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スイスの牛

Usiswitzerland01スイスでは人の写真はあまり撮っていない。断って撮ったのはたぶん5・6人かな。ちゃんと撮ろうとしたら結構大変だろうし、このあいだは別にそういう仕事ではなかった。とはいえやはり、たまには動くものを撮りたい。ということでよく撮っていたのが動物である。これなら、いちいち断りを入れる必要もない。

スイスでは一日トレッキングのようなことを5日ほどやったが、ときどき放牧地を歩いている牛や羊を撮っていた。写真はそのうちの一枚。山道を歩いていると、その脇に牛の群れ。僕はインドで牛や水牛に追い掛け回された経験があるから、慎重に道を譲りつつ撮影。たぶん、インドの牛のように凶暴ではないと思うが、油断は禁物である。

牛の耳たぶについている鑑札みたいなものは所有者の証明書だろう。といっても、牧草地はしっかりと柵で分けられているから間違いはおこりそうもない。山道には「牛返し」という柵が設けられていて、人間しか通れない。それが下の写真である。

Usiswitzerland02さすがはスイス、管理が行き届いている、といいたいところだが、何にも管理しなくても大丈夫な国もある。インドである。街中の野良牛も、実は所有者がいるらしい、という話もあるが、用事がなければ2・3年ぐらいは放置しておくのか、とにかく管理されている形跡が見えない。もしかすると、野良牛に雄が多いのは、あれは種牛なのかもしれない、という想像も出来る。種牛なら用事があるときだけ引き戻して、仕事が終わればまた街中に放牧する、というのも考えられる。インドでは牛は食べないから、雄牛というのは特に街中ではほとんど仕事がないのだ。

というわけで、スイスの話のつもりがまたインドへと流れていった。それでも、せっかく「スイス」というカテゴリーも作ったわけだし、スイスの話題はしつこく続けようかな、と思っています。

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牛と猿と人のいる風景

Animal001ふと自分のブログを見ると風景ばかりが続いている。風景もいいけど、やっぱり動くものがあったほうがなんとなく楽しい。インドでも風景は撮るけど、一日撮りつづけたらやっぱり人や動物が撮りたくなる。

というわけで、リシケシの写真です。インド風ちょんまげで有名な元祖チョティワラレストランからちょっと奥に入って右手にある小さな寺の入り口。牛と猿と人が、どっちが偉いのかよく分からない感じで写っている。インドのどこにでもある、でもなんだかほっとする風景。

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山岳鉄道と展望台の国

Switzerland02最近は山国への旅行が続いている。昨年の夏にはインドヒマラヤ、秋にはネパールの山村めぐり、今年もまたインドヒマラヤを再訪してそしてスイスである。たまには、海が見たい!と思うこともあるけど、まあ、もともと海より山への気持ちが強く、縁あってスイスに行くことが出来たのも必然だったかも…。そうすると、次はアフリカ、キリマンジャロ、あるいは南米アンデスか、などと期待が膨らむこともあるけど、これはお話だけ。インドもネパールもまだ終わっていないし、許されるなら、ずっとヒマラヤを旅するのも悪くないな~、と思うこともある。

アンデスもいいところなんだろうけど、ヒマラヤから鞍替えする理由が見つからない。それはたぶん、ヒマラヤもアンデスも、僕の頭の中ではそんなに違う世界ではないから(サドゥーはいないだろうが…)。というか、仮にアンデスを訪れたとしても、僕はヒマラヤを旅してきたようにアンデスを旅するような気がする。それなら二股かけるんじゃなくて、ヒマラヤだけ(もちろんインド大陸全体も含めて)でいいじゃないか、という気持ちがずっとある。

そんなことを考えている人間にとって、スイスというのはあまりに突拍子もなく、逆に新鮮だった。きれいに刈り込まれた人工的な牧草地(アルプ)と花で飾られた家々、そしてその背後にそびえるアルプスの風景は、晴れてさえいれば、360度、どこを見てもまるで絵葉書のようである。これを素朴な山の世界、と思う人はほとんどいない。ハイジは遠い過去の話である。当然、ヒマラヤかアルプスか、と頭を悩ませる必要もない。

以前、スリランカを旅行したときは、似てるんだけど、やっぱりインドだな~、という思いをずっと引きずっていたし、マレーシアを旅行したときは、インドレストランばかりに通いながらもやっぱり本場のインドがいいな~、と思ってさっさと退散した。でも、これがスイスなら、比べるほうがおかしい。

スイスは九州ぐらいの面積しかない小さな国だが、国境を接する国を見れば、ドイツ、フランス、イタリア、オーストリア、そしてリヒテンシュタイン、最後のリヒテンシュタインをのぞけばどれもヨーロッパを代表する国ばかりで、ついでに言えばワールドカップの強豪ばかり、スイスももちろん強い。サッカーの話はともかく、スイスはヨーロッパ列強国に囲まれながらも畏縮したり過度に反発することなく永世中立国として発展してきた。成功した国、という意識はスイス人の中でも強いらしく、ここもヨーロッパを象徴させる国の一つだと感じた。

