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サドゥサドゥ…(狂)

Shiva778

サドゥ本出版から二週間近くたったというのに今だサドゥが頭の中をぐるぐるまわっている。サドゥネタとは違ったことを書きたいのだが、これがまったく思い浮かばない。非常に困った。今書きたいのは、結局サドゥのことだけなんだろう。ネタもたくさんあるんだが、これはいつの日か、実現するかもしれない「サドゥ2」のためにとっておきたい。

というわけで今日はただのぼやきです。

それにしても、若いうちにサドゥを撮らなくてよかった。「虎口にいらずんば虎児を得ず」なんて調子でやっていたら、間違いなく「ミイラ取りがミイラ」になっていた。それもまたよかったのかもしれないが…。

そういえば、ある日本人サドゥに、「サドゥにはならないんですか?」と聞かれて一瞬口ごもり、「やっぱり勢いみたいなものが必要でしょう…」と意味不明の答えを返してしまったことがあった。

まったく意味不明である。普通に「サドゥになんかなりませんよ」と返答すればいいのに、どうして曖昧な返答をしてしまったのか。勢いがあったらサドゥになりたいわけなのか。まったくよく分らない。

自分ではきわめて冷静な態度でサドゥを撮っていたつもりだったが、そうはいっても、かなり脳に響いているのかもしれない。軽い(?)サドゥ病である。一番よい治療法はサドゥ以外で夢中になれるものを見つけるのが手っ取り早いはずだが、本人は、「まだまだサドゥだ!」と心ひそかに思っているような感じだから、まったく自分でも手に負えない。今後もちょくちょくサドゥネタが登場するかもしれないが、あいかわらずのサドゥ病患者だな~と大目に見てやってください。

今日は写真はアラハバードサンガム。クンブメーラのサドゥテント。サドゥテントは火が中心だが、これがまたたまらない。


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「セクシー・セディ」なサドゥたち

Shiva777

映像作家のこいでさんが、彼のブログに「インドのサドゥ 那智の熊楠」という文章を載せ、サドゥ本のこともあわせて紹介していただいている。テーマはタントラ思想。インド神秘主義が到達した最高地点であるが、言い換えれば、もはやにっちもさっちもいかないような、人間世界のどん詰まり。言葉で表現しようと思えば、これ以上難解な世界は他にないだろう。

ここのところ、すっかり思想的な本から遠ざかっている僕の頭では、こいでさんのテキストの、その意味を追うことがなかなか大変な作業であった。しかしそこに書かれているテーマはサドゥに直結している。そのサドゥを追いかけ、インドで遊びほうけていた結果、アホになってしまったというのは、ちょっと笑えない話のようでもあるが、僕がすっかりアホになってしまったのもまた、やはりアホなサドゥと遊んでいたからだ。もちろんサドゥといってもいろいろだが、アホは掃いて捨てるほどいる。当然、人格者もいれば博識な人もいる。しかし僕は、これ以上のアホはいない、というサドゥを意識して探してもいた。アホも行き着くところ天才である。サドゥ本でいえば、キチュリワラ氏が当てはまる(サドゥ本で探してみてください。写真三点あります)。

こいでさんは、そうしたサドゥ本の写真を「無味無臭な存在感」と表現し、また、ジョンレノンの造語を引用して、「セクシー・セディ」と位置づけ、話を展開していく。「セクシー・セディ」の「セディ」は「サドゥ」をもじったもの。その事情については「インドのサドゥ 那智の熊楠」の冒頭に紹介されているので、ぜひご覧いただきたい。

「無味無臭な存在感」と「セクシー・セディ」は一見、正反対の言葉のようだが、じつはそんなこともない。でも説明するのは難しいし、ちょっと面倒だ。「インドのサドゥ 那智の熊楠」では、そのあたりのことを「頼りなさげなのに力強くもあり、性すらも超越した存在」とも書いている。「性すらも超越した存在」というのは、少し下品(ではないのだが…)な言葉に置き換えると、「両性具有的」といえるかもしれない。

