
海外旅行が減少傾向にあるという。
「FujiSankei Business i」によると、
海外旅行者は2000年の約1782万人をピークに、米中枢同時テロや新型肺炎(SARS)の流行などで03年は約1330万人まで落ち込んだ。その後やや持ち直していたが07年にまた減少に転じた。
さらに特徴的なのは20代の海外離れが急激に進んでいるらしく、
20代前半で19・8%から17・1%に、同後半は25・7%から21・1%へと落ち込んだ。
としている。理由の一つにネットの情報過多などをあげているが、理由は経済的不安など、いろいろありそうだ。それはともかくとして、インドの旅行者事情はどうだろう?
JALのデリー便は、昨年の秋から、それまでの週4便から週7便(毎日)へと便数を増やした。こうした需要を見ると、一見、旅行者は増えているような気もするが、その多くはビジネス客。旅行者、とくに自由旅行者に関して言えば、おそらく、かなりの減少傾向にあるのでは、というのが個人的な感想である。
インド旅行者の数も、海外旅行全体と同様、2000年頃がピークだったような気がする。当時は、とくに春休み時期などにヴァラナシを歩くと、角を曲がるたびに日本人の姿を見かけた。しかし2年前(2006年)にヴァラナシを訪れたときは、角を曲がるたびに韓国人の姿を見かけるようになった。さらに1年後には、「韓国人でヴァラナシの宿がいっぱいになっている」というメールをある人からもらった。
ただし、韓国人によるインド、ヴァラナシブームもおそらくそう長くは続かないだろう。流行が大きければ大きいほど、衰退するのも早い。日本人のインドブームもそれに近いものだったのか。
アジア人の極度の飽き性に比べると、欧米人旅行者は、たとえば僕がはじめてインドを訪れた1991年当時から見ても、それほど大きな変化がないようにも見える。彼らのインドブームは60年代からずっと続いているわけだ。その一角に、少数だが日本人もいる。旅行者の雰囲気に多少の変化はあるが、その底流を流れるのはヒッピーの系譜である。彼らのインド通いが続いたのは、たぶん彼らが、インドで非常にいい思いをしたからだろう。
一度味わった幸福はやはり忘れられないのだ。それがどんなものであったかは一概には言えないと思うが、彼らが未知への好奇心を常に燃やし続けていたことだけは確かだろう。地図やガイドブックに描かれていない世界が本当の旅の舞台であった。
ところで今回の写真、タージマハールである。インドでもっとも有名な建築物だが、僕がはじめてタージマハールを見たのは5度目のインド旅行だった。それまでなぜ敬遠していたかと言うと、当時の貧乏旅行者の一部が、「実際見ても写真とおんなじで、あんまり見る価値はないなあ」と言っているのを、真に受けてしまったからだ。それでも5回目のインド旅行でようやく見ることになって、その感想はといえば、…きれいだけど、やっぱり写真と一緒…?、というありきたりなものだった。
その6年後、またタージマハールを見る機会があった。それでどうだったかというと、こんなに美しい建築だったのか、というのが率直な感想である。とくに早朝、ほとんど誰もいない対岸から眺めたタージマハールは夢のように美しかった。
今回アップした写真はさらに2年後のもの。なんとまた訪れたのである。写真は、対岸に渡る前の河原から撮ったもの。朝日が昇る20分前。この時間帯のタージマハールは、どこから見ても、ため息が出るほど幻想的だ。
海外旅行者減少の話題から話が逸れた。というか、まあ、流行とは常に距離を置く人間にとっては、旅行者の増減は結局のところ、あまり関係がない。タージマハールの入場口が人であふれていたとしても、横道を抜けて対岸に出れば、人はほとんどいないわけだし、旅は所詮、自分で作っていくもの。そこでいい思いをすれば、人はまた旅に出るし、この先、たとえばタージマハールの対岸が人で埋まるようなことになったら、また新たな場所を探しに行けばいいだけのことか。
http://chaichai.campur.com/architecture/agra01.html
タージマハールの裏表。
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