観光客にとってのスイスというのは、やはりバカンスとハイキング、それからスポーツ(特にウインタースポーツ)の国である。さらにいえば、山岳鉄道とロープウェイと展望台の国である。山岳鉄道の歴史はたぶん世界一古い。上の写真は、標高3454メートルのユングフラウヨッホという展望台から下りてきた列車だが、これが出来たのが何と約百年前の1912年。この路線は途中からトンネルの中に入って上へ上へと走り続ける。標高ではこの路線が一番高いが、そのほかにも有名な山岳鉄道がいくつもあって、観光客に大人気なのだ。

こうした技術はもちろんスイスだけが持っているわけではないだろう。たとえば日本でも、富士山への山岳鉄道が計画されたことがあったらしいと新聞で報道されたことがあった。計画が立ち消えになったのは何の問題だったのか忘れたが、その根源にあるのは、やっぱり富士山はまずいだろう、という日本人の気持ちである。日本人のこころ、霊峰富士である。もちろん富士山だけではない。日本人のそんな気持ちがなかったら、日本にも多くの山岳鉄道が開通していたかもしれない。

では、スイス人には日本人にあるようなそんな気持ちがないのか、といえば、まったくない。ないから出来るのである。しかも、苦労して作られた山岳鉄道の始発がひどく遅い。だから日本人がもっとも大切にするご来光は見ることが出来ない。というか、多くのヨーロッパ人にとって、ご来光は問題ではない。今回、山岳ホテルに一泊したが、ご来光を見るために早起きしたのは日本人の団体と僕だけ、そういえば夕日を見ようと粘っていたのも日本人だけだった。

山岳鉄道の始発が遅いもう一つの理由は、あるいはプライドの高いスイス人が、そんなに早くから働きたくないよ、といった意味合いもあるかもしれない。スイスには百万人以上の外国人も居住しているが、鉄道の運転を彼らに任せることはないだろう。鉄道はスイスの誇りである。反対に列車販売には多くの外国人が従事していた。

インドの話だが、山岳鉄道といえば、南インドのパラニという街にもそれらしきものがあった。ただし鉄道は途中まで、ムルガン神を祭った山頂は土足厳禁、写真厳禁である。これはインドでは珍しいことではなく、女人禁制の山もあるし食べ物飲み物の持ち込み禁止の山もある。もちろん上には神様が祭られている。日本の古い文化というのは基本的にはインドと共通していて、昔はそこらじゅうに女人禁制の山があり、今も奈良の大峰でそれが続けられている。沖縄では反対に男子禁制の山がある。こうした風習のすべてに差別がないわけではないが、多くは古いシャーマニズムの思想からきている問題である。

またまたスイスに話は戻るが、スイスに限らずヨーロッパでこうして多くの山岳鉄道が作られ、ロープウェイがひかれ、展望台が作られてきたのは、やはり訳がある。古いヨーロッパ的な解釈では、山には悪魔が住んでいた。そして今、山は悪魔から開放され、晴れて人間のものになった。そこで人間の、山における確固たる地位を象徴するために作られたもの、それが山岳鉄道だった。僕が今回のスイスで強烈に感じたのはそういうことだった。だから山であろうがどこであろうが、そこには平地の街以上の贅沢と快適さが要求される。山なんだから質素にしろよ、という日本の旧来の山小屋とは根本的に考え方が違う。スイスに来る観光客の多くは山に贅沢をしにきている。世界一の風景を世界一の食事をしながら楽しみたいのだ。さすがはルネッサンスの本場である。主役はあくまで人間でなければならない。だからご来光なんてどうでもいい、というより、何で朝っぱらから寒い思いをして日の出を待たなければいけないのか、といったものだろう。

そういうことでいえば、アルプスに行こうがヒマラヤに行こうが日本人は日本人だな~、とあらためて思う。今回は行けなかったが、マッターホルンを見る展望台ゴルナーグラートへの山岳鉄道は日本人に大人気なのだという。加えてこの地の山岳ホテルも日本人だらけだという。正直言うと、僕もここに泊まってご来光を拝みたかった。

久しぶりに長文を書いて疲れたので今日はこれくらいで。ただ、少し最後に付け加えておきたい。僕は今回、ガイドブックの撮影でスイスに行った。それなのに、何かスイスの悪口を書いている、と思われるかもしれない。だから断っておくと、上に書いたことは別に悪口とは思っていない。実際、スイス以外に、これほど豊かな観光施設に富んだ山国がほかにあるか、といえば、まずないだろう。硬い言い方をすれば、山岳鉄道をはじめとする観光施設とスイスの景観は、自然に対する人間の歴史の一つの象徴であるような気がする。それを見て体験するのは、少なくとも面白いし、楽しめる人にはそれが存分に楽しめるの国、それがスイスである。行く価値があるか、といえば、十分すぎるほどその価値はあるように思う。

