マンドゥーの丘で…
6月も終盤、インドもそろそろ雨季かな。
3年前の夏、ヒマラヤを一ヶ月歩いて、その後、雨季のデカン高原を二週間歩いた。訪れたのはオルチャとマンドゥー、鮮やかな緑の丘は、ずっと歩いていたくなるほど印象的だった。
写真はそのマンドゥー。丘に広がるイスラム廃墟遺跡群のたしか南の端っこにある離宮。ここから、なだらかに下っていく林と、その向こうに、果てしなく広がるデカン高原が見える。
暗くなるまでぼんやりと写真を撮っていると、丘の下からサドゥが5人ほど上ってきた。槍なども持っていて、おまけに人気がほとんどなかったから、これはやばい、と思ったが、彼らはおとなしく遺跡の上に座り、そのうちの一人は笛まで吹きはじめた。
山賊じゃなかったんだ、ということで、その後、彼らと少し話もした。丘の下にアシュラムがあるらしく、そこから登ってきたという。夜になったら、林を抜けて丘を下り、アシュラムへ戻るのだという。
「真っ暗の中を歩くのか?」「いつものことだ」「時間はどれくらい?」「一時間ぐらいかな。それよりお前も来るか?」「自転車で宿まで帰らんといかんし…このまま戻らなかったら宿で大騒ぎになる」「まあ、それもそうだ…笑」なんて話をしながら、しばらく笛の音を聞いていた。
それにしても、なんて不思議な世界…
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マンドゥーに関しては、遺跡の写真だけすでにHP上でアップしています。(全3ページ)
http://chaichai.campur.com/architecture/mandu01.html
オルチャの写真もどうぞ。こちらは全5ページで、遺跡以外の風景、人の写真も。
月を見る蛇
昨日、夕方からある人と会って、インドとサドゥの話をしてから外に出ると、厚い雲の端から一日遅れの満月が出ていた。それから、最近お気に入りの、雑草に囲まれた小さな歩道を歩いて、家へ向かった。時々、林の向こうに見え隠れする月を見ながら…
最近は、ユーチューブでマントラを聞きすぎているせいもあってか、自然に向かう気持ちが非常に強くなっていて、いったいどうなってるんだろう、と思うぐらいだ。ヒマラヤかデカンか、と呪文のように、どっかから聞こえてくる。サドゥ病だ。
ユーチューブでの最近のお気に入りはこれ、オームナマッシヴァヤ
http://jp.youtube.com/watch?v=hascFPxfMA8&feature=related
昨日の月を撮ってアップしたかったが、カメラを持っていなかった。一眼レフを普段持ち歩くのは大変なのでコンデジを買いたいが、コンデジで夜景がうまく撮れるだろうか。などと考えながら、月の写真を探していたら、満月を見る蛇、といってもナーガの形をした呪具だが、そんな写真があったのでアップしてみた。
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もう一つのブログ「ニルカンタ・カフェ」も定期的に更新しています。こちらへもどうぞ。
ネパールで王制廃止
少し古いニュースになるが、5月28日にネパールの王制が正式に廃止された。そして今月11日についに王宮を去ったという。選挙でマオイスト(毛沢東主義)が第一党になり、与党を取ったことはなんとなく知っていたが、王制廃止のことは今日はじめて知った。
ネパールの王制にたいして特別な感情はなかったが、ネパールがネパール王国でなくなったのはやはり衝撃的だ。ネパールは王国から共和国へと変わり、同時に、ヒンドゥー教は国教ではなくなったという。
最後の王ギャネンドラは2001年に起こった王族殺害事件の黒幕とも噂され、あの事件以来、王室への国民感情、あるいはネパール自体が最悪の状態に陥っていたのは周知のことで、王制廃止も致し方ない、という気もするが、王国から共和国に移行したら急にすべてがうまくいく、なんてことはちょっと考えられない。しかし、そのあたりのことは、単なる旅行者である僕にはあまり関係のないこと。しかも、最近のネパール事情はよく知らない…。ただ、なんというのか、王制廃止によって、ヒマラヤの小さな国で、ひとつの時代が終わった、という気はする。
