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未知との遭遇…(アマゾン、インド)

Buzokumin001

前回に続いて「アマゾン川奥地で未知の部族を撮影・・・」の話。とりあえずユーチューブの映像(といっても静止画だが…)があったので下記リンクしておく。

http://jp.youtube.com/watch?v=_DhCfwEDEII

空撮ということで、細部は不鮮明な映像だが、それにしても非常に不気味な感じがよく出ている。あまりにインパクトが強いので、最初見たときは、ニセ画像かと思ったほどだ。

今回の映像で一番気になったのは、やはり黒のボディーペインティングを施した男。シャーマンではないかと前回書いたが、もう一度映像を見ると、彼だけ弓を持っていない。背後から、状況を眺めているのか、あるいは何か指示しているのか。

黒というのがやはり気になるが、黒は「死」「森」「自然」の象徴で、それでシャーマンかと思ったわけだが、インドでは「時間」の象徴でもある。インドでは、「カーラ(黒)」はカーリー女神、あるいはマハーカーラ(偉大なる黒の意味でシヴァ神をさす)がその象徴となっている。

そんなマハーカーラの世界からやってきたのが、上の写真、サドゥ。
(ということで、インドのことに話は変わるが…)

サドゥを聖者だと考える人もいるが、僕は個人的に、サドゥ(シヴァ派のナガ、ナートなどに限った話だが…)は、原始部族民のシャーマンが特殊に発展した姿ではないかとなんとなく考えている(それもまた聖者の一種だが)。

ま、そういう事情で今回の写真が非常に気になっているわけだが。

ところで、上の写真、サドゥと並んで写っている女の子だが、彼女はあるサドゥグループの世話をする一家の娘だ。だからサドゥには慣れっこになっている。

彼女がサドゥの足に手を添えているのは尊敬の証である。これはインドで普通の習慣だが、もしサドゥが未知の部族民文化をルーツとする集団だというなら(サドゥ世界は血族によるものではないが…)、インド人は、みんなで部族民のシャーマンを拝み奉っていることになる。と同時に、多くのインド人はサドゥに対して、「敬して近寄らない」ので、サドゥはいつまでも自由で遊んでいられる。

放っておいてくれるのが、ま、インドのいいところだ、とある少数民族の人も話していた。

(とはいっても、先住民関連のトラブルはたくさんある。先住民が5000万人も住んでいればそれも当然だ)

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