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Tatikawa666

先日の日曜日に立川で少し写真を撮った。近くなのに今まで撮ったことがなかった。ビックカメラがあるのでときどき行くわけだが、あまり好きな街ではないな、と思っていた。しかし、どんな街であっても一度撮ってしまえば結構好きになる。お気に入りの写真が出来ればなおさらである。わずか一瞬であっても、街と一体になれた訳だし、愛着が湧くのは自然なことか。しかし一回ぐらいでは、好きで好きでたまらない、という境地まではいたらない。

今日の写真はいずれも影、…あるいは普段では目にとめないささやかな世界。最近、そういう世界に凝っている。

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祭のあとの月(ネパール山の旅4)

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ふたたびネパール。

ある村外れの丘の上から眺めた風景。山また山、そして月。何日か前に満月の祭があったから、これは欠けていく月だ。祭のあとの月…。

最近は、もう一つのブログでも丘からの写真をアップしている。丘はいいね。最果てって感じで。

子供の頃、丘で遊ぶことが多かったので、今でも丘があればすぐ丘に行きたくなる。丘がいいのは、そこに大人がいないから。とくにネパールのような山だらけの国では、わざわざ丘に来て、山を眺めよう、なんていう大人はほとんどいない。遊んでいるのは子供だけで、ときどき、変わり者の旅行者がやってくるだけ。文化とか産業とかっていう余計なものが何一つないのが旅行者にとっては気持ちいい。

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異音かな…

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ネパールをはじめてまだ三回なのにちょっと一休みだ。急に華やかな絵が欲しくなってきた。もう一つのブログがヨーロッパものなのでなおさらである。インド病が急に悪化してしまったような変な気分だ。

ネパールという国のカラーもある。インドと比べればやはり地味だ。それにフィルムとデジタルの違いもある。デジタルは暗い画面であってもどこか軽くて深刻さがない。というわけで、今日は南インド、マドゥライのミナークシ寺院から二点。最初の写真は回廊の上に描かれたマンダラ模様。じっと見てるとラリってきそうで、それがインドっぽくてほっとする。

話は変わるが、今住んでいるアパートで頻繁に異音を聞く。たとえば風呂に水を流すと、「カタカタ」と鳴り響き、台所からは「ジ~ジ~ジ~」である。台所のほうはだいたい醤油の置き場所を変えたり、包丁を包丁入れに入れなおしたりすると音は消える。よくは分らないが、つまり、全体的に建て付けが悪いのだろう。

ただし、説明できない事象もたまに起こる。机の隣にあった椅子が、突然、「カタッ」という音と同時に、わずかに動いたことがある。すぐに地震情報を調べたが何も起こっていない。ということは、…ひょっとするとこれはポルターガイスト…。そうだとしても別にどうってことはないのだが…。それより建て付けを考えれば地震のほうが怖い。

ところで昨晩は意識の奥で異音を聞いた。寝入りばな、ふっと意識が過去に引きずられていくような感覚、というか恐怖があり、それと同時に銃声のような異音が聞こえる。銃声は一発のみ。恐怖が引くと静かになり、しばらくするとまた過去に引き込まれて銃声が一つ。

銃声の聞こえる間隔がだんだん短くなっていくのが分った頃には、もう一方の意識で、この銃声を聞き分けてやろうという欲求が強まり、意識を出来るだけ過去へと持って行っては銃声を聞くというのを繰り返していたが、そのうち体が痒いことを思い出し、ふと掻いた途端に現実に戻って来てしまった。

意識の底で銃声を聞いたのは初めてではない。10年以上昔にネパールで聞いたのが最初で、このときは軽い金縛りをともなうものだった。その後、最近になって数回。聞くたびに恐怖はなくなり、逆に興味が湧いてくる。これはいったいどういう深層意識なんだろう?もしかしてアラヤ識?