前回の記事のコメントで、ちびまるさんが「最初の方の右側のページに載っている白塗りで瞑想しているサドゥが綺麗だなぁと先ず思いました」と書いてくれたが、こういう感想はとてもうれしい。サドゥが綺麗だから僕はそれを撮りたいと思ったし、サドゥはまさしく「セクシー・セディ」である。サドゥ以上に「セクシー・セディ」な人が世界にいるのかどうか。

ところで「那智の熊楠」こと南方熊楠は、「日本を代表する民俗学者」なんて説明が意味をなさないほどの「セクシー・セディ」である。南方熊楠の本をじつは一冊たりとも読んでいないが、「そんなのどうだっていいんじゃないの」と思えるほど、その写真に魅了されている。生きていたら写真を撮りに行きたいぐらいだ。南方熊楠の熊野での様子も記事に少し書かれているので、ぜひ一読を。

ちなみに、今の日本でそれぐらい魅力のある男がいるかといえば、たとえば有名人であれば、パッと思い浮かぶのは朝青龍だろうか。彼を見るたびに、「大物サドゥだな~」と思ってしまう。ただし、さすがに「両性具有的な美」とまでは言わないが。やはり「大物サドゥ」、「横綱」である。

今回の記事は、こいでさんの記事に触発され、その返信の意味も兼ねて書いたものです。タントラ思想については一生をかけて、ゆっくりと、そしてまた、機会があればサドゥと遊びつつ、考えていきたいと思っています(とはいえ、chaichaiの記事はタントラ的だとは思います…)。

それと、まったく関係のないような話ですが、サドゥ本のなかに「ナンディーバルティ」というサドゥが分散して四点登場します。彼は見るたびに印象が変わる不思議なサドゥです。何を考えているのかはまったく不明ですが。題して「ナンディバルティを探せ…」ということで、サドゥ本をお持ちの方は、キチュリワラ氏とともに、ぜひ探して楽しんでみてください。

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今回の写真はタントラの神シヴァ。アラハバードサンガムにて。

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サドゥ本は精神世界(?)

Haridwar445

寒い日が続いていて、ますますインドに行きたくなってしまう。というわけで、今回の写真は、ハリドワールの夏から、シヴァ神の三叉槍。こういうのを見ると少し落ち着く。今度インドに行ったら、でかいのを買って帰ろうかな、などと真剣に考えてしまう。税関が問題だ。

サドゥ本のほうは、まだ全部は行き渡ってないようだが、うちの最寄の、あまり大きくない書店でも見かけるぐらいには浸透しているようだ。紀伊国屋書店のHPを見ると、新宿本店、南口店とも品薄のようだから、ちょっとは売れたのだろうか。アマゾンも品薄が続いていて、今現在は品切れ。すぐに入荷されると思われるが…。

前々回の記事で、紀伊国屋では精神世界の棚にあったと書いたが、ジュンク堂でも精神世界コーナーになった。予期しないことだったが、まあ、悪くはないのかな。一部の書店をのぞけば旅行本コーナーは縮小の一途をたどっているようだし…、よく見ると、サドゥ本は旅行本コーナーっていう柄でもない。だからといって精神本ともちょっと違うわけだが、…そう考えると、サドゥはどこへ行っても周囲に同化しない存在だな~と、あらためて思ってしまう。これは本を作った僕の責任というより、被写体である(天邪鬼)サドゥたちに原因があるだろう(だから撮ったんだけど)。

ちなみに精神世界の次は、たぶん写真集コーナーが有力だ。最寄の書店でも写真集として扱われていた。こちらは素直にうれしい。ずっと写真をやってきたわけだから、この日をずっと夢見ていた、と一応は言えるのかな。ただし、棚の前はいつもガラガラだが…。

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サドゥ本に関して、すでにいくつか読後の感想をいただいています。読まれた方で、面倒でなければ、コメントでもうちのメールアドレスでも結構ですので、感想をお送りください。今後の活動の糧、そして参考にさせていただきたいと思っています。

