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神さびた森へ

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木曜日、ぶらりと原宿の駅に降り立った。

夜に代々木で用事があり、夕方を代々木公園あたりで過ごそうかと思ったわけだが、夕方までまだ時間があったので、そのまま明治神宮への参道を進んだ。

木漏れ日がさす両側の森が美しい。しかし、森は立ち入り禁止。

少し歩くと、左手に「明治神宮御苑」の入り口。庭園になっているのか…。入場料を見ると500円。普段だとそのまま通り過ぎるところだが、人気のない入り口とその奥の森が非常に神秘的に見える。誘われるように受付へと進んだ。

受付にはおじさんが一人いて、「こんにちは」と声をかけてくれる。その感じがとても自然で気持ちいい。

そして森に入った。

森に入ってからのことは、言葉でどのように表現していいのかよく分からないが、ともかく頭の中に、「神さびた森」という言葉がぐるぐるまわって、不思議なほど気持ちが高揚しているのが自分でよく分かる。とりたてて何があるわけではなく、木々の葉っぱや落ち葉や光の加減などを見て、写真で写しとめていくだけだが、ひとつひとつの光景がなぜか全部「神さびた森」という名にふさわしい。

森の奥まで入ると、そこには逆光に光る鮮やかな紅葉(もみじ)があり、その手前にはベンチがあり、なんと灰皿まである。このおおらかさがまたうれしい。そして一服がうまい(これがあるからなかなか禁煙できない…)。今年の紅葉見物はここだけで十分、と感じるほど満ち足りた気分だ。

その後、閉園のアナウンスが流れる時間まで森を歩いた。夕暮れに沈む紅葉がこころにこたえる。日本人である宿命だろう。それにしても、この森はなぜ、これほどまでに、人のこころに響くのだろう。

明治神宮御苑は神代の時代から続いてきた森ではない。あとで知ったことだが、御苑をあらたに整備するにあたって、照葉樹を中心に365種の木を植えたという。時の総理大臣、大隈重信はもっと威厳のある杉林を主張したそうだが、「永遠の森」を目指した当時の林苑関係者が頑強に反対して、より自然に近い照葉樹の森への道を開いたという(明治神宮ホームページ参照)

さらにWikipediaで調べると、こんな文章があった。

当初多様な樹種を多層に植栽することで、年月を経て極相林(クライマックス)に到達するという、手入れや施肥など皆無で永遠の森が形成されることを科学的に予測され実行された。

(明治神宮に関するWikipediaの記事)

「永遠の森」とは究極の自然林ということなのか。御苑に一歩足を踏み入れたときから「神さびた森」と感じたのは単なる錯覚ではない。日々移り変わる東京の真ん中にあって、この場所だけは(ほかにもあると思うが…)、神代の森へと逆に時間をさかのぼっていく。とても不思議だ。

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コメント

人との距離を一線隔てて、尊ばれ守るべき何かがある場所には、不思議な安心感があるように思えます。またふとした瞬間に、凛として『譲られません』というような緊張感や大きさ、脅威に似たものも感じます。
私も明治神宮の森が好きで年に1回は歩いてみます。あの砂利道を歩くのが結構いい運動でもあります。
今はこんなに紅葉がきれいなんですねぇ。久しぶりに歩いてみたくなりました。

投稿: chin | 2008.12.06 10:42

なんかほっとする光景ですね・・・
ゆっくり流れる時間を感じます・・・

投稿: hideki | 2008.12.06 14:46

> chinさん

『譲られません』、という言葉がまるで神々の声のように、心に響いてしまいました(笑)。
安心感と緊張感が同時に味わえるのはやはり聖域の特徴ですね。どうしても、そういう場所に引き寄せられてしまいます。
紅葉は今が最後の見ごろかもしれませんね。散り際が本当に美しいです。見ていると、日本人の美意識がどんどん覚醒していくような不思議な感覚を覚えました。
季節ごとにまた訪れてみようかな、と思っています。
明治神宮に行かれるときは、御苑のほうにもぜひ。

> hidekiさん

時間の流れはやはり街とは全然違いますね。とても印象的な場所でした。


投稿: 柴田 | 2008.12.07 02:46

見たい写真が無くて困っていました。
どうも、有難う。

投稿: gracia | 2008.12.08 01:46

こちらへのコメントありがとうございます。最近、もうひとつのブログを全然更新してませんからね。

投稿: 柴田 | 2008.12.09 00:04

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