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遠くへ行きたい

Rakuda001

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とんでもなく遠いところへ行きたい、といつも思う。さてどこがいいだろう、と漠然と考える。インド大陸だったらヒマラヤかデカン高原、というのはこれまでも何度も書いた。ではインド以外だったら…。

以前、少し計画していたのはパプアニューギニアのインドネシア側、イリアンジャヤ。いまだコテカ(ペニスケース)をくっつけた原始人が、森の中にいっぱいいるらしい。そして森の中には、美しい鳥が飛び交い、不思議な花が咲き乱れ、そして、一部の旅行者の話、というか、おそらく妄想だと思うが、イリアンジャヤの奥地には、本当の楽園があるという。行った人は決して戻ってこない、といわれているが…。

そういう場所が本当にあるかどうか、というのはどちらでもいい話で、あるかもしれない、という夢さえあれば旅の動機にはなるし、旅に飽くこともないだろう。

サドゥの次はイリアンジャヤの楽園探し…、こんなことが出来たらほんとおもしろそうだ。今のところ実現の目途はたたないが、将来の夢のひとつにストックしておきたい。

ちなみに、上の写真はラジャスタンでもキャメルサファリ。一泊二日にしては、非常によかった。風景もよかった。不毛の大地がどこまでも続いていくような道はまさに最果て。


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無の境地(今日のサドゥ3)

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少しご無沙汰してしまった。

ブログを書こうと何度か思ったが、頭がぼ~っとして言葉が出てこない。たぶん、写真を撮り続けているためだと思う。

寒いので、写真を撮りに行こうというときはちょっと憂鬱になる。さてどこに行こうか、といろいろ雑念が湧いては消えを繰り返すが、とりあえずその場所に着いて、カメラを取り出し、数枚、適当に撮っているとだんだん何も考えなくなる。考えるのは、道の分岐点で、右か左か、ぐらいのもの。日没ぐらいまでにどこかの最果てにたどり着けばいい。たどり着いてしまえばこっちのもの。…なんてことしか考えていない。そしてうまく夕暮れに突入できれば無の境地。

というわけで、帰宅後も写真の整理などもあるから、頭のほうは、あいも変わらずぼ~っとしたままで動かない。

写真は不思議だ、とあらためて思う。たぶん、年をとったせいだろう。余計なことに頭を悩ませることが少なくなった。それともうひとつは、やっぱりサドゥを撮ったせいだ。何も考えていない聖者のとなりを旅していると、こちらまで頭を使わなくなる。

というわけで、今日のサドゥシリーズその3。

とくに書くようなことはあまりなくて、彼はマッチの炎を睨みつけ、これから大麻を一気に吸ってしまおうというところ。定番写真だが、サドゥの人生といえばまず、これをおいて他にない。大麻道を極める変人サドゥは、そこらへんのヒッピーたちが束になっても太刀打ちできない。サドゥは一気に無の境地に分け入り、チラム(パイプ)の大麻を吸い尽くしてしかも超然としている。まあ、聖者なんだからこれぐらいは当たり前というべきか。

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旅は…

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最近、インドの地名などをふとど忘れしたりして悲しくなる。昨日も、サドゥつながりの三人で話していて、チャッティースガル、という州の地名がどうしても出てこなかった。ぜひ行きたい、と思っていたところなんだが…。たぶん、ヒンディー語もかなり忘れてしまっていることだろう。

…いや、そんなことを書こうというつもりではなかった。そうではなく、なんでこんなにも、旅に惹かれるのか、ということを書こうとしていたのだ。旅関係の人と会うたびに、いつもそんなことを考える。

長旅から遠ざかって二年近くたつが、このまま、長旅から足を洗えればそれに越したことはない、と思うこともある。写真を撮るにしても、日本で腰を据えてじっくりと撮ればいいはず。長旅にこだわることはない。インドに行くにしたって、二、三週間ぐらいで集中して撮ったほうが結果はいいかもしれない。

でも…、でも、なんか違う。二週間だったら今でも行けるかもしれないが、でもそれは嫌なんだな。最低一ヵ月半。理想は三ヶ月、半年、あるいは一年。これはどうみても、写真以外にまた違った目的があるとしか思えない。それが何かは自分でもよく分からない。子供っぽいとも思うが、冒険みたいなこともしてみたいかな、と思うこともある。サドゥ写真もちょっとした冒険だったが、さて次はどうしよう。まだまだ先の話だが…。

上の写真は、南インド、ケーララ州、船の旅。このときは、一ヶ月の取材の旅だったから、行き先も時間も決まっていた。でもとりあえず、明日も明後日もその次も旅の下、と思うと、幸せな気持ちになった。

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多摩川へ

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街ばっかり歩いていると疲れるので昨日は多摩川へ。めちゃくちゃ寒いし風景もやや殺風景だが、それでもたまには土の道を歩きたくなる。

日野駅で降りて、河川敷の工事現場から冬枯れの林を抜け、そして河原へ。河原には、釣り人が少々。対岸の遊歩道には散歩の人もちらほら。その向こうには冬の光に照らされた家々。

