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年末

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2008年もそろそろ終わり。今年の年末は、まあまあ平静な気分。インド病かと聞かれれば、たしかにインド病だが、すでに慢性化していて、対処療法はまあ心得ている。

ところで、昨年の今頃は、サドゥ本の作業がすべて終わり、大晦日あたりは風邪で寝ていた。

そして2年前は、夢のクンブメーラを前にして、カジュラホ滞在(今回の写真)。

さらに遡って3年前は、正月明けからのインドを控え、サドゥ撮影についていろいろ考えていた。4年前は、HPを立ち上げた直後で、いろいろ更新しながらも、心は完全なインド病。5年前は、一月終わりからのインドを控えていて、まあまあの気分。6年前は、インドに行けるのかどうか分からず、また上京まもなく、いろいろと不安だった。そして7年前はなぜかスペイン旅行中。8年前はすでにインド。9年前もインド。10年前も11年前もインド…。インドだらけの(夢のような)20年。

来年の今頃は何をしていて、何を考えているのだろう。

年末の慌しさもあり、これが今年最後の記事になりそうです。見ていただいた方、コメントをいただいた方、そしてサドゥ本を買っていただいた方、ありがとうございます。来年もどうぞよろしく。

みなさま、よいお年を!

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世界の車窓から「インド編」

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テレビ朝日の旅番組「世界の車窓から」のインド編のDVDブック(12月20日発売)が送られてきた。今回、この冊子の部分に、タージ・マハル、路面電車、人力車、サリーの女性など、9点の写真が掲載されている。個々の写真にクレジットはないが、機会があったら見てみてください(と言っても、DVDは本屋では見れませんが…)。

さっそくDVDのほうを見た。先日テレビでたまたま見た南インドはなぜか収録されておらず、ガンガー流域、ムンバイからエローラなどの西インド(これはデカン・オデッセイという豪華列車)、そしてダージリン山岳鉄道の三部構成となっている。

ガンガー流域では、懐かしのサンガムが登場して、おまけにサドゥもちょこっと登場して、それが当たり前のようにうれしかった。あと、インドの朝の音…、あの変な鳥の鳴き声を聞くと、どうしようもなく、南インドに行きたくなる。

ところで、インドの鉄道、あまりいい思い出がない。というか、インドの鉄道は、僕にとっては、苦難に満ち溢れたインドの旅の象徴みたいなもの。

あの人と荷物でごったがえす、汚く暗い駅のプラットホームで、これまで、いったい何十時間、ただ呆然と座っていたことか。冬の北インドを走る鉄道は、まさしく遅延に次ぐ遅延の連続。一時間、二時間は当たり前、五時間ぐらい、ひたすら鉄道を待ち続けたこともあった。極めつけはインドの西端アムリトサルから東のカルカッタへの移動。二泊三日の予定が、なんと三泊四日になってしまった。時間にして、12時間以上の遅れ。しかも、途中で列車内が停電してしまって、車内は真っ暗。もはや難民列車である。

さらに悲惨な記憶もあるが…、きりがない…。

駅で列車を待つたび、そして列車に乗るたびに(列車利用は僕の場合はほとんどが夜行長距離列車)、なんでインドなんかに来たんだろう、と思ってしまう。なので、最近は可能な限りはバスを選択する。6、7時間の移動なら迷うことなくバスだ。もちろんバスもいろいろトラブルはあるが、列車に比べればほんとマシ。

本の宣伝のつもりが、鉄道の悪口ばかりになってしまった。今頃フォローするのもなんだが、そうは言っても、インドの鉄道は、インドの旅の象徴みたいなものだと思う。夜行列車でインド巡れば、それだけでインドの旅は完成してしまうのではないかと思えるぐらい鉄道旅行は中身が濃い。そこは夜の闇とインド民衆の真っ只中。逃げ出したくなるぐらいに濃密な世界だ(最近は二等寝台もだいぶマシになったようだが…)。

最後になったが、上の写真はヴァラナシの夜。鉄道の写真を探したが、いい写真がない。鉄道撮影は禁止されているので、ほとんど撮っていない。

自由に撮れるなら、喜んで鉄道に乗るのに…。


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師走の浅草へ

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インドの写真が二回続いたが、あいかわらず近場をぶらぶら撮っている。今日は遠出して浅草へ。

浅草は羽子板市が行われているとかで、浅草寺と参道は人がいっぱい。ついでにカメラを持っている人も多くて、こういう状況に慣れてないので、一瞬、他の街に移ろうかと思ったが、それももったいないので、とりあえず夕暮れまでは街や路地のほうをうろつくことにした。

