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クナババごめん

Kunababa

上のぶれぶれ写真はクナババとその愛犬。クナババとはガンガー巡礼の旅で二回出会って、世話にもなって、その上、写真もいっぱい撮ったのに、サドゥ本に登場させることが出来なかった。彼とは年齢が近いこともあって、妙な親近感があった。それでいろいろ工夫したのだが、構成上、どうしても無理だった。

クナババほどではないが、やはり掲載したいと思ったのにできなかったサドゥが何人かいる。あと50ページぐらいあったら、みんな掲載できたかもしれないが、それはどだい無理な話だ。いつか「サドゥ2」を作れる日があったら、みんな掲載しよう、なんて思っても、その頃にはさらに思い入れの強いサドゥが増えてしまって、また困ってしまうんだろうな~。

クナババとヒマラヤで最後に別れるとき、「シヴァ~(柴田)、今度クンブメーラ(サドゥの大集会)に来るときは安いコンパクトカメラを持ってきてくれよ~」と言われて、それには生返事をしておいたのだが…。それでも気になって、クンブメーラに行く前、中古カメラ屋をまわってみたが、意外と高い。ジャンク品だったら1000円で買えるが、まさか使えないカメラを渡すわけにもいかない。

「なんでクナババだけにカメラを買っていかなあかんのや」と思って結局やめてしまった。そのかわりにヒマラヤで撮った彼の写真はたくさんプリントした。カメラのことを何か言われたら、「忘れた」と言っておこう、とは思ったが、若干気は重かった。しかし一ヵ月後、クンブメーラの会場に彼の姿はなかった。

クナババは典型的野良犬系サドゥ、来れば適当な道沿いの河原で暮らしているはずだ。会えなかったということは、彼は来ていなかったということだろう。そう思うと、なんとなく寂しかった。結局写真も渡せずじまい…。

それにしても、…サドゥという存在はなぜか忘れがたい。とくに友達というわけではなくとも、心にずしんと来るものがある。彼らのちょっとした心づかい、親切、あるいはその姿形が忘れられないものになってしまう。我々凡人とは存在の密度が違うというのか、よくは分らないが…。

「サドゥのテントにお邪魔して楽しかったです」というメールを知らない人から何度かいただいたことがある。テントに数時間座ってチャイをもらった、というたったそれだけのことが思い出になってしまう。もちろん、個々のサドゥによって存在の密度はそれぞれ違う。親切でも思い出に残らないサドゥもいる。それは凡人に近いということだろうか。

密度の濃いサドゥと一緒にいると、ただ座っているだけで、インドの伝説を旅しているような気分になる。覚めていながら夢を見ているような感じだろうか。次元が違うのである。インドという国自体、たとえば日本とはだいぶ次元が違うが、サドゥはさらに遠い次元に暮らしているかのようだ。

僕は彼らとともにいることで、彼らを通してふと伝説の時間に紛れ込む。それがあるから、大変でもまたサドゥに会いたいな~と痛切に思ってしまう。そんな人たちが今もたくさん存在することが奇跡のような話ではある。

それにしても、クナババは今頃どうしているんだろう。相変わらず野良犬のように、インドのどこかをほっつき歩いているんだろうな。またいつか彼と再会することがあったら、今度こそびしっと良い写真を撮らなければ…。

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コメント

クンブメーラで落ち合おうだなんて、最高にイカした待ち合わせですね!

インド人の年齢って、パッと見でわからなくないですか? 私は全然だめです。

投稿: えつ | 2008.01.16 23:07

ババジたちに「来い!来い!」といわれて、でも行って本当によかったです。しかし、とくに強引だった若干二名はなぜか見当たらず。

インド人の年齢は日本人の感覚から、5歳、10歳ぐらい若く言えばいい線いきます(笑)。ただ、田舎はときどきすごい人がいて、ちょっと気まずい思いをすることもありますが…(笑)。

投稿: 柴田 | 2008.01.17 00:32

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