それから、サドゥ本の編集とデザインを担当していただいた草下シンヤ氏のブログでも、サドゥ本に関して記事が出ているので(うちで未発表の写真も少しあります)、ご覧ください。


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インド舞踏家バジパイさん

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インド舞踊家の写真を撮る機会があった。

インド大使館に招聘されているギャネンドラ・バジパイさんである。ある人を介して一週間ほど前に一緒に食事をし、先週の日曜日に、インドネシアの新年会で踊るというので、さっそく出かけて写真を撮った。新年会は学校のステージで行われたので、照明があまりに暗く、また、バジパイさんの踊る時間はわずか10分とあって、舞台ではいい写真は撮れなかったが、メーキャップの場面でおもしろい写真がたくさん撮れた。そのうちの一枚。

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鏡に映るバジパイさんである。

はじめて会ったときは、舞踏家としての特殊性をさほど感じたわけではなかったが、メーキャップをはじめると、突如キャラクターが変貌していく。舞踏の世界にはまったく不案内だが、一流を言われる人たちはさまざまな顔を隠し持っているものである。

バジパイさん一家との交流で、久々に「インド!!」という時間を過ごせたのはもちろん楽しかったが、どうやら、「この人を撮りたい」という欲求がムズムズと湧き出てきてしまった。バジパイさんの事情があるので先のことは分らないが、またおもしろい機会を探してみたい。

バジパイさんのプロフィールがありましたので、こちらからご覧ください(IEO国際交流団体のHP)。

最後の写真は、バジパイさんと長女のシュレヤちゃん。彼女も舞踊家を目指している。

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サドゥ本発売されました

Haridwar777

昨日、アマゾンをチェックしたら、「サドゥ 小さなシヴァたち」がすでにあった。あれっ、発売している。しかも、すでに順位が表示されているということは、誰かが買ったということだろうか。なんて他人事のようだが、彩図社のHPにも18日発売との記述が登場…。24日かと思っていた。それで今日、新宿に出る機会があったのでさっそく紀伊国屋書店新宿南口店へ。

しばらくうろうろするがどこにもない。彩図社のほうからは旅行本、あるいはサブカルチャー、と言われていたが、まだかな…、と思ってそれでも一応検索してみると、「在庫あり」の表示が。さらに詳細を見ると、なんと「精神世界」のコーナーに置かれているらしい。

なぜ「精神世界」、と思いつつもとりあえず向かうと、はしっこのほうに、それでも一応、平積みされていた。その後、本店も見てみたが、こちらもやはり精神世界コーナー、ただし二冊だけ。ちなみにジュンク堂はまだ入荷されていないようだ。

それにしても精神世界ってどうなんだろう。サドゥ本の帯の言葉に、「放浪修行者」「ヨーガ」といった言葉があるから、精神世界本と判断されたのだろう。サイババを買いにきた人が、ふと魔がさしてサドゥ本を買うってことなのか…。ほかの書店では、どうなるのか分らないが、まあ、いろんな棚に置かれれるのも悪くないかも…。それに来週になったらまた変更があるかもしれない。

何か分ったらまた報告します。もし紀伊国屋書店に行く用事があったら、ぜひ精神世界コーナーにもお立ち寄りください。ちなみに他の支店では、札幌と大阪梅田。少ないのはまだ発売されたばかりだから(…と思いたい)。

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今回の写真は、ガンガーの聖地ハリドワール。ヒマラヤ巡礼の行き帰りに何度となく立ち寄った思い入れの非常に強い街。サドゥ本にも少し登場する。今回の写真は本とは関係ないが、ガートの外れのあばら家に暮らす聖職者が夕方の礼拝をしているときの様子。

