天国への道

Tengoku001

(写真はクリックすると大きくなります)

表題の「天国への道」は、水俣病を撮ったことでも知られるドキュメンタリー写真家ユージン・スミスの有名な写真のタイトルだと記憶している。少年と少女が林の向こうへ歩いていく、その後ろ姿を撮った写真で、名前は知らなくても、見た記憶のある人は多いだろう。

あの写真は、誰もが思い描く子供時代の記憶があって、それで見る人に感動を与えてきたと思うが、ヨーロッパの昔の名作に共通しているのはやはり「記憶」だろうか。街の記憶、闇の記憶、アジアの記憶…等々。

「決定的瞬間」で有名なブレッソンは僕も好きだが、好きなのは決定的瞬間の部分ではなく、それ以外の、…なんていえばいいのか、写真から漂う余韻のような部分だ。はじめてブレッソンの写真を見たとき僕はヨーロッパを知らなかったが、どれを見ても「懐かしい」という感情が湧き起こった。

今回の写真はガンジス川へ向かう群集。場所はアラハバード・サンガム、サドゥの大集会クンブメーラの舞台。

これは去年撮った写真だが、はじめてインドに行った17年前の前年、つまり18年前だが、ある夏の日に、突然「人間が見たい」と思い立ち、頭の中にこの写真のような映像が浮かび上がった。それがインド行きの直接のきっかけになった。

そんな記憶を頼りにはじめてアラハバードを訪れたのがたしか10年ぐらい前で、それでも飽き足らずに、三度この地を訪れた。去年は当然サドゥを中心に撮ったが、サドゥがまだ寝ている早朝などには、ひたすら群集を撮り続けて、おととしの写真と、10年前の写真をあわせると、膨大な量の群集写真(群集とガンジス)がうちにはある。そのすべてが、まだインドを知らない頃にふとあらわれた記憶から生まれたものだと考えると、とても不思議だ。

しかし考えてみると、群集だけではなく、たとえばサドゥもヒマラヤもデカンのジャングルも、それからネパールの村も、みんなインドに行く前から頭に何度となく浮かんでいたものではなかっただろうか。

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サドゥサドゥ…(狂)

Shiva778

サドゥ本出版から二週間近くたったというのに今だサドゥが頭の中をぐるぐるまわっている。サドゥネタとは違ったことを書きたいのだが、これがまったく思い浮かばない。非常に困った。今書きたいのは、結局サドゥのことだけなんだろう。ネタもたくさんあるんだが、これはいつの日か、実現するかもしれない「サドゥ2」のためにとっておきたい。

というわけで今日はただのぼやきです。

それにしても、若いうちにサドゥを撮らなくてよかった。「虎口にいらずんば虎児を得ず」なんて調子でやっていたら、間違いなく「ミイラ取りがミイラ」になっていた。それもまたよかったのかもしれないが…。

そういえば、ある日本人サドゥに、「サドゥにはならないんですか?」と聞かれて一瞬口ごもり、「やっぱり勢いみたいなものが必要でしょう…」と意味不明の答えを返してしまったことがあった。

まったく意味不明である。普通に「サドゥになんかなりませんよ」と返答すればいいのに、どうして曖昧な返答をしてしまったのか。勢いがあったらサドゥになりたいわけなのか。まったくよく分らない。

自分ではきわめて冷静な態度でサドゥを撮っていたつもりだったが、そうはいっても、かなり脳に響いているのかもしれない。軽い(?)サドゥ病である。一番よい治療法はサドゥ以外で夢中になれるものを見つけるのが手っ取り早いはずだが、本人は、「まだまだサドゥだ!」と心ひそかに思っているような感じだから、まったく自分でも手に負えない。今後もちょくちょくサドゥネタが登場するかもしれないが、あいかわらずのサドゥ病患者だな~と大目に見てやってください。

今日は写真はアラハバードサンガム。クンブメーラのサドゥテント。サドゥテントは火が中心だが、これがまたたまらない。


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謹賀新年

Sangam894

あけましておめでとうございます。

去年の正月は、インド・アラハバードの名物屋台スパイシーバイツでチキンビリヤーニ(インド風ピラフ)だったのですが、今年は麻婆豆腐にしようかな、などと考えながら、あいかわらずインド写真を見ています。サドゥ以外の写真を整理しなければ、と思いついて、そのまま年を越してしまいました。去年同様、インドと写真の話題ぐらいしか出来ませんが、今年もよろしくお願いします。

