・マーリーを聞いたそうです。以外にもシックリしたことに新しい発見があったそうです。柴田さんの文章を読んでいて、もしかしたら、自然のエネルギーの合致があったのかもしれないな。と思いました。

投稿: chin | 2009.02.07 18:00

そういえば、最近、どこかを歩いていて、ふと、大地の感触、というのか、自然そのものの力なのか、言葉では表現できませんが、そういうものを足に直接感じるような気がして、今までになかった感覚を経験することがあります。自然界のリズムやエネルギーそのものなんでしょうね。ボブマーリーの音楽にはそれと同様のものを感じます。
自然本来の姿は、あれぐらい荒々しくてあやしいものだと思っています。最近は、そんなことばかり考えています。

投稿: 柴田 | 2009.02.08 02:43

東大院生カブレラはどうなったんでしょう・・・公的拉致だと思います。

投稿: gracia | 2009.02.08 17:54

「経済自由化」を押進めてきた欧米が、今になって市場原理主義を批判し規制による取締まりを強化しています。
しかしアダム・スミスのいう「神の見えざる手」とは、規制をかけずになんでもかんでも自由にしていい、ということではなくて、

”「見えざる手」とは、貧困と失意の中で苦しむ人々に自然がさしのべる「救いの手」なのである。”

と以前、新聞の経済教室に書いてあったのを読んで、ちょっと感動しました。
「起きて半畳、寝て一畳、天下取っても二合半」といいますが、財産を形成した人の幸福は、形成前とそれほど増加しない、富に格差が生じても幸福は再分配される…という論理が小さなコラムに展開されてありました。
野心と虚栄心から必要以上の富を求める者が、結局は身を滅ぼすのでしょう。
物を所有せず神からの贈り物を享受するサドゥには、「貧困」も「失意」もはじめから無縁なのかもしれませんが…

投稿: あらまんだらー | 2009.02.09 23:23

> graciaさん

その事件は、事情をまったく知りませんので、なんとも言いようがないですね。

> あらまんだらーさん

「起きて半畳、寝て一畳、天下取っても二合半」
なんか楽しくなる言葉ですね~。飯は一合で十分かな、とか(笑)。そういえば、いつも二合ぐらい食べているサドゥもいましたね。
インドなんか長く旅してると、お天道様は、万人の上に等しく注いでいるもんだ、とか、そんなことをよく思います。月も星も、所有出来るものなんて何もないですね。それより、月や星に近いところを旅したいものです。

> 規制による取締まりを強化

最近、いろいろうるさいですね。日本でも。

投稿: 柴田 | 2009.02.10 15:26

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