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久しぶりにサドゥ本のバナー。

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神様大集合

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本家chaichaiに「インドの神々」というページを作った。もともとうちは神様系記事が豊富にあるのだが、セレクトがかなり偏っている。というのも僕自身がシヴァ派だから(?)、どうしてもシヴァ系の記事が多くなる。しかしそれでは見る人に不親切かと思って、一応、身びいきなしに概要なるものを作ってみようと思って完成したのが「インドの神々」ページである。

ついでに各ページの最後尾に「神様記事へのリンク集」を貼り付けた。これでいろいろページをめくっていくと、なんとなく神様のことが分ってくる、という仕掛けになっているわけだが、この仕掛けに少し問題がある。ページ内リンクというのかな…、つまり、あるページの特定の場所に誘導するようなリンクが多数あり、もしかすると混乱をきたしてしまうかもしれない。一種の伏魔殿のようになってしまっているわけだが、まさにそれこそが多神教インドの真の姿だと開き直っておこう。

ところで、神様記事が多いからといって僕はとくに神様オタクというわけでもない。長いあいだ聖地中心に旅していたので、自然と名前などを覚えただけである。ただし名前は知っていても、形を特定できない場合がかなりある。とくに女神だと、カーリーやドゥルガーなどをのぞけば、顔は一緒で、彼女たちの格好や持ち物によって神様を特定する、といった技術が必要になるわけだが、そういうのはちょっと苦手である。むしろ、それを勉強しようと思って、「博物館で出会ったインドの神様」シリーズを作ったという経緯もあった。

神様系記事はどれも浮世離れしたものばかりだが、浮世に疲れた~、というときはぜひ遊びに行ってみてください。ちなみに今回の写真はアラハバード、サンガムで行われたマグメーラ(祭)のために作られた神様コーナー。単なる展示物ではなく、これは正真正銘の神様。有名どころがずらりと並んでいるので、一挙に全部拝めてしまうという、とても便利な祭壇となっている。

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クナババごめん

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上のぶれぶれ写真はクナババとその愛犬。クナババとはガンガー巡礼の旅で二回出会って、世話にもなって、その上、写真もいっぱい撮ったのに、サドゥ本に登場させることが出来なかった。彼とは年齢が近いこともあって、妙な親近感があった。それでいろいろ工夫したのだが、構成上、どうしても無理だった。

クナババほどではないが、やはり掲載したいと思ったのにできなかったサドゥが何人かいる。あと50ページぐらいあったら、みんな掲載できたかもしれないが、それはどだい無理な話だ。いつか「サドゥ2」を作れる日があったら、みんな掲載しよう、なんて思っても、その頃にはさらに思い入れの強いサドゥが増えてしまって、また困ってしまうんだろうな~。

クナババとヒマラヤで最後に別れるとき、「シヴァ~(柴田)、今度クンブメーラ(サドゥの大集会)に来るときは安いコンパクトカメラを持ってきてくれよ~」と言われて、それには生返事をしておいたのだが…。それでも気になって、クンブメーラに行く前、中古カメラ屋をまわってみたが、意外と高い。ジャンク品だったら1000円で買えるが、まさか使えないカメラを渡すわけにもいかない。

「なんでクナババだけにカメラを買っていかなあかんのや」と思って結局やめてしまった。そのかわりにヒマラヤで撮った彼の写真はたくさんプリントした。カメラのことを何か言われたら、「忘れた」と言っておこう、とは思ったが、若干気は重かった。しかし一ヵ月後、クンブメーラの会場に彼の姿はなかった。

クナババは典型的野良犬系サドゥ、来れば適当な道沿いの河原で暮らしているはずだ。会えなかったということは、彼は来ていなかったということだろう。そう思うと、なんとなく寂しかった。結局写真も渡せずじまい…。

それにしても、…サドゥという存在はなぜか忘れがたい。とくに友達というわけではなくとも、心にずしんと来るものがある。彼らのちょっとした心づかい、親切、あるいはその姿形が忘れられないものになってしまう。我々凡人とは存在の密度が違うというのか、よくは分らないが…。