上の写真はアラハバード・サンガムのクンブメーラの様子。

ナガババ軍団が飛び出す前に、とりあえずお偉いさんが乗った車が、列をなして周遊していたときの様子です。って、知らない人には完全に意味不明か。

意訳してしまうと、大変神聖な朝に撮った写真、ということになります。


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ふたたびインド

Sadhu88

明後日17日からふたたびインドです。取材なので残念ながらサドゥーではありません。
サドゥーのいないインドは約二年ぶり。彼らがいないとまた別の国みたいです(笑)
帰国は4月15日の予定です。
旅行期間中、何かありましたら、下記のメールアドレスにご連絡ください。

shibata1413chai@hotmail.com

さて、写真はもちろんクンブメーラー。2/27の記事、「土を投げられた」あと、
知り合いのナンディーバルティーババが心配してやってきた。
お得意の「OK!大丈夫」のポーズです。
彼の言うとおり、カメラも大丈夫だったようですが、そんなサドゥーたちともしばらくお別れ。
なんだかちょっと寂しいですね~。
というわけで写真も軽くセピア調に…。

クンブメーラー、まだぜんぜん紹介していないけど、ブログでの記事としてはとりあえず終わりかな。

帰国後は、また違った視線からインドを紹介できれば、と思っています。

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土を投げられた

久しぶりにクンブメーラー。
まるで戦場のようなところだったけど、
何故か懐かしんだな~、これが。

こんなひどい目にもあったけど…

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霧の中から登場したナガババたちを撮っていたら、突然何かの衝撃が。
怒ったサドゥーから土を投げられ、二台のカメラが土まみれに。
幸い、土が適度に湿っていて、適度に乾燥していたため大事には至らなかった。

ちなみに投げたのは画面右よりの大男。
五分前にも別のサドゥーからやられたので、これで二回目だ。
野獣と化したサドゥーだから仕方がない。

このあと急いでカメラを掃除し、気を取り直して最後尾のふんどし組を追いかける。

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画面上の汚れは投げられた土のかけらです。


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ある朝の風景

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ガンジス川の旅に一応区切りをつけたつもりだが、その整理をする傍らですでに次の旅をぼんやり考えていたりする。落ち着きがないのは昔からだが、年を多少とって、かえってその傾向に拍車がかかってきたような気もする。今38だが、旅に出ているあいだは若い頃よりずっと元気だ。このあいだの旅では途中で目覚まし時計を失くしたが、そんなものがなくても、朝5時くらいには自然と目が覚めた。それで真っ暗なうちから外へ出掛ける。

アラハバードでも三週間の滞在のうち半分くらいは早起きした。写真はそのうちの、ある朝の風景。サンガムに入る頃から霧が発生して、視界10メートルくらいの世界を、街灯の光だけを頼りに歩いた。
しばらくすると、突然、空を覆っていた霧が引いていき、赤く染まった浮雲がいくつも見えた。それでも下のほうにはしばらく霧が残って、写真のような幻想的な光景が20分ほど続いた。

サンガムでは今回五回、霧の朝を経験したが、この日が一番印象的だった…。

それにしても、こういう風景のなかを歩くたびに旅にいる幸せを感じる。
旅をやめることなんて、とても出来そうもない。

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ハリ・ギリ・ナガ・ババ

Shahinsnan999

クンブメーラー写真の整理もようやく一段落。
人から見れば変てこな写真なのかもしれないが、僕にとっては15年越しの夢。
写真を始めた当時、確か1993年だったと思うが、ウジャインで行われる予定だったクンブメーラーを見ようとネパールからインド、ヴァラナシに下ったが、すでに四月、あまりの暑さに負けて、ラダックへと逃れた。
そのままウジャインに行っていても、病気でもして途中で逃げ出したか、サドゥーに洗脳されてチェーラ(弟子)にされていたかも。

写真はクンブメーラーのメインイベント、シャヒントナンの一場面。シャヒントナンの意味は良く分からないが、裸のサドゥーたちが行進して、ときに暴れる。アラハバードでは、期間中、これが三度行われた。

真ん中、下のほうでポーズをとっているのは今回出会ったババジ。彼のテントの近くを通るたびに「来い、来い!」と呼び止められ、何杯もチャイをいただいた。
名前は、ハリ・ギリ・ナガ・ババ。

あと、やけに坊主頭が目立つのは、サドゥーの入門式などを経た新人たちが多いため。
入門式はサンガム(アラハバード)でのクンブが主体となるため、アングルによっては坊主だらけになってしまう。
誤算といえばこれが誤算だった。
ドレッドサドゥーだけで画面を埋め尽くしたかったが、うまくいかなかった。
とはいえ、坊主頭も数年後には格好いいサドゥーになっていることだろう。

次回のクンブメーラーは2010年ハリドワール、みんな、格好いいドレッドサドゥーになってるかな???