浅草の街を歩いて思い出したのがバンコックの中華街。なんだか同じ匂いがする。さびれた路地があり、屋台があり、食べ物の匂いと湯気が街を流れていく。そして、極彩色の看板もある。

華やかさと寂しさが同居している。

写真の整理がなかなか追いつかないので、今回は、いかにも浅草、といった感じの写真を少しだけ。

一番下が羽子板。

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牛サドゥ(今日のサドゥその1)

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前回の牛写真に続いて、今回は牛サドゥ写真。

別に顔が牛っぽいということではない。彼の名前はナンディバルティ。そのナンディとは、シヴァの従者である雄牛のこと(背後のポスターに描かれている)。

ということで、なんだかこじつけっぽいが、牛サドゥ。

ナンディバルティはサドゥ本に4回登場している。上の写真は最果ての聖地ガンガーサガールではじめて出会ったときのもの。今、気づいたが、このときはふんどし着用だ(サドゥ本にも似たような写真があるが、あれは最終日の夕方の写真)。

ナンディバルティとの出会いはガンガーサガール初日。

聖地のある島に宿がないので、対岸の街からバスとフェリーで通おうと思ったが、思いのほか時間がかかる。早朝の聖地を撮りたいが、フェリーの始発も遅いしとても無理だ。ということで、現地で仮の宿を物色していたとき、遠くから、灰まみれのあやしいサドゥ、つまりナンディバルティがこちらに手を振っていた。

聖地に入ってすぐに本格的サドゥに呼ばれるとはなかなか縁起がよい。挨拶もそこそこにして、すぐに写真を撮った。

そして写真を撮りながら、そうか、サドゥ小屋で泊まるのもいいかなあ、その手があった、とひそかに考える。写真を撮り終わったあと、

「ババジはどこで寝てるの?」と聞くと、
「カーテンの裏だ」と答える。
それで覗いてみると、二人ぐらいは十分寝れそうなスペースがある。

あっ、ここに決めた、というわけで、一分後には交渉成立。ほんのわずかだが躊躇する気持ちもあったが、隣にいた裸の老サドゥが、「ナンディバルティはいいサドゥだからな~んも問題ない」と太鼓判を押した。それで決定。

今から考えると、いいかげんだが、とはいえ、なんとなく直感はあった。

「このサドゥはいいサドゥ」

瞬時にひらめくそういう直感は、経験上、比較的間違いがない。サドゥ写真はそういうことの連続だった。

牛サドゥ、ナンディバルティは今頃どうしているだろう。今年もガンガーサガールへ行くなら、ヒマラヤ山麓の庵で旅支度でもしている頃か。

ところで、また今回からまた新しいカテゴリーを作った。

「今日のサドゥ」

サドゥ本出版から一年近くたったが、サドゥが自分の中で色あせてしまったということは全然ないし、今後もないだろう。サドゥ普及活動は、ささやかながら、今後も続けていきたいが、発表する媒体がなかなか見つからないので、当面はこのブログで、定期的に紹介していきたい、という思いがあり、新しいカテゴリーを作ってみた(うちはすでにカテゴリー乱立状態だが…)。

サドゥ本に登場したサドゥはほとんどがシヴァ派サドゥ、つまり本格的サドゥだが、サドゥ世界はシヴァ派だけが全てではない。自称サドゥもサドゥであることには変わりない。そういうサドゥも含めて、いろいろ紹介していければ、と思っています。


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インドは牛の国

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来年は丑年。牛といえばやはりインド。

町や村を普通に歩いて、牛を見かけない、なんてことはまずないほど、牛はインドに根付いている。牛をあまり見かけないのは、一部の大都会と、牛を食べてしまうケーララ州ぐらいなもの。ナショナルハイウェイ(日本の高速道路とは別物…)の上でも、牛は普通に歩いている。牛だけじゃなくて、犬も豚も山羊もうろうろしているが…。

さて上の牛写真。

一枚目がアラハバード・サンガムの祭り会場に来ていた子牛。どこかの村人が連れてきたのだろう。鼻に藁、首に首飾り、というのがなんともかわいい。

二枚目はヴァラナシ。一枚目とは打って変わって、なんだか物物しい雰囲気。凶器が街に放置されている、という感じだが、別に誰も気にしない。もっと近づきたかったが、角を振り回されたら非常に危険だ。ヴァラナシの牛は気性が荒い。

ところで、インドには一年以上ご無沙汰だが、こうなると、インド病というより、インドがただただ懐かしい。自分がすっかり年老いてしまって昔を懐かしんでいるような気分になる。それも悲しいので、せめてブログだけでも、もう少しインドの写真を出していきたい、と思っています。
(ちなみにインド大陸にはまだまだ行きます。来年かどうかは分からないが…)