「サドゥのテントにお邪魔して楽しかったです」というメールを知らない人から何度かいただいたことがある。テントに数時間座ってチャイをもらった、というたったそれだけのことが思い出になってしまう。もちろん、個々のサドゥによって存在の密度はそれぞれ違う。親切でも思い出に残らないサドゥもいる。それは凡人に近いということだろうか。

密度の濃いサドゥと一緒にいると、ただ座っているだけで、インドの伝説を旅しているような気分になる。覚めていながら夢を見ているような感じだろうか。次元が違うのである。インドという国自体、たとえば日本とはだいぶ次元が違うが、サドゥはさらに遠い次元に暮らしているかのようだ。

僕は彼らとともにいることで、彼らを通してふと伝説の時間に紛れ込む。それがあるから、大変でもまたサドゥに会いたいな~と痛切に思ってしまう。そんな人たちが今もたくさん存在することが奇跡のような話ではある。

それにしても、クナババは今頃どうしているんだろう。相変わらず野良犬のように、インドのどこかをほっつき歩いているんだろうな。またいつか彼と再会することがあったら、今度こそびしっと良い写真を撮らなければ…。

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サウンド付きスライドショー

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最初に…、サドゥ本紹介のサウンド付きスライドショーを作りました。ぜひご覧ください。

スライドショーを作るのもかなり大変だったが、サウンド付きというのはさらに重荷だった。第一、音源がない。サウンドはナッシュスタジオという会社から買うことで解決したが、せっかくダウンロードしたサウンドをどうやってフラッシュに組み込むかさえ分らない。というか、フラッシュの機能をほとんど知らないままスライドショーを作ったものだからどうしようもないのだが、最初から勉強するのはさらに苦痛だ。

それから半日、ああだこうだ、とやっていたら、何とか組み込むことが出来た。本当はサウンドオンとかサウンドオフとかをボタンで制御したかったが、これ以上やっていたら頭がおかしくなる、ということであっさり降参。別ページにした。とりあえず出来上がったものをHPに組み込んでこちらは完成したが、次のステップで完全に壁にぶち当たってしまった。

スライドショー製作はじつは、宣伝用にユーチューブに投稿してみれば、というある人のアドバイスで始まったものだが、最後の砦であるユーチューブ投稿がなぜかことごとく失敗している。何度か挑戦して、ファイル形式が違うということだけ理解できたが、「どうやってファイルの変換をすればいいの」というのがさっぱり分らない。しかしこれは友達に相談して、変換ソフトがあるということでこれをダウンロードし、変換。やれやれと思ったが、それでもユーチューブは受け付けない。

ファイル形式が違っていたときは、「ファイル形式が違うよ」みたいな不親切なアドバイスがそれでもあったが、今は、「失敗しました」の一文のみ。もともとほとんど理解もなく作っているのだから、もうお手上げである。ということで、気分転換にこの記事を書いている。ユーチューブに入れ込んでいても埒があかないので、しばらくのあいだ忘れることにしよう。

昔から数学、物理、英語などの「暗号もの…?」が苦手であった。大学を卒業できなかったのも、第一、第二外国語があったためだ。その外国語は、当初の予定から大きくずれて、外国ばっかり行くことになってしまい、あとで後悔するはめになったが…。パソコンなんかも、最初はワープロとパソコンの違いも分らなかったが、今はパソコン漬けである。こんなことなら「暗号もの」をしっかりやっておくべきだった。英語もパソコンもやればかなりおもしろいわけだし…。まあ、今さら後悔してもはじまらない。

英語にしろ、HP作りにしろ、僕の場合は、なんというのか、非常に少ない単語や機能で、あとは感覚的にやってしまうという癖がある。英語に関して言えば、ときどきインドの客引きあたりから、「お前の英語は素晴らしい」と絶賛されることがあるが、それは誤解である。というか、こちらの英語は全部、インドの客引きあたりから覚えたものなので、彼らの知らない単語は僕もまた知らないし、相手がどんな単語を理解しているかだけは知り尽くしている。なかには、意味も分らず長年使いこなしている単語もあったりして、一昨年、仕事でスイス(スイス人は英語が得意です)に行ったときは、どうしよう、と思ってしまった。何といっても、こちらはインドの客引き仕込みのめちゃくちゃ荒っぽい英語である。しかも無意識にヒンディーやネパリーが混じってしまう。