何で銃声なのかも気になるところだ。何かのトラウマだろうか。心理学の本でも読んでみるかな。なんて少し前から思っていたんだけど。ほかの興味もあって…。

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峠の茶屋(ネパール山の旅3)

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ネパール村めぐりの楽しみは何といっても峠の茶屋。必死に坂道を登りながらその先にあるはずの峠の茶屋に思いをはせる。それが期待以上に良いところだったら、思いきってそこに泊まってしまおうか、なんて思うが、ガイドから、「もう少し歩くべきでは…」などと言われてしまう。

上の写真はある茶屋でのひとこま。座っている男はマガル族のポーター。何十キロもある荷物を担いで、グループで山を旅している。そのリーダーだ。このグループとは、あちこちの茶屋で顔をあわせて仲良くなった。茶屋のおかみさんは昼飯支度の真っ最中。客間は別にあるが、僕はいつものように調理場へ入り込む。

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この写真はまた別のポーターグループか。茶屋の客は何といっても彼らポーターだ。金がなくても茶屋に来て、一番安いブラックティーなどを飲んで、一休みしたら、また荷物を背負って歩き出す。それにしても、何か、すべてがシンプルだな。シンプルな生活とは、つまり、余計なことが何もない生活のこと。窓から入ってくる光がいい感じ。

茶屋から外に出ると、山々が霧にまかれようとしていた。子供が適当に遊んでいる。

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新しいブログ「ニルカンタ・カフェ」もどうぞよろしく。


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人生は山にあり…(ネパール山の旅2)

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夕暮れの光と山々を背景として、家族が静かに写真に撮られるのを待っている。シャッターを押さずにずっと眺めていたくなるような光景だ。

こんなところで、静かに生まれて生きて死んでいくのか、と思うと、こわいというより不思議な気がする。山の村はほんと静か。ニワトリの鳴き声だけが、村に響きわたる。だからニワトリの鳴き声を聞くたびにネパールの村を思い出す。

左三人の女性がよく似ている。右の女の子はお父さんに似ている。お父さんは典型的な山の男。

ちなみにこの地は標高2500メートル。一番近い自動車道まで、村人の足で最速4日。そこからバスで12時間ほど走れば首都カトマンドゥー。

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山の村の茶屋(ネパール山の旅1)

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前回、前々回と、二つのカテゴリーを作った。しかし、とくに「サドゥな話」については、やはり今書くべきではない、という思いがあり、しばらく封印することにしたい。今は、今後の写真作りを意識した記事を書いていきたい、ということです。二転三転してすいません。

というわけで、いろいろ考えた結果、しばらくは「2005年秋ネパールの旅」というテーマで続けていきたいと思っています。

この旅では、東ネパールの山村を四週間近くかけて歩き回った。これまで何度も長いトレッキングしたが(まだ若い頃…)、これが最長記録である。旅の後半は、外国人がまったくいない辺境地帯。宿はないから泊まりは民家、トイレはジャングル、食事は最悪、その上、二日に一回は峠越え。…最後の最後で体がオーバーヒートをおこして、二日間寝込んだりもした。

そんな、いろいろあった2005年ネパールの旅から、気の向くままに写真を紹介していきたい。

今回の写真。昼飯を食べるために立ち寄った山の村の茶屋。茶屋というよりほとんど民家だが…。食べるものは、定食ダルバート(ご飯と豆カレーと野菜カレー)か、時間がなければインスタントヌードル。どうせ夜は定食なので、ヌードルをよく頼んだ。結構うまい。というより、他にたいして食べ物がない…。

写真を撮るにはかなりの悪条件だったが、やはりフィルムの力か、真っ白な部分にも何かが宿っているような気がする。デジタルだったらただの真っ白だ。

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ラダック1992

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昨日に続いてまた新しいカテゴリーを作ってしまった。

「旅の断片」

ちょっとした旅の光景を、気が向いたときに拾い集めていく予定。

今回の写真は1992年のラダック、レー。遠くにギザギザの岩山が見える。写真を撮ったときのことは覚えていない。覚えていない光景は、写真として記憶するしかないから、この場合は色もなく、濃淡だけのちょっとボケた感じの記憶となる。その頼りない記憶をたどって、つかの間、16年前のラダックに舞い戻る。

昔のモノクロフィルムを見るたびに、「モノクロか…」といった感じで、そのまま思考が停止してしまう。ちょっと前に、「フィルムカメラでまたネパールを旅したい」といったことをこのブログで書いたが、付け加えると、「モノクロフィルムで…」ということだと、今、分った。

困ったな。撮りたいものがありすぎて…

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香を炊く。オームナマッシヴァ。

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薄汚れた部屋をゴシゴシ掃除して久しぶりに香を炊いた。お香立てがなかったので、デリーの空港でつかまされた消費期限切れのタバコの胴に香を突き刺し、皿の上に立てる。火をつけた途端に甘い臭いが部屋に立ち込め、気分はインドに一っ飛び。

うしろに見えるのはシヴァファミリーの額。たしか10年ぐらい前に買ってきたもの。うちの祭壇である。しかし香を炊いていなかった。これは良くない。これからは頻繁に炊くようにしよう。