河原はやっぱりいいものだ。

去年の9月にはじめた東京散歩写真、一番の発見は河原の魅力だった。たぶん、20回ぐらいは歩いているのでは。街からこんなにも近いのに、どこか遠くの辺境を旅しているような気分になる。インド病が悪化しないのは、たぶん、河原を歩いているからだろう。

河原に行っても、あいかわらず夕暮れ遅くまで写真を撮る。昨日は念のため、懐中電灯まで用意した。

昨日も、土手にあがる頃には、外はかなり暗くなっていたが、西の空はまだ赤い。夕焼け小焼けの小焼けがまだ残っているようだ。とりあえず、幹線道路まで出てくると、目の前に崖があり、階段が続いている。

これは何かあるな。というか、こういう変な道を見ると、登らずにはいられない。登りきるとそこは畑があり、その先には新興住宅街。そして、さらにその奥には富士山。小焼けがちょうどいい具合。

今日もいい旅だった。

(どの写真も、クリックすると少し大きくなります)

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モノクロームの世界へ

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11月にカメラを買い替えたのを機に、写真のグラフィックソフトも新しくした。機能てんこ盛りで、いまだほとんど使いこなせていないが、非常に刺激的だったのがモノクロ変換フィルター。これまで使っていたソフトのものもそこそこ優秀だったが、さらに細かな調整が出来る。

デジタルは、色がなんといっても難しく、たとえば空なんかを見上げては、これは本当のところ、どんな色なんだろう、などといろいろと悩むことも多いが、逆にモノクロとの相性はとてもいいように思える。なんか変だ、と思う写真が、モノクロにしたとたんに、自分が思い描いていたイメージにぴったりとはまったりする。ポートレートはとくに効果的だ。

上の写真はデカン高原、パチマリ近郊の村(クリックすると大きくなります)。調整がこれでいいのか、まだ自信がないが、眺めていると、あの時の時間にふっと戻れるような気がしてくる。

そんなことを思っていると、写真の整理を本格的にしたくなる。僕は、だいたい撮りっぱなしで整理が追いつかず、今また東京写真を始めてしまったから、写真ばかりが増えていく。ともかく時間がないし、それにうちのプリンタはモノクロがうまく焼けない。新しいプリンタが欲しいが、金がない…。春になったら考えよう。

サドゥのモノクロプリントも見たいし、デカン高原の写真もなんとかしなくては…。

万能猫がいるなら、猫の手も借りたいぐらいだ。

ちなみ、新しいソフトというのは、ニコンのCapture NX2というソフトです。

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インドの野宿者(今日のサドゥ2)

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年末年始といってもあいかわらずで、時間をやりくりしながらあちこち歩いて写真を撮っていた。普段と同じように歩いていても、やはりいろいろと心に響くものがあり、不思議な時間を過ごしたような気がする。今日はそんなことを書こうと思ったが、なぜか言葉が出てこない。

ということで別の話題。

派遣やホームレスの問題が世間でいろいろと騒がれている。それについて、どうのこうのは別にないが、家も仕事もない、という話になると、やはりサドゥを思い浮かべてしまう。庵(クティア)を持つサドゥもいるが、これはあくまで仮の住まい。サドゥは5000年来の野宿者で、そんな彼らがヒンドゥー教世界で今も威張って歩いているのが、インドらしくておもしろい。

上の写真は、ヒマラヤの聖地ケダルナートのサドゥ。ここは標高が3500メートル。夏とはいっても、夜は氷点下近くまで気温が下がる。放浪サドゥたちは金もないから、そこらへんの廃墟や、あるいは寺の境内(野外です)などで暮らしている。まさにホームレス。

しかし、彼らが嫌々そんな暮らしを続けているのかといえば、そんなことはあるはずもなく、満足そうに大麻を吸引している彼らの顔つきが示すように、その多くはまあまあ幸せであったりする(そんなに彼らのことを知っているわけではないが…)。

いまさら日本とインドを比べるのも野暮な話だが、ただ、気持ちの持ちようで、人生いろいろだな、と日本のニュースを見ながら少し思った。

サドゥのことはいつも心の中にある。サドゥについて、いろいろ考えている、ということではなく、ただ写真を見たりして楽しんでいるだけだが、それにしても、サドゥを知る機会があって本当によかった。今撮っている東京散歩写真も、自分の中ではサドゥ続編のつもりである。今度は自分がサドゥの気分で、世間と自然を眺めようという話だ。

今年もまた、歩き続ける年にしたい。

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あけましておめでとうございます。

Sinnen

正月早々写真を撮っていました。

写真は、上野公園、不忍池で見つけた大きな魚。
風船かな。正月から縁起がいい(のか…?)

なぜか魚の写真になってしまいましたが、今年もまた、牛のような歩みでブログを書きたいな、と思っています。よろしくお願いします。

みなさまにとって、2009年がよい年でありますように。


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