基礎からやったほうがいいのは分るが、性分だから仕方がないか。こんないいかげんな人間だからサドゥ写真だけは撮れるわけだし…。しかし、次からはちょっと動画もやってみたいな、と思っているので、フラッシュぐらいは勉強しなければ。

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今回の写真はとくに記事とは関係ありません。聖地ハリドワールのアラティ(夕方の礼拝)の様子です。夏は毎日、こんな感じで盛大にやっています。

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サドゥ本完成

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朝、サドゥ本完成の電話があった。それでさっそく出版社に本を受け取りに行く。

印刷まで立ち会ったからおおよその想像はついていたが、実際、本を目の当たりにしてあらためて感動。というか、まったく奇妙な本を作ってしまったと実感する。「奇書」と言われたい。

ということで、本の中身の写真を一点紹介しておきたい…

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(蛍光灯の下で撮ったので、光ってしまっている部分があります)

いきなりですいませんが、こんな感じのページもある。印刷会社のオペレーターの人から、「この写真、大丈夫なんですか?」と心配されたが、サドゥは神様だからノープロブレムである。このページはかなりお気に入り。このページに限らず、色には気をつかって写真をセレクトしている。やはりきれいでないと…。実際、サドゥはかなりおしゃれだし。

ちなみにサドゥ本、なんとハードカバーである。発売予定はまだはっきりしないが、早くて19日、間に合わなかったら22日の午後か23日との予定。地方だと、1日ぐらい遅れるかもしれないとのこと。決まり次第、また報告します。

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サドゥ本についての詳細ページは下のバナーからお入りください。

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オートリクシャー

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贅沢にもリクシャーが好きだ。とくにオートリクシャー。タクシーに比べるとスピードは遅いが、車体が小さく、振動が大きいから、思った以上に早く感じる。オートリクシャーが縦横無尽にインドの街を走る姿は、すばしこい甲虫類のようでもあり、ちょっとおぞましいところが魅力になっている(おぞましい甲虫類といえばやっぱり南京虫か)。

窓がないのもいい。風を感じられる。もちろん排気ガスなんかも吸いまくりだが、排気ガスの臭いは僕にとってはまさしく旅そのもの。排ガスとドブの腐臭と香辛料とお香と古い揚げ油とインド人の体臭が混じりあった、なんだかわけの分からん臭いが旅の原点。

そんなインドを、うるさいクラクションとともに走り抜けるのがオートリクシャーの魅力である。

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新年早々

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新年早々、というか年末から始まったのだが、頻繁に変てこなコメントが寄せられるようになった。完全な嫌がらせというほどではなく、「おもしろいブログですね。更新がんばってください」などと適当に書かれていて、その人のURLが貼り付けられている。それでURLを確認すると、かならずといっていいほど同じフォーマットのブログに、世相や商品にたいする記事が三つあり、そのとなりには派手にグーグルの広告。プロフィールやコメント欄などはない。

さて目的はなんだろう?最初はグーグル広告への誘導かと思ったが、それはあまりに非効率的。おそらく、あちこちにリンクを貼ることでページランクを上げ、検索に引っかかりやすくした上で、広告をクリックさせようという魂胆だろう。これで儲かるのかどうかは不明だが…。

IPアドレスが違うので、コメントを書いてくるのはみんな別人である。どうやら雇われているようだ(そういえば、おそろしく安い報酬で、ブログライターを募集しているのを見かけたことがあるから、それかもしれない)。彼らは決まったキーワードの組み合わせでブログを探し、片っ端からコメントを書いていく。ただし一部の人は、わずかだが記事を読んで、それなりのコメントを寄せてくる。罪悪感があるのだろうか。ちょっと哀れな感じもするが、金儲けの手助けをする理由はないので、コメントは容赦なく削除している。

