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嵯峨野の秋

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いよいよ今日で11月も終わり。今年は久しぶりに京都で秋を満喫できた。

インドあたりに頻繁に行っていると、なかなか日本を楽しむ機会がない。京都はまあ、楽しかった。

今回は「秋」の連作。撮影地はすべて嵯峨野です。

ちょっと暗い写真がつづいていたので、たまには一般的でさわやかな写真(?)をどうぞ…。

一番下の写真は嵯峨野のどんつき、嵯峨鳥居本。近くに化野念仏寺や愛宕念仏寺など、あの世と関係の深い寺が二つある。化野念仏寺はお盆行事で有名だ。

それにしても、今年の紅葉は悪かった。行った時期が少し早かったのもあるが、秋が暑かったせいで、全体的に葉枯れしてしまった状態。ま、僕は紅葉を撮るわけではないの撮影に支障はないが…。

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「点と線」の感想

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昨日の記事で、ドラマ「点と線」の感想を書き忘れていた。

とてもよかった。

それだけかっ?って言われそうだが、あえて書くなら、現代の場面はいらないと思った。最初から最後まで、松本清張の「黒い夜」で通してほしかったような気はする。

今回の写真は東京国分寺。土曜日に前編を見て、「黒い夜」が撮りたいなあ、と思って散歩がてらに昨日の夕方に撮ったもの。


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ドラマ「点と線」を見た

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一枚目、二枚目が写真が祇園、そして最後が先斗町。

京都を知らない人は、先斗町が読めない人もいるかもしれない。「ぽんとちょう」である。祇園も先斗町も縁のない世界だからさっと流して歩いただけ。そういえば、大昔に大学受験合格を祝って、たしか祇園のバーに関係のある友達のつてで、そのバーを貸しきって5人ほどで遊んだ覚えがある。貸しきったといっても、定休日に場所を借りただけだったが…。

ところで、昨日、今日と二夜連続で、ドラマ「点と線」を見てしまった。原作は松本清張。

松本清張は、旅行に行くようになってからはまって、かなり読んだ。どの作品にも共通するのは人間の悲哀、そして、「黒」と「夜」のイメージ。変な話だが、「夜」と聞くと、僕は松本清張と、これはイタリア人の作家が書いた小説だが、「インド夜想曲」を思い浮かべる。もちろん日本の夜とインドの夜はだいぶ違う。

また話は飛ぶが、今回、京都を撮りながら、何冊かの日本の推理小説を読んだ。残念ながら松本清張ではなかったが、本を選ぶさいに推理小説にしようと考えたのは、やはり「夜」と「黒」をイメージしたかったからだ。京都の歴史本でもよかったが、闇をじっくりとイメージしようとすると、それでは物足りなく感じてしまう。

読んだ小説のひとつはあえて昭和を舞台にしたものだったが、これがよかった。昭和と言ってもいろいろだが、ちょうど松本清張の頃の昭和である。

それにしても、気がつくと昭和はひどく遠く懐かしい世界になっている。子供の頃、まだ街角には演歌が流れていた。なんでこんな暗い歌を聞くのか、と耳をふさぎたくなるような気分になったのを思い出す。夜の街も今と比べると、やはりずいぶん暗かったような印象があるが、それは思い込みだろうか。

というわけで、今回の写真では昭和をイメージして黒を強くしてみた。京都は古い観光地なので、今でもどことなく昭和がただよう。とくに東山、つまり祇園、八坂神社、清水あたりが、とくにそういう印象が強い。有名な観光地なのでおしゃれな店もたくさんあるが、夕方が迫ると急に暗くなり、闇が濃いなあ、と思ってしまう。京都に限らず古い観光地ほどそうした傾向は強いと思うが…。

松本清張の小説でいえば、箱根などを撮ってみたいが、日帰りではあまり意味がない。黒い夜がなければ。かといって由緒ある旅館というわけにもいかない…。

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お狐さんには油揚げ

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前回に続いて伏見稲荷の話。

お山めぐりのメインルートを外れて、まず人が通らないような草の中の道をしばらく行くと、なんと袋に入った油揚げ(関西では、「お揚げさん」)が道の脇に置かれていた。忘れて帰ったとは思えないから、これもお供え物だろう。しかし周囲はただの草むらで、鳥居も狐もない。ただし、鳥居の跡があり、そこに油揚げが置かれていたのである。もしかすると、そこに昔、思い入れのある鳥居か、塚があって、ときどきこうやって油揚げをお供えしてるのか、と想像してみた。

「お腹空いてるやろな~。かわいそうやな~」

などと言いながらお供えしているに違いない。

別の塚では、蝋燭を忘れたおばさんが一生懸命謝っているのを見かけた。

「ごめんな~。忘れてしもたわ。かんにんな~。ほんまにわたし、アホやから…」

と、延々謝りつづけていた。

熱心な信者は、メインルートからはずれた、すでに忘れ去られたような塚で見かけることが非常に多い。山中にはいくつか小さな滝があり、その一つで三脚を立てて写真を撮っていると、ちょっと怖そうなおばさんが、

「にいちゃん、悪いけど、お祈りさせてほしんねんけど」

と言ってきたりする。少し離れて、ぼんやりしていると、なかから般若心経などを、大声で唱えていたりして、驚かされる。一応ここは神社のはずだ。なぜお経なのか。そういうのは他にもたくさん見てきて最近は驚きもしなくなったが…。明治時代の廃仏毀釈でそういう伝統が潰されるまでは、非常に一般的な風習だったようだ。