香はデリーで買った25種類お徳用セット。たしか100ルピーぐらいだったかな。お土産にちょうど良い。日本でも、新宿駅前の屋台で売っているのを見たことがある。そのときは1000円だったような記憶がある。でも安い。

雪の写真が三回続くと、さすがにさむ~い雰囲気になってきたので、しばらくは温かい写真を続ける予定。カテゴリーに「サドゥな話」という、またしても意味不明のカテゴリーを加えてしまった。サドゥ本の宣伝も兼ねて、ちょっとサドゥっぽい話でもしてみよう、ということだが、何を書くかはまだ決めていない。これからいろいろ考えてみます。

新ブログ「ニルカンタ・カフェ」はほぼ毎日、更新しています。こちらもどうぞよろしく。

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またまた雪の写真…

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いかにも寒い写真が続いて恐縮だが、先日の雪写真。これでだいたい出し尽くした。

もう一つのブログでも、どちらかというと寂しい写真が続いているので、次回からは南国の写真などをアップしたいところ。とはいえ、また雪が降るようなことがあったら、もう一回ぐらいは撮ってみたい。出来ればまた夜だ。

最近になって夜の写真がたまらなく好きになった。写真の黒々とした部分を見ているだけでもうっとりとしてしまう。今回でいえば最初の一枚。わざとぶらして、デジタル特有のべったりとした黒を表現した。べったりとした黒はまるで窒息しそうな閉塞感もあるわけだが、それがいいのかもしれない。べた黒フェチである。

インドの夜を撮りに行きたいな~。

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chaichaiニルカンタ・カフェ

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上の写真は昨日の続きです。クリックすると大きくなります。

前々回の記事で、新しいブログを作ったと書いたが、結局、名称を変えて、「chaichaiニルカンタ・カフェ」とした。

「ニルカンタ」はインドヒマラヤにある山の名前。標高は6600メートル、ヒマラヤ高峰の中にあってはさして高い山ではないが、美しい三角形が印象的だ。聖地バドリナートの裏手にある。

「ニルカンタ」の「ニル」は、たぶん「青」、つまり「青の山」であろう。ちなみに「青い山」ではなく、あくまでも「青の山」、幻想と冥界を意味する「青の山」だと勝手に想像している。

幻想的な写真が多くなるため、最初は「ニルヴァーナ・カフェ」にしようかと思ったが、調べてみると、うちに「ニルヴァーナ・カフェ」というインドのCDアルバムがあった。「ニルヴァーナ」は「涅槃」なのでちょうどいいなあ、と思ったわけだが、真似はしたくない。それで、「幻想」に関わる言葉を探していて、「ニル」違いの「ニルカンタ」を見つけた。

ところで「ニルカンタ」はインド三大神の一つであるビシュヌを意味するらしい。それはちょっと困るなあ、とシヴァ派の僕としては考えたが、「ニルカンタ」は「青い喉」を持つシヴァだとする説もあるらしい。まあ、…別にビシュヌであっても困ることは全然ないのだが…。

というわけで、新ブログ「chaichaiニルカンタ・カフェ」を、どうぞよろしくお願いします。基本的には、毎日更新したいと思っています。

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光の中の雪

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さっき撮ってきた夜の雪。先日、照明に照らされた雪がきれいで、ああいうのを撮りたいなあ、と思っていたので、今日は寒さを我慢して一時間ほど雪の町をさまよい歩いた。続きはまた今度アップします。
(写真をクリックすると大きくなります)

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新しいブログをはじめました

「chaichai幻想の旅写真ブログ」というブログをはじめました。

どうぞご覧ください。とりあえずスペイン、それからポルトガルからはじめます。ゆくゆくは、エジプト、バンコック、ラオス、マレーシア、そして日本(東京と清里)と予定しています。ただ、スペイン、ポルトガルだけでも膨大な数の写真があるので、先のことはちょっと不明かな…。インドものとは違って、出し惜しみする必要がないので、その点は気が楽です。写真が中心なので、テキストはほんのちょっと書くだけ…。なるべく毎日更新したいな、と思っています。

近況やその他、訳の分からないたわごとは、引き続きこのブログに書いていきますので、あわせてご覧いただけたらと思っています。

それと、「chaichai幻想の旅写真ブログ」のタイトルは変更になるかもしれません。なかなか良いアイデアが浮かばなくて困ってます…。

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機械式カメラでネパールを…

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(画像をクリックすると大きくなります)