それにしても、新年早々から迷惑なコメントを書き続けるというのも、どんなものだろう。そういう人には、ぜひぜひ、サドゥの爪の垢でも煎じて飲んでもらいたいと願うばかりだが、免疫のない人はショックで死んでしまうかもしれない。

いずれにしろうちは迷惑なので、魔除けにクンブメーラの写真を二点、アップしておいた。顔が怖い坊主の彼はじつは下っ端なのだが、偉そうに歩きタバコをしながらの行進、…でも、うしろのサドゥは満面の笑みである。サドゥは自分にも他人にもじつはかなり甘い。なんともおおらかな世界だが、だから彼らは自分に嘘がない。いつも本音で、のんべんだらりとやってきたから、サドゥの世界は五千年も続いてきた。嘘ばっかりついているとだんだん人生が虚しくなる。

余計なお世話かもしれないが、迷惑コメントを書いている方たちも、もしよかったら、小銭をためてインドに行かれては…。他人にインドを勧めることは普段しないのだが、人生虚しいな、と思っている人には、あえて勧めてもいいかな、と思っている。インドは傲慢な人にはきついが、傷ついた人には優しい、という傾向があるような気がする。ただし相性があるので、何があっても責任は一切取れないが…。

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インド行きを検討するなら参考までにサドゥ本を読んでネ。


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夢うつつ

Umi7474

年末に風邪をひいて昼間から寝ていたら、たくさん夢を見た。夢に疲れて、ちょっと起きて、ぼんやりテレビを見ていたら、ふっと昔へとタイムスリップして、あれあれ、と思う間もなく現代に戻ってきた。ちょっとした白昼夢か。あまりに一瞬だったので記憶があいまいだが、どうやら5歳か6歳の頃へと飛んでいたような気がする。10年、20年前に飛ぶことはあっても、幼児期へ飛ぶことはほとんどないので、なぜか得したような気分になった。

それからも、なぜか夢ばかり見て、気がつけば、どれが初夢だったか、結局分らずじまい…。今年はなんだか変な正月である。スカスカの東京の街を歩くのも気持ちいい。

さて、今日の写真は去年の春に行ったインド最南端カニャークマリ。天気が悪くて、ときに嵐のなかを駆け巡ったりもしたが、刻一刻を色を変える空がひどく幻想的で、ずっと夢の中にいるような気分だった。結果としては、不思議な雰囲気の写真がたくさん撮れたし、旅としても悪くなかった。

それにしてもインドはまだまだ行きたいところだらけだ。つづけてサドゥもやりたいし、デカン高原にも未練がある。それに幻想的な夜のインドを軸に旅してもみたい。…小説「インド夜想曲」みたいに…。さらに南、実際行けば、暑い暑いと文句を言うに決まっているが…。あとネパール、それにヒマラヤのチベット文化圏も…。

こんなに行きたいところがあるのに、今のところ、旅の予定はたたず…。仕方ないからまた寝て、夢の中でインドでも旅するか…。

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謹賀新年

Sangam894

あけましておめでとうございます。

去年の正月は、インド・アラハバードの名物屋台スパイシーバイツでチキンビリヤーニ(インド風ピラフ)だったのですが、今年は麻婆豆腐にしようかな、などと考えながら、あいかわらずインド写真を見ています。サドゥ以外の写真を整理しなければ、と思いついて、そのまま年を越してしまいました。去年同様、インドと写真の話題ぐらいしか出来ませんが、今年もよろしくお願いします。

上の写真はアラハバード・サンガムのクンブメーラの様子。

ナガババ軍団が飛び出す前に、とりあえずお偉いさんが乗った車が、列をなして周遊していたときの様子です。って、知らない人には完全に意味不明か。

意訳してしまうと、大変神聖な朝に撮った写真、ということになります。


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