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お狐さんには油揚げ

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前回に続いて伏見稲荷の話。

お山めぐりのメインルートを外れて、まず人が通らないような草の中の道をしばらく行くと、なんと袋に入った油揚げ(関西では、「お揚げさん」)が道の脇に置かれていた。忘れて帰ったとは思えないから、これもお供え物だろう。しかし周囲はただの草むらで、鳥居も狐もない。ただし、鳥居の跡があり、そこに油揚げが置かれていたのである。もしかすると、そこに昔、思い入れのある鳥居か、塚があって、ときどきこうやって油揚げをお供えしてるのか、と想像してみた。

「お腹空いてるやろな~。かわいそうやな~」

などと言いながらお供えしているに違いない。

別の塚では、蝋燭を忘れたおばさんが一生懸命謝っているのを見かけた。

「ごめんな~。忘れてしもたわ。かんにんな~。ほんまにわたし、アホやから…」

と、延々謝りつづけていた。

熱心な信者は、メインルートからはずれた、すでに忘れ去られたような塚で見かけることが非常に多い。山中にはいくつか小さな滝があり、その一つで三脚を立てて写真を撮っていると、ちょっと怖そうなおばさんが、

「にいちゃん、悪いけど、お祈りさせてほしんねんけど」

と言ってきたりする。少し離れて、ぼんやりしていると、なかから般若心経などを、大声で唱えていたりして、驚かされる。一応ここは神社のはずだ。なぜお経なのか。そういうのは他にもたくさん見てきて最近は驚きもしなくなったが…。明治時代の廃仏毀釈でそういう伝統が潰されるまでは、非常に一般的な風習だったようだ。

あとおもしろいのは、普通神社では、二拍手、といって、二回、手を叩くのが一般的だが、ここに来る慣れた信者の中には、二拍手、掛の二倍、とか掛の三倍、つまり、四回とか六回、あるいは八回ぐらい、バシバシ手を叩いて、神様を強引に呼び出す。慣れない人が恐る恐るというのとは正反対で、神様に対しても非常に高圧的だったりする。ま、馴れ合いともいえるだろう。格式ばった、あるいはもったいぶったものではなく、要はお狐さんと共に彼らは生きているのだ。

インドあたりの聖地に行って、「インド人はなんて信仰心が厚いのだろう」などと、変に感心している旅行者が多いが、日本だってそんな風景はまだまだある、伏見稲荷はそういう発見に満ち満ちた場所だった。

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コメント

>ごめんな~。忘れてしもたわ。かんにんな~。
に思わずぷぷぷ、と笑ってしまいました。

関西のひとって、神様のことを「神さん、仏さん」って言うじゃないですか?

最初は「と、友達かいっっ!?」って思って面白かったです。

神社仏閣も「##さん」って言いますし、なんかご近所さんみたいで。


そういう私も、昔は近所のばーさんに
「お盆に川で泳いだらいかん。河童にひっぱられるで!!」と怒られました。
いろいろな場所に伝承があったりして、
昔話が今も息づいているような場所でした。

投稿: Mee | 2007.11.23 12:45

「神さん」は異次元の友達みたいな感覚なのかな。我々はこっち側の人間で、「神さん」はあっち側、ぐらいな…。八百万なので、「神さん」といっても、いろいろ格はあるんでしょうね。

僕も最初、伏見稲荷あたりで賽銭投げながら、こわごわ写真撮ってましたが、最近は、「また撮らせてもらいにきたわ」ぐらいの感じで撮り歩いてます(笑)

インドでも「生き神様」など撮っているから、「神さん」に慣れてきたんでしょうね。

>お盆に川で泳いだらいかん…

同じような話を奈良県の山奥出身の人から聞いたことがありますよ。日本の田舎もいろいろ旅したいのですが。

Meeさんは、四国でしたっけ。あれっ、勘違いかな。

投稿: 柴田 | 2007.11.23 22:38

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