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クネクネ

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クンブメーラーの熱狂いまだ覚めやらず、といった気分ですが、久しぶりにchaichaiトップページの写真を変更しました。上の写真がそれです。さすがに素っ裸は使えないし、かといって、たんに美しい風景というのもつまらない、ということでこの写真になりました。

銃を持つサドゥー、クネクネといいます。いつもクネクネして、グルバイ(兄弟分)が「アイエ、アイエ(来い、来い)!」と呼びかけても、クネクネしながら歩き去っていくからクネクネです。いつも腫れぼったい目をしてクンブ会場をうろうろしていましたが、じつはこのサドゥーとは、去年の夏、ヒマラヤ、ケダルナートで初めて会い、今度で二回目です。山ではもう少しまともそうな気がしましたが。大麻の吸いすぎで頭が壊れてしまったのか。

このクネクネ、同僚サドゥーのあいだでも結構人気が高いようです。ほかのサドゥーに彼の名前を聞くと、「ダンダースワミ・キチュリワーラー」という名前だそうです。「ダンダースワミ」はともかく、「キチュリワーラー」というのは「粥屋」といった意味です。意味が分かりませんが、クネクネに聞いてみたところで、彼も何を言っているのかよく分からないので、まあ、粥屋ということでいいのかな。

写真では銃を構えていますが、これはクネクネの小屋に大麻を吸いに来た軍人さんの銃を取り上げてポーズをとったところ。いつも思うことですが、サドゥーには武器がよく似合う。サドゥーはやっぱりシヴァなんだな~と感じる瞬間です。

ちなみに、クンブ会場では軍人も警官もサドゥーの手下みたいなもので、「貸せ!」といわれれば銃でも何でも貸さなくてはいけない。
軍人さんのほうでも職務中にのこのこ大麻を吸わせてもらいにクネクネの小屋にやってきたので、決して拒否出来ない。
いずれにしろ、サドゥーに言わせれば、「俺が神だ。俺が法律だ」といったところでしょう。


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世界の中心サンガム

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映画「世界の中心で、愛をさけぶ」で登場したのがオーストラリアのウルル(エアーズロック)だった。テレビでこの映画を見たとき、ちょうど「アボリジニの世界」(青土社)という本を読んでいたのでひどく印象に残ったのを覚えている。「アボリジニの世界」の著者ロバート・ローラーはインドにも長く住んでいたらしく、インドとアボリジニとの関連、とくにサドゥーとの関連について紹介していて、それでとくに興味を惹かれていた。

世界の中心がどこであるのかは人それぞれだと思う。日本人なら富士山こそが世界の中心だと感じるかもしれないし、チベット好きならなんといってもカイラスだと感じるのだろう。
ところで僕にとっての世界の中心はといえば、やはりインドの中からそれを見つけたい。インドに何かがあると思ってきたからこそ、長く旅を続けてきたわけだし、それは当然のこと。
インドにはいくつも神秘的な場所があるが、そのなかであえて中心だと思えるのは、やはり今回の旅で訪れたサンガム(アラハバードより約5キロ)だろうか。
ガンジス川とヤムナー川、それに地下から流入する伝説のサラスヴァティー川が合流する中州の島を中心に広がるメーラーグランド(祭会場)の風景は、インドで見たどの風景よりも印象的だ。

サンガムには、毎年行われるマグメーラー祭にあわせて過去二度訪れていたが、この地で六年ごとに行われるクンブメーラー祭(今回見たのはハーフクンブといわれるアラドクンブ)をこの目で見たい、ということで今回の旅は実現した。

クンブメーラーについては書くべきことが多すぎるので、また次回以降で。
写真については、メーラーグランドに入るあたりの土手からの夜景。普段は何もない寂しい河原だそうだが、祭りの期間中には数十万人を軽く収容できる巨大なテント都市が出現する。
今年はクンブメーラーとあって、例年にも増して夜に明るく輝いていたのが印象的だった。田舎から出てきた巡礼などが見れば天国と見間違えるような光景だろう。
もちろん僕にとってもそれは特別なものだった。
世界の中心サンガムに三週間あまりも通い、ときには泊まっていたのが、帰国した今ではなんとなく夢のようでもある。

主要な行事は終了してしまったが、サンガムのメーラー会場自体は2/16のシヴァラットリーまで維持されるらしい。巡礼者もたくさん訪れるようなので、もしヴァラナシにいあわせるような人がいたら一度足を運ばれては、と思います。
バスで約三時間、夕方に到着するようなら是非左手窓際の席で。

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