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元祖チャパティー

Chapathi01Chapathi02Chapathi03サドゥーの小屋で食事をいただいた。チャパティーとカレーが一品。カレーは小麦粉を使った「肉もどき」の具を使ったもの。なかなかおいしかったが、写真は元祖チャパティーである。かなり肉厚であるが、これもおいしかった。大地の香りがほのかにただようのは別に気分の問題だけではなく、最後の仕上げにあるのだろう。

アタ(強力粉のようなもの)と水をぐいぐいこねて団子を作り、丸く伸ばして厚手のフライパンで焼くのは通常のとおりだが、八割がた火の通ったチャパティーを、灰に直接置いたり、焼けた木に置き、残り火でじっくりと焼き上げる。これが食堂であったら、一気に直火で焦げ目をつけてしまうのだが、こうして最後に時間をかけることで、世にも香ばしいチャパティーが出来上がる。焦げ具合なんかも絶妙である。

ちなみに、サドゥーの小屋の多くは、その中心に四角い竈を持っている。当然、調理もそこで行われるのだが、そこに燃え盛る炎は神聖なものであり、例えばタバコの灰などを投げ捨てたりすることは絶対にない。竈の火は、とくに使用しない場合にも、静かにくすぶる程度に制御され、長期不在などの場合をのぞけば、夜も昼も燃えつづける。そして出来上がった白い灰はサドゥー自身が体に擦り付けたり、ときおり訪れる客人に下されたりする。写真のチャパティーは、じつはそんな場所で作られたものである。まさに「仙人の食卓」と呼ぶにふさわしい。

ちなみに、サドゥーの小屋で食事をいただき、小屋をあとにする場合には喜捨(ドネーション)を置くのがマナーである。喜捨であるから値段は自由だが、例えば、そんなに裕福でない普通のインド人がチャイだけを飲んで帰るような場合、観察したところでは10ルピーから20ルピー程度の札を置くようである。チャイを普通に飲むと、高くて5ルピーが相場だから、これはなかなかいい金額である。つまり、サドゥーの小屋というのは高級チャイ屋だと考えて間違いない。しかも、こういうところで食事までいただくと、差し出す金額にふと悩んでしまう。例えは悪いかもしれないが、まるでメニューのない高級寿司屋といった趣もあるし、あるいは中世日本の竹林の茶室のようなものだとも想像できる。僕は何度も同じ小屋を訪れる場合は、例えば手土産に果物持参で訪れたりもした。そして最初と最後の訪問の折りにはやはりお金を置くわけである。いくら置いたのか、といったことは秘密である。もちろん、小屋によって、サドゥーによって、金額は同じではない。

話があらぬ方向へ逸れてしまった。いや、別に他に書くこともないかな。一つ付け加えれば、食事やチャイを作るのは主人の役割だが、食べた食器は基本的には食べた人が洗うことになっている。

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