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日の入り時間

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最近ふと、日が長くなったのかなあ、と思って調べてみた。

検索すると、国立天文台のホームページにすぐに行き着いた。

その「暦計算室」のページによると、今年は、11月28日に日の入り時間が一番早くなり、その後、約2週間、まったく同じ状態が続いたあと、12月13日に、1分、日の入りが遅くなる。

その後、だんだん日は長くなり、ちなみにお正月は、日の入り時間が今より10分遅い。

今は一年のうちで一番日が短いときであり、日が長くなったのかなあ、と思ったのは錯覚だった。秋になって、どんどん日の入り時間が早くなっていたのに、それが急に止まってしまったので、感覚だけが逆回転を始め、日が長くなったのかと錯覚したのだと思う。

いずれにしても、今後はどんどん日が長くなる。これから冬になるというのに、なんとなく変な気もするが、季節はどこかで春へと向かっていく、ということになるのか。

上の写真は杉並区の善福寺公園近く。地図を持たずに歩いていたので、あっちかこっちかと迷っていたとき、見かけた光景。ずっと地図を持たずに歩いていたが、昨日、ようやく買った。これから寒いので、帰りがけに迷ったら悲惨だ。


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神さびた森へ

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木曜日、ぶらりと原宿の駅に降り立った。

夜に代々木で用事があり、夕方を代々木公園あたりで過ごそうかと思ったわけだが、夕方までまだ時間があったので、そのまま明治神宮への参道を進んだ。

木漏れ日がさす両側の森が美しい。しかし、森は立ち入り禁止。

少し歩くと、左手に「明治神宮御苑」の入り口。庭園になっているのか…。入場料を見ると500円。普段だとそのまま通り過ぎるところだが、人気のない入り口とその奥の森が非常に神秘的に見える。誘われるように受付へと進んだ。

受付にはおじさんが一人いて、「こんにちは」と声をかけてくれる。その感じがとても自然で気持ちいい。

そして森に入った。

森に入ってからのことは、言葉でどのように表現していいのかよく分からないが、ともかく頭の中に、「神さびた森」という言葉がぐるぐるまわって、不思議なほど気持ちが高揚しているのが自分でよく分かる。とりたてて何があるわけではなく、木々の葉っぱや落ち葉や光の加減などを見て、写真で写しとめていくだけだが、ひとつひとつの光景がなぜか全部「神さびた森」という名にふさわしい。

森の奥まで入ると、そこには逆光に光る鮮やかな紅葉(もみじ)があり、その手前にはベンチがあり、なんと灰皿まである。このおおらかさがまたうれしい。そして一服がうまい(これがあるからなかなか禁煙できない…)。今年の紅葉見物はここだけで十分、と感じるほど満ち足りた気分だ。

その後、閉園のアナウンスが流れる時間まで森を歩いた。夕暮れに沈む紅葉がこころにこたえる。日本人である宿命だろう。それにしても、この森はなぜ、これほどまでに、人のこころに響くのだろう。

明治神宮御苑は神代の時代から続いてきた森ではない。あとで知ったことだが、御苑をあらたに整備するにあたって、照葉樹を中心に365種の木を植えたという。時の総理大臣、大隈重信はもっと威厳のある杉林を主張したそうだが、「永遠の森」を目指した当時の林苑関係者が頑強に反対して、より自然に近い照葉樹の森への道を開いたという(明治神宮ホームページ参照)

さらにWikipediaで調べると、こんな文章があった。

当初多様な樹種を多層に植栽することで、年月を経て極相林(クライマックス)に到達するという、手入れや施肥など皆無で永遠の森が形成されることを科学的に予測され実行された。

(明治神宮に関するWikipediaの記事)

「永遠の森」とは究極の自然林ということなのか。御苑に一歩足を踏み入れたときから「神さびた森」と感じたのは単なる錯覚ではない。日々移り変わる東京の真ん中にあって、この場所だけは(ほかにもあると思うが…)、神代の森へと逆に時間をさかのぼっていく。とても不思議だ。

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輝くデカン

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もう大丈夫、と思っていたのに、突然、インド病がぶり返してきて困る。

輝く太陽が恋しい。

ということで、今日は久しぶりに明るい写真。全部パチマリとその近郊。

上から、…ジャングルで出会った先住民の少年。夕方の光を浴びて輝く壷。そして一番下が月と太陽をかたどった先住民のシンボル。大木の下などの聖域にこういう石板が点在している。

先日、ニコンの新しい現像ソフトを買ったから、これでインドの写真をあらためて眺めてみたい。


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