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小さなマハトマ

Kedrnath001昨日インドから帰ってきました。すぐに写真のチェックをするのはいつものとおりで、それで一安心。その後、急に旅の疲れが出てきて今もぼんやりしています。心地良い疲れなので、しばらくはそれに浸っていてもいいかな~、なんて思っています。

今回はひたすらサドゥーでした。前回、前々回よりはるかに密着して彼らの写真を撮りました。どうしてサドゥーなのか?という質問を旅の中でも何度か受けましたが、それはまたいずれ書きます。長くなりますから。ただ、15年前に写真を始めたとき、頭の中にあったものはやはりサドゥーでした。でも、写真初心者、インド初心者にとってサドゥーのハードルは非常に高く、すぐに方向転換しました。ただし、自分のインドの写真には何かが欠けている、という意識はずっとどこかにありました。それがサドゥーだったわけです。

サドゥーの写真についてはこれで終わり、ということではないのですが、一応一区切り、ということです。コレクションをしているわけではないので、同じような撮り方では意味はないかな、と。むしろ、彼らとともに居た時間のなかで気付いたいくつかのヒントみたいなものを次の写真に生かしたい、という気持ちが強くなっています。

今回の写真ですが、ヒマラヤ山中、シヴァ神の聖地ケダルナートの寺院前での記念写真です。左端のサドゥーですが、今年の一月にガンガーサガール祭で、小屋に一泊させてくれたナンディーバルティー・ババです。NEUTRAL誌第七号のサドゥー特集にも登場していますし、このブログでも一回登場しました。偶然ここで出会いました。ただ、ガンガーサガールでは全身に灰を塗りたくっていたので、最初は全然分かりませんでした。「何でこいつは執拗に散歩に誘ってくるのだろう?」と不思議に思っていました。なんか、声に聞き覚えがあるな~、などと思いながら…。

左の二人の子供も正真正銘のサドゥーです。二人はそれぞれ別のグル(師匠)がいるのですが、ここで出会って遊び仲間になってしまったようです。こんなに小さなサドゥーはちょっと珍しいので、一部の金持ちインド人観光客たちも、「この子らは本当にマハトマ(サドゥーに対する尊称)なのか?」などと質問していました。彼らの意識の裏には、「学校にも行かせず、サドゥーにしていいのか?」みたいな意識が働いているようでしたが、学校に行かない、あるいは行けない子供なんてインドには珍しくないし、所詮は金持ちの思いつきの偽善、といったところでしょう。小さな二人の子供は、こうした大人たちにも容赦なく金を請求していました。将来はビック・サドゥーになりそうだ。

サドゥーの話は、正直言って尽きることがないぐらいあるのですが、今後のブログでは、過去のインド旅行について、あるいはそれ以外の話題なども取り混ぜて書いていくつもりです。サドゥーは良くも悪くもあくが非常に強いですから、ブログではどうかな~、といったところです。

さて、長くなってしまったので今回はこのへんで。

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コメント

柴田さん、お帰りなさい。

私も先週、日本に帰ってきました。タイ、香港に寄り道してきたので違和感なかったんですが、インドから直接日本に帰ってくると相当ギャップがあるんでしょうね~。

インドはとっても素敵な国でした。
次に行けるチャンスが来るまで、柴田さんの写真やブログで懐かしんだり、思いを馳せたりしたいと思います。

投稿: えつ | 2006.06.16 18:27

えつさん、こんにちは。

先週帰国ということは、一ヵ月半ぐらい旅行していたんですね。南インド、暑かったでしょう。でもインドを楽しまれたようで良かったですね。

インドから直接帰国するのは慣れているつもりですが、やはり浦島太郎のような気分ですね。雨の日本は本当に静かで、やはり戸惑います。インドでは毎日、四六時中誰かと話していますし、朝の四時、五時からチャイの注文をとりにくるようなお国柄ですからね~(笑)

しばらく慌しいので当分はブログのみの更新となりますが、インドを懐かしんでいただければ、と思っています。

投稿: 柴田 | 2006.06.16 20:53

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