ヒンドゥー教のことだけ少し書いておきたい。
ネパールのヒンドゥー教はインドのような強固なものではない。ヒンドゥー教徒の何割かは仏教の行事にも顔を出すようなアバウトな人たちで、彼らに言わせれば、「ヒンドゥーの祭りも仏教の祭りも両方楽しめるよ」といった調子で、僕はそんなネパールが好きだった。しかし、三年前にネパールの山村を25日かけて歩いたときにはすでに、ネパールの宗教事情が、何か、昔のお気楽なものとはちょっと違うな、という部分が垣間見えるような気がすでにしていた。
ライ族という、モンゴリアンに少しアーリア系が入った人々が住む村で泊まったときのことだった。家でお祈りがあるからどうか、との誘いを受けたからホイホイとついていったが、その祈りの風景というのがなんとも異質で、「これは何の祈りなのか?」と聞くと、村人から「これはヒンドゥーでも仏教でもない宗教のものだ」と聞かされた。
そこで小さな冊子を見せてもらったが、そこにはライ族出身だという開祖様の写真があり、あとは文字が分からないので読めなかったが、その開祖様の顔がどうにも胡散臭くて、僕は早々にして退席させてもらったが、後味は悪かった。見慣れたはずのネパールが急に遠ざかっていくような嫌な気がしたわけだが、それにしても、一見おだやかそうな素朴な山村で、伝統的宗教であるヒンドゥーでも仏教でも癒されない新興宗教を熱心に信じる理由とはなんだったのか。
ネパールのヒンドゥーはインドに比べればもともと脆弱な体質であり、将来は悲観的だ。国民がそれでよければ部外者がどうこういうことではないが、神々の世界も忘れて競争原理に四苦八苦するような慌しい国になったら、と考えたら、やはり寂しい。
ついでながら、一般人にはこれまたもっとどうでもいいことかもしれないが、サドゥの姿がネパールから消え去る日もそう遠くないかもしれない。
カトマンドゥーのパシュパティ寺院で行われるシヴァラットリは多くのサドゥが集まることで有名だが、その一つの理由として、ネパール王室から、かなりの献金が行われていたようだ。しかし、これは間違いなくなくなる。金目当てに巡礼するのもおかしいが、いずれにしても、サドゥにとって、ネパールが過ごしやすい国ではなくなるかもしれない。ネパール出身のサドゥも多いので一気にいなくなるわけではないが、サドゥに対する国民感情はもともとたいしてよくないので、徐々に衰退していくと考えるのが自然だ。
先のチベットといい、今回のネパールといい、アジアの伝統的な智慧や文化が時代のなかでどんどん消えていく、という気がして嫌な気がするが、諸行無常だといわれればこれもどうしようもない。
…でも、もうやめておこう。またネパールに行きたいし、ネパールで撮りたいものもある。「ネパール山の旅」シリーズも続けていきます。
(今回の写真は1993年のもの)
ヒマラヤへ飛びたい
前回は、デカンに行きたい!と書いたが、ヒマラヤの写真を見てると、こんな雲にのって、一気にヒマラヤまで飛んでいきたくなる。
次回はどっちへ行こう、なんてことを悩みながら、「インド旅の雑学」に「聖地巡礼の旅へ」のページを作った。各地の聖地を簡単に紹介するページも近いうちに作りたい、と思ってます。
デカン高原の夕暮れ
今日もまた、
「あと何十年でもインドに通いたいですよ~」
なんてことを、ある人にしゃべっていた。そしてふと思い浮かぶのは、デカン高原のこんな夕暮れだったりする。
長いインド旅行の中で、デカン高原にいた時間はそれほど多いわけではないのだが、印象は非常に強い。前世はデカンにいたのかと思うぐらいに…。
デカンの写真もたくさんあるのだが、いったいどうしたものだろう…それよりまた先住民に会いたいなあ…森の奥のサドゥも探したい…噂に聞いた謎の洞窟遺跡も探したい…一度ぐらいはジャングルで虎やヒョウも見たい…行くなら緑鮮やかな雨の季節かな…などなど、思うところがありすぎて、だからやっぱり、あと何十年でもインドに通わなければ、と思ってしまう。
デカン以外も、行きたいところは無数にあるし…
未知との遭遇(1万年前のインド…)
