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無の境地(今日のサドゥ3)

Happa001

少しご無沙汰してしまった。

ブログを書こうと何度か思ったが、頭がぼ~っとして言葉が出てこない。たぶん、写真を撮り続けているためだと思う。

寒いので、写真を撮りに行こうというときはちょっと憂鬱になる。さてどこに行こうか、といろいろ雑念が湧いては消えを繰り返すが、とりあえずその場所に着いて、カメラを取り出し、数枚、適当に撮っているとだんだん何も考えなくなる。考えるのは、道の分岐点で、右か左か、ぐらいのもの。日没ぐらいまでにどこかの最果てにたどり着けばいい。たどり着いてしまえばこっちのもの。…なんてことしか考えていない。そしてうまく夕暮れに突入できれば無の境地。

というわけで、帰宅後も写真の整理などもあるから、頭のほうは、あいも変わらずぼ~っとしたままで動かない。

写真は不思議だ、とあらためて思う。たぶん、年をとったせいだろう。余計なことに頭を悩ませることが少なくなった。それともうひとつは、やっぱりサドゥを撮ったせいだ。何も考えていない聖者のとなりを旅していると、こちらまで頭を使わなくなる。

というわけで、今日のサドゥシリーズその3。

とくに書くようなことはあまりなくて、彼はマッチの炎を睨みつけ、これから大麻を一気に吸ってしまおうというところ。定番写真だが、サドゥの人生といえばまず、これをおいて他にない。大麻道を極める変人サドゥは、そこらへんのヒッピーたちが束になっても太刀打ちできない。サドゥは一気に無の境地に分け入り、チラム(パイプ)の大麻を吸い尽くしてしかも超然としている。まあ、聖者なんだからこれぐらいは当たり前というべきか。

(写真をクリックすると大きくなります)


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コメント

手や体が勝手に動く…という様な事は以前にもおっしゃっていたように思いますが興味深いです。記憶とか、判断といった能力は頭だけじゃなく手や体にも宿っているのでしょう。そして頭で処理するよりも格段にスピードが上がるのかもしれません。あと昔の人間はもっとすごかったのかもしれません。現代インドの人々も、現代日本の人々と比べると、すごいのかも。

投稿: のりのりの | 2009.01.26 01:00

書き忘れていましたが、カメラを手に持ったとたんに、体がすごく軽くなります。疲れとかが消えてしまうような感覚でしょうか。体が勝手に反応しているみたいです。道具の役割がとても大きいように思いますね。
インドでは、嬉々としてチャパティーを延々焼き続ける人とか、聖者のような顔でカーレースをし続けるバス運転手とか、おもしろい人がたくさんいます。頭はあまり使ってないでしょうね。使う必要もないでしょうし。

投稿: 柴田 | 2009.01.26 04:31

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