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「NEUTRAL」誌にサドゥー特集

この度、ようやくサドゥーの写真が雑誌に初登場します。明日発売の「NEUTRAL」第7号(白夜書房)の特集「美しきインドのこころ」の中の一つとして6ページ、写真とテキストが掲載されます。昨年の夏に行ったヒマラヤ、ガンジス川源流あたりを中心とした写真ですが、今年の春(冬か…)の写真もいくつかあります。昨年、一緒に旅したサントスナート・ババがなんと5回も登場しますが、もう一人のアマルナート・ババは小さく、しかも横顔で一点のみ。拗ねそうだな~。まあ、アマルナート・ババは次回、どこかで主役を務めてもらうとしよう。
「NEUTRAL」第7号はまるまるインド特集なのですが、簡単なインド文化などの紹介をする付録が付いています。その中の、「聖地マップ」「旅で出会うインドの人々」「インドで食す」の三つのコンテンツの写真とテキストも担当させていただきました。また、その他、祭りとカルチャーでも写真がいくつか掲載されています。
雑誌でこれほど大きくインドを特集するのは、なかなかないことでしょう。インド好きにはたまらない内容かと思います。機会があれば、是非ご覧ください。

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日没後の河原

Sangam002前々回、橋の上から見たサンガムの夜景の写真を紹介した。それで今回は橋から降り、河原の風景である。時間は日没後すぐ、刻々と闇へと向かう、もっとも神秘的な時間。暗いから写真を撮るのは大変だが、僕がもっとも好きな時間帯でもある。
遠くには前々回の写真を撮った橋が見える。橋の上の電灯にも火が灯っている。一瞬、人の声も絶え、静けさが河原を包み込む。と思ったら、写真に写っている二人連れがこちらに気付き、ほかの人もやってきたりして、何枚も写真を撮らされる羽目に。
ところで、朝にも似たような時間帯がある。いうまでもなく、日の出前である。ただし、それは似て異なるもの。空気は凛と張り詰め、ついでに人々の表情も張り詰め、鳥たちもうるさく泣き叫ぶ。そして何より違うのは、空気感。夕方の空気には土ぼこりが混ざっている。何万人、何十万人といった人々、あるいは車が巻き上げた土ぼこりが漂うのである。夕方の空気には生活を感じる。たいして、朝の空気には自然を感じる。それがインド人なら、神も感じる、と付け加えるかもしれない。

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新しいフィルムスキャナー

Bangkok01今日はめずらしく写真の話など。新しいフィルムスキャナーがやってきたので、最近はひたすらスキャンしている。以前から持っていたスキャナーは二世代ぐらい前のもので、例えばHPに使うようなサイズでも、どうもな~、と不満が残るものが多かったが、新しいスキャナーは素晴らしい出来で、「この写真、たいしたことないかな~」などと思っていた一部の写真も救われるかも、と期待している。最近はインドでもずっとデジタルだが、それもたかだかここ一年ちょっとの話。これまでフィルムで撮ってきた写真が海外だけでも約2000本ぐらいはある。スキャナーがやってきて、ようやく手をつけることが出来るが、そうなると、HPの写真もスキャンしなおして、アップしたくなる。そんな時間はないと思うが…。
それにしても、フィルムはフィルムで、やはりいいものだと、今頃になってあらためて思ったりもしている。色も違うし、線の描写はさらに違う。僕自身はもともと「カチカチ、カリカリ」の写真も結構好きなので、デジタルの表現はあっているようだが、それでも、こういうときはフィルムのほうがいいな~、と思うこともやはりある。上の写真は、バンコックの中華街だが、この夜の色の表現力、それから電線などの描写は、もしかするとデジタルでは出なかったかもしれない。最近、似たような暗い状況で写真を撮ることも多いが、結果を見て、ちょっとな~、と不満を抱くこともあった。でも反対に、これはデジタルだから作品に出来た、と感じる場合もじつは結構ある。
ただ、いろいろ言っても、今後はデジタル一辺倒で行くことだろう。経費も含めて(それが一番大きいかな、…少なくとも今は)、やはり利便性というのは大きな武器である。この一年余、インドで作品作りを続けてこれているのもデジタルのおかげで、フィルムならインドに行くことすらできなかったかもしれない。結局そこにいなくては何も出来ない。荷物も軽くなったし数を気にせず撮れるシステムも少しづつだが作ってきた。あまり流行に乗るような人間ではなかったけど、デジタルカメラだけは思い切って乗って良かった。だから今からフィルムに戻ることはないけど、これまで撮りためてきたフィルムをいろいろな形で味わうのもまた楽しい。