前回、前々回に続いて、「アマゾン川奥地で未知の部族を撮影・・・」にちなんだ話題。
上の壁画の写真、インド、デカン高原のジャングルで撮影したものだが(クリックすると拡大します)、見てすぐに、「おもしろいな~」と思った。
壁画には四人の人間が鮮明に描かれているが、確実に言えることは、右の二人と左の二人は人種が違うということ。いや、人種が、というより、たぶん、これは同じ人類ではない。
よくは分からないが、ホモサピエンスと北京原人が同じ森で遭遇したようなものだ。両者の体型や顔つきがかなり異なる。もしホモサピエンスが描かれているとすると、左の二人だろう。右の二人は、左よりもはるかに原始的で、濃い体毛まで描かれている。おそらく原人か猿人だろう。
四人は何をやっているのか。遊んでいるようにも見えるが、左の一人が斧を持っているところから推測すると、やはり戦っているようだ。戦いの勝者となったのは、やはり新人類である左の二人組だろうか。なんといっても、最新式の武器(斧)を持っている。
壁画は1万年前から5万年前とされているが、これは現地ガイドの適当な話。
この壁画自体はほとんど知られていないから、誰も調べていない(調べたってよく分からないそうだが…)。絵が非常に鮮明であるところからして、もしかすると、一万年前より新しい壁画かもしれない。たとえば、5千年前とか…。手にする斧が、もし鉄の斧だとするなら、さらに新しい可能性もある。
ちなみに、上の写真は、パチマリという場所で撮影したもの。パチマリは二度訪れているが、その一度目の訪問の様子はすでに本家chaichaiで紹介している。興味のある方は下記URLからどうぞ。
未知との遭遇…(アマゾン、インド)
前回に続いて「アマゾン川奥地で未知の部族を撮影・・・」の話。とりあえずユーチューブの映像(といっても静止画だが…)があったので下記リンクしておく。
http://jp.youtube.com/watch?v=_DhCfwEDEII
空撮ということで、細部は不鮮明な映像だが、それにしても非常に不気味な感じがよく出ている。あまりにインパクトが強いので、最初見たときは、ニセ画像かと思ったほどだ。
今回の映像で一番気になったのは、やはり黒のボディーペインティングを施した男。シャーマンではないかと前回書いたが、もう一度映像を見ると、彼だけ弓を持っていない。背後から、状況を眺めているのか、あるいは何か指示しているのか。
黒というのがやはり気になるが、黒は「死」「森」「自然」の象徴で、それでシャーマンかと思ったわけだが、インドでは「時間」の象徴でもある。インドでは、「カーラ(黒)」はカーリー女神、あるいはマハーカーラ(偉大なる黒の意味でシヴァ神をさす)がその象徴となっている。
そんなマハーカーラの世界からやってきたのが、上の写真、サドゥ。
(ということで、インドのことに話は変わるが…)
サドゥを聖者だと考える人もいるが、僕は個人的に、サドゥ(シヴァ派のナガ、ナートなどに限った話だが…)は、原始部族民のシャーマンが特殊に発展した姿ではないかとなんとなく考えている(それもまた聖者の一種だが)。
ま、そういう事情で今回の写真が非常に気になっているわけだが。
ところで、上の写真、サドゥと並んで写っている女の子だが、彼女はあるサドゥグループの世話をする一家の娘だ。だからサドゥには慣れっこになっている。
彼女がサドゥの足に手を添えているのは尊敬の証である。これはインドで普通の習慣だが、もしサドゥが未知の部族民文化をルーツとする集団だというなら(サドゥ世界は血族によるものではないが…)、インド人は、みんなで部族民のシャーマンを拝み奉っていることになる。と同時に、多くのインド人はサドゥに対して、「敬して近寄らない」ので、サドゥはいつまでも自由で遊んでいられる。
放っておいてくれるのが、ま、インドのいいところだ、とある少数民族の人も話していた。
(とはいっても、先住民関連のトラブルはたくさんある。先住民が5000万人も住んでいればそれも当然だ)




















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