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ネパールに行ってきます

ようやく秋らしくなり、気持ちいい季節になりました。春からずっと熱いインドにかかわってきたのですが、涼しい風に吹かれて、ほっとしますね。といっても、まだ何も終わってはいませんが…。
明日29日からまた旅に出ます。行き先はインドではなくネパール…。約一ヶ月の日程で、11月3日帰国の予定です。辺境の村を歩き回る予定ですが、こういう旅はなんと10年ぶりです。基本的に取材の旅なので、写真の公開は来年の春以降になります。
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ずっと山暮らしなので、インターネットは基本的に使えません。chaichaiの掲示板も一時休止することにしました。

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ガンジス川源流への旅12(源流へひとっ飛び)

trek12aab最近、あまり記事を書いていない。じつは来週からまた旅行に出るため、その準備などもあったが、もう一つ、サドゥーの話題をブログですることに対する迷いがあった。
サドゥーはいうまでもなく非社会的存在である。働かないし家もないし家族もない。じゃあ熱心に信仰の道を歩いているのかというと、じつはそうでもないかもしれない。ちゃんとヨーガをしているサドゥーもいるが、何もしていないサドゥーはもっと多い。では一体なんなんだ、と思われるかもしれないが、じつは大方のインド人もまたそう思っている。サドゥーを尊敬している一般インド人はほとんどいない。サドゥーにたいする一般的な認識は「なまけもの」あるいは「奇人」「クレイジー」といったところ。実際のところ、サドゥーをもてはやすのは西洋人を中心とした一握りの外人だけだ。しかし、そんな外人たちもまた、修行をちゃんとしていてヨーガに熟練しているサドゥーだけが本物、あとはニセモノといった論法でサドゥーを二分している。
では僕はサドゥーをどう思っているのかというと、少なくとも今回は、いわゆる本物もニセモノも関係なかった。一緒に旅行した二人のサドゥーも、うち一人は10年以上の修行経験を持つが、もう一人はいわゆる支度僧、つまり勝手に袈裟を着込んで、ハイ、サドゥーです、の類であった。当然ヨーガも出来ないし、難しいマントラを唱えたりする訳ではない。じゃあ彼はサドゥーではないかというとそんなことはない。彼はサドゥーとして35年、インド中を旅行してきたし、チベットのカイラスへの巡礼さえしている。その旅行歴でほかの若いサドゥーから尊敬すらされていたが、彼の魅力はそれだけでなかった。普段は隠していたが、彼は優しかったし信仰心もあった。それに人徳のようなものもあった。それがどういうものかは簡単には書けないから書かないが、彼はそれをやっぱりどこかで隠していた。
隠していたことを強調したのは、じつはそれは彼だけではなく、ほかのサドゥーもまた、何かを隠しているような気がするからだ。サドゥーが奇人として扱われるのも、じつは彼らがそう思われるように仕向けている。仕向けている、といってもそれは個人個人のレベルではなく、サドゥーとしての長い伝統の上に続く秘密主義であり、集団としての意思でもあるようだ。ただ、集団といっても特にまとまったものを持っているわけでもないから、それはサドゥー