カメラ屋に立ち寄り、コンデジからデジタル一眼レフまで流すように眺めて、さて帰ろうかと思ったところで、売り場のはしっこにある機械式一眼レフが目にとまった。陳列台にあったのは二機種。ニコンの初心者用カメラ(FM10)とケンコーが最近になって発売した中国製カメラ。どちらも完全マニュアルということで、ピントと絞りとシャッタースピードを手動であわせてからシャッターを切る。さらに次の写真を撮ろうと思ったら、一度巻き上げレバーをひく必要があるから、シャッターを押す以外にじつに四段階もの作業が必要になる。ついでに言えば、36枚写真を撮るごとに使い終わったフィルムを巻き上げ、新たなフィルムを装填する。これらもすべて手動…、何から何までみんな手作業。

そんなカメラを手に取りシャッターを切る。…乾いたシャッター音と同時に古い映像が走馬灯のように駆け巡るような気がして、懐かしいような切ないような、変な気分になってしまった。

フィルムと機械式カメラをデジタルに変えてからすでに三年以上。サドゥをデジタルで撮っていたから、フィルムがやけに昔のことに思える。

撮り方も変わった。何より、撮影する写真点数が倍増した。昔は5ヶ月ぐらい旅してせいぜい1万枚程度、今は一ヵ月半ぐらいで多いときは1万枚を超える。なんぼ撮ってもタダ、ということで、良く言えば、いろんな表現を試せるようになった。サドゥの撮影は圧倒的に暗い場所が多かったので、フィルムだったら撮れないような場面もたくさんあった。まさにデジタルさまさまだ。

でも、…たまにフィルムが、そして機械式カメラが妙に懐かしくなったりする。これはこれで、これでしか表現できない世界もあった。上の写真は約15年前のネパール。あのときは、「ズームレンズは持たない!」と思って、標準50ミリレンズ一本で撮影した。当時の主な被写体は、今となっては(他の人から見れば)驚きかもしれないが、なんとネパールの少女であったから、50ミリという、一見、中途半端な焦点距離が一番似合っているような気がしていた。それが相手と自分にとっての、ちょうどよい距離感だと思っていたわけだ。さらに、機械式シャッターには欠かすことの出来ないさまざまな手作業が、まるで何かの儀式のようでもあった。

さて、何を書こうとしているのか…。よく分らなくなってきたが、とりあえず、余裕があったら、昔の写真をちょっと整理したいし、…いつか、ではなく、大袈裟に言えば死ぬまでに一度は、また機械式カメラとフィルムを持って、どこかの山村をうろつきたいものだ。

ちなみに上の写真は、カトマンドゥーの北の、たしかトリスリバザールというところからポカラまで、約三週間かけて歩いたときの写真。山々の風景がすごい新鮮だった。しかし毎晩、蚤にやられて、かゆくてかゆくて…、かゆさを忘れるために酒ばかり飲みながら旅していた頃…。ロキシー(ネパールの地酒)とククリラムと、ついでにガイドのドルチェには大変世話になった。


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仙人サドゥにイメージ変更

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本家chaichaiのトップページイメージを変更した。前回のサドゥを選ぶときのポイントは、やはりかっこいいこと。もちろんサドゥとして…ということだったが、しかし、サドゥとしてかっこいいとはいったいどういうことだろう?…等々、いろいろ考えるところもあって、今回は仙人風サドゥにした。背景がやや薄く、白文字が映えないということで写真を左にずらしてみた。しばらく見て気になるようならまた変更するかもしれない。

サドゥ本を作ったことで、サドゥにたいするさまざまな気持ちがさらに高まってしまった。これが困った事態かどうかは本人もよく分らないが…。いろいろなアイデアがふつふつと湧き出るような気がして、気持ちばかりが昂ぶっている。とりあえず、インドに飛ばしてくれ~といった気分か…。

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あたたかい雪、しずかな雪…

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(画像をクリックするとさらに大きくなります)

今年二回目の雪。外出のついでに近くの森を少しうろつくと、溶けかかった雪だるま…。

夜になって、さらに激しく降る雪と照明の感じがなんともよかったが、ちょうどカメラを持っていなくて撮影できず。帰宅してから、静まり返った家と屋根に積もった雪を撮った。同じ寒いなら雪も悪くない。雪を見てると日本海沿岸を旅したくなった。それに熱燗が飲みたいような気分…。

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