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青い山

Aoiyama01昨日からようやくスイスの写真の整理を始めた。約八千枚の写真をいちいち開いては選択し、画像処理を施し名前をつけて保存、これの繰り返しである。終わるまでに一週間ほどはかかりそうだ。単純作業であり結構大変だが、写真を撮る人間にとっては楽しい時間でもある。旅の緊張感からも重い荷物からも開放され、旅の余韻にゆっくりと浸れる。

ところで、近所はお盆のためか、すっかり静まり返っている。東京郊外の住宅街では、たいていの家は里帰りか旅行中、ということだろう。夕方や夜に外へ出ると、人も少なく、なんだか不気味なほどである。近くにはヒグラシが鳴き続ける大きな森があって、そのあたりが特に怖い。中には散歩道が通っているが、特に夕方以降は殺気さえ感じるほどだ。あんなところで肝試しなんてしたら、行方不明者が出そうだ。

今回の山の写真はスイスではなくインドの山である。ヒマラヤ四大聖地の一つ、バドリナートの背後にそびえるニールカンタというその山の名前はシヴァ神の伝説にちなんだもので、「青い喉」を意味するが、そのことは今は書かない。ただ、ニールカンタの「ニール」、「青」というのが気にかかった。

タイトルに「青い山」とつけたが、これはさわやかな青ではなく、冥界の青である。この山のふもとに住むサドゥーたちに会うため、何度もその辺をうろついたが、山の印象は非常に不気味で、いつも感じていたのは「冥界の青」だった。その息吹の只中に住んでいるためか、この辺のサドゥーたちの雰囲気も荒涼としていた。たとえるなら、三途の川の番人「奪衣婆(だつえば)」である。もっと悪く言えば、まるで山賊のようでもあった。近くに軍の駐屯地があったので安心はしていたが、それがなかったら近寄らなかったかもしれない。

ところで、サドゥーの小屋の近くに、ある登山隊の慰霊碑があった。そこに記されているのは何人かの日本人名。ニールカンタに登ろうとして遭難したのだそうだ。あるインド人の話では、ニールカンタはいまだ未登頂であるとか。登山自体が許可されているかどうかは不明だが、何しろシヴァの山である。しかも「冥界の山」。不気味である。この山に挑戦するということ自体、ある意味、死にに行くようなものではないか、と。

「お盆」ということで今回はこんな話題になった。なんといってもインドは「お盆」発祥の地。精霊流しも健在である。ただ、いわゆる「お盆」というのがあるのかどうかは知らない。

次回以降はスイスの話もしてみたい。

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スイスから帰国しました

Switzerland01今日、スイスから帰国しました。約二十日の旅でしたが、ひどく疲れている。というより、スイスにいる間中、へとへとでした。

入国直後の数日はなんと最高気温が35度ぐらいで、しかも日の入りが十時ぐらい、夜景でも撮ろうかとぶらぶらしているうちに、夜中になってしまった。白夜なんですね。知らなかった。
そして旅の後半は雨続きで、ともかく雨の間を縫って、晴れ間を捜し求めて、走りに走った。
多分、まだインド疲れが残っていたのかと思う。インド帰国から一ヶ月で引越しなどもしていたし、…ともかくようやくゆっくりできるかな(?) …肩と腰がなんかずっと痛い。

スイスの印象はまた次回に書きます。正直言って、旅の最中は腹が立つようなことが多かったのだが、さっき、ざっと撮った写真を見て、また気持ちに大きな変化があった。インド的価値観に慣れ親しんだ人間から見ればスイスはまさに正反対、インドにあるものはスイスにはほとんどないし、また逆にスイスにあるものはインドにはない。ただ、旅というのは良いことだけ、あるいは自分に合うものだけを追い求めるものでもないし、数ヶ月の間に180度違う世界を見るというのがまた旅の面白さだと思う。

いずれにしろ、光と形さえあれば、写真を撮るのが僕の役割だから、ぐちゃぐちゃ考える前に写真を撮りまくればいいこと。今回は取材というより撮影がメインだったから、それも良かった。つまり、こんな写真が撮れているのか、とあらためて驚いたりしている。それはまさに、絵に描いたような観光写真なんだが、そこに映っているものは他の国にはないスイスならではの世界。物価が恐ろしく高い国なので、とても自前では行けないが、また機会があれば、ぜひ挑戦したい。

ところで今回の写真ですが、トレッキングのあと、晴れ間が出たので一駅間歩いたときに撮ったもの。こんな家は珍しくもなんともないのでふと撮っただけなのだが、それが見事にスイス風写真になっている。窓に飾られた花々はスイスにいれば嫌というほど見れる。この写真の場所から10分も歩くと、日本人がうじゃうじゃいるグリンデルワルトという村に到着する。ちなみに、スイスに観光に訪れるアジア人は日本人、韓国人、そしてインド人が圧倒的です。

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