あとおもしろいのは、普通神社では、二拍手、といって、二回、手を叩くのが一般的だが、ここに来る慣れた信者の中には、二拍手、掛の二倍、とか掛の三倍、つまり、四回とか六回、あるいは八回ぐらい、バシバシ手を叩いて、神様を強引に呼び出す。慣れない人が恐る恐るというのとは正反対で、神様に対しても非常に高圧的だったりする。ま、馴れ合いともいえるだろう。格式ばった、あるいはもったいぶったものではなく、要はお狐さんと共に彼らは生きているのだ。

インドあたりの聖地に行って、「インド人はなんて信仰心が厚いのだろう」などと、変に感心している旅行者が多いが、日本だってそんな風景はまだまだある、伏見稲荷はそういう発見に満ち満ちた場所だった。

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伏見稲荷

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京都の写真というのはじつは昔にも何度かまとまった形で撮っている。これからどうしようという計画はまだないが、今回撮ってきたものを見ると、またいろいろと気持ちが動く。インドが最優先だが、さてどうしよう。

ところで京都を撮りはじめたきっかけ、というと、なんといっても伏見稲荷の存在だ。僕は生まれも育ちも宇治だが、すぐ近くであったにもかかわらず、伏見稲荷のお山めぐりにずっと縁がなかった。もしかすると、ごく小さい頃に行ったかもしれないが、自分で最初に行ったのは、たしか10年ぐらい前。すでにインドを歩いていて、あちこち、聖地なんかも見て歩いたあとだったが、それらがみんな霞むぐらい、伏見稲荷はすごかった。

伏見稲荷のことを簡単に書いておきたい。お稲荷さんは誰でも知っているが、その総本山である。場所は京都市伏見区。JRの駅を出ると、目の前に巨大な鳥居があらわれ、その奥に、立派な神殿を構える京都有数の神社だが、これはあくまで伏見稲荷の表の顔。

神殿の左手から奥へ、「千本鳥居」で有名なお山めぐりが始まる。普通に歩いて一周約二時間ぐらい。赤い鳥居のトンネルをくぐる写真が有名で、おそらく誰もが写真で見たことがある。まあ、あんなところもあるのだな、と知らない人は想像していくのだが、実際は山中、赤い鳥居だらけ、その数は小さなものも含めれば軽く数万、ともかく数え切れない。さらに「塚」と呼ばれる巨岩とお狐さんの彫像がこれまた無数にある。

上の写真は伏見稲荷の一部で、こんな風景が山中に広がっているわけだから、非常に不気味である。とはいえ、僕はかるく10回以上は山をめぐっているので、さすがに慣れた。というより、むしろ非常に落ち着くし、馴染む。今回の滞在でも2回行った。もっと行きたかったが、写真が鳥居だらけになってもまずいので、無理して他をまわっていたのである。しかし伏見稲荷を歩いたあとでは、なんだか退屈してしまったりして、まあ、それだけ伏見稲荷が強烈だということだろうか。

伏見稲荷は京都の代表的観光地とはとてもいえず、来ている人はだいたい地元関西の人らしいが、なぜか西洋人は多い。彼らは結構調べているのである。それで伏見稲荷に来た西洋人がどう思うのかは知らないが、失望して帰る人は決していないだろうと思う。


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京都から帰ってきました。

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今日の朝、京都から帰ってきました。
二週間にわたって一日も休まず京都中を歩きまわっていました。少々疲れ気味です。夜行バスに乗る最後の日の午後まで、なぜか山の中の崖を上り下りしていたりと、なんだか訳の分からない日々でした。当然、普通の観光コースからはつねに外れがちですが、詳しいことはまた次回からのブログで…。

今回の写真は京都北部の貴船神社。京都市内より谷をずっとさかのぼった、京都の奥の院のような場所です。いいところですよ。おすすめです。

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京都に行ってきます

今晩から京都に行ってきます。散歩三昧写真三昧の毎日になりそうです。

10月18日朝には戻ってくる予定です。滞在先ではたま~にネットカフェに行って、メールチェックする予定です。ただし、受け取れるのは下記のアドレスのみとなります。何かありましたら、こちらにご連絡ください。

shibata1413chai@hotmail.com

時間があったら、京都より記事を投稿するかもしれませんが、旅先ではネットを忘れてしまいがちです…。

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シヴァの谷間から

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久しぶりに「WATER DOWN THE GANGES」を聴く。
最初、ヴァラナシのCD屋でカセットテープを買って、それからまたCDも買って、以来、ヒーリングミュージックというのかよく分からないが、その手の音楽を聴くようになった。癒し、というより、もう少し神秘的な、何かの予言がこめられているような、不思議な旋律。

今日、ある人と先住民やジプシーについてメール交換していたら、いてもたってもいられないような気分になり、上の写真をアップしてみた。chaichaiに何度も登場しているデカン高原の森の聖地パチマリ。

4年前にはじめて行ったとき、先住民シャーマン風のおばちゃんが岩の上に座ってシヴァの歌「オームナマッシヴァ」を歌っていた。

一年前に再訪したときも同じ場所でまた「オームナマッシヴァ」を歌っていた。
谷に響き渡る歌声を聞いていると、シヴァの世界まで一っ飛び。

本当は「オームナマッシヴァ」を聴こうと思ったが、カセットしかなく、断念。
カセットを聴く機械が不調で、すぐにテープが巻きつき、めちゃくちゃにしてしまう。
今度、CDで買ってこよう。

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「WATER DOWN THE GANGES」ですが、ティラキタというインド雑貨のネットショップで買えるようです。

「WATER DOWN THE GANGES」はこちらのページ。プレム・ジョシュアのは結構持っているな~。Yatri、SHIVA MOONもかなり好きかな。Om Namah Shivay(オームナマッシヴァ)はこちらのページ。試聴も出来る。


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