…などなど、久しぶりに長々と写真のことを書いてきたのは、最近、寝ているとき以外はほとんど写真のことを考えているせいだろう。インドは好きだが、それは最高の被写体と思うからで、もしカメラを持たないなら行かない。というより、写真なしカメラなしの旅行など考えられない。というわけで、これからは写真のこともブログに積極的に書いていこうかな~、と考えている。それと、インド以外の写真も少しづつ整理していきたい。

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サンガムの夜

Sangam001橋の上から眺めると、そこに無数の光のきらめき。写真左の彼方には川の流れがうっすらと見える。これはじつはガンジス川、写真右奥から流れてくるヤムナー川と合流し、さらにヒンドゥスタン平原をベンガル湾までさらに長い旅を続ける。
この美しい夜の街に住む人々はおそらく数十万人。しかし、じつはそのすべてが巡礼者である。ここに光がきらめくのは一年に一度の二週間ほどである。祭りが終わると、ここはただの荒野にかえり、野宿者の焚き木の光がちらほらときらめくだけなのだろう。
アラハバード、サンガム、そこはまさしく「幻想の街」だ。

(注)ちなみにアラハバードの街の中心はここからリクシャーで20分ほど走ったあたり。

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「週刊新潮」にスペインの写真

今日はお知らせです。明日、木曜日発売の「週刊新潮」にスペインの写真が掲載されます。スペイン中部、カステーリャ地方の写真です。これらスペインの写真は、以前ポルトガルとあわせて三ヶ月弱まわったときのものです。それまでアジアばかりだったので、ヨーロッパは新鮮でした。何が良かったかといえば、街がきれい!というか、幻想的、ちょうど冬だったので、それはそれは神秘的でした。ページ数に制限があるのでそんなに多くの写真ではないのですが、よかったら見てみてください。

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村の風景

Khanha005Khanha006最近はこんな風景にとても惹かれる。森があって、村があって、のどかな空気感がある。ときどき人が笑顔で通り過ぎていく。猿が木に遊び、牛がのんびりと草を食む。長いインド旅行の果てに、こんな風景があった。…いや、その前にまだやることがあった。ババジとの旅である。
写真は両方とも、虎で有名なカーンハ近郊の村。

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前人未到の世界へ

Gangasagar8633このあいだ、日本に帰るためにカルカッタの空港にいたら、すごいおじさんを見つけた。180センチを軽く超える巨体で、しかも腹がものすごく膨れ上がっている。インドによくある体型だが、このおじさん、それだけではなかった。その両耳から、ふさふさと10センチぐらいの耳毛が生えている。以前、テレビで見たことがあるような気もする、いわゆる「耳毛男」である。この程度は別に珍しくもないのか、空港内の誰も注意を払っていない。「インド人もびっくり」というのはよく出来た言葉で、確かにインド人は少々のことでは驚かない。
耳毛男の写真を撮りたかったが、撮影禁止の空港内だし、男も怖そうだしということで、さすがに無理だった。代わりに、よくある長髪サドゥー。いや、サドゥーというのは基本的には長髪だが、このサドゥーの髪の毛は、長さ3メートルぐらい。それを祭り会場で見せびらかして金を集める。
このサドゥー、写真で見るとおり、弟子もいるようで、それなりに尊敬されている。尊敬される理由は多分、髪の毛が長いからだ。たったそれだけの理由で尊敬されるとは日本では考えられないが、サドゥーの世界で大切なのは生命力。長い髪の毛は誰もが可能なわけではなく、やはり強い生命力の賜物である。早い話、別に髪の毛でなくてもかまわないのだと思う。大切なのは、誰も経験していない未知の世界に到達すること。インド人、とくにサドゥーが一芸に徹するのは、そんな理由があるような気がする。片手を挙げたままで何十年とか黙ったままで何十年とか、さまざまな境地で前人未到の世界を目指すインド人たちがいる。
(付記)写真左端の女性も多分、すごく髪の毛が長い。多分、弟子だろうか。二人並んでやってもらっても良かったが、インドにいるとだんだん何にたいしても驚かないようになってしまうので、そのときは気が回らなかった。

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昨日の桜

Sakura05Sakura03Sakura04Sakura02Sakura01昨日撮った桜です。外に出ればどこにでも桜があるので、今さらブログで、という感じもしますが…。日当たりのいい土手をぶらぶら歩くのは、なかなか気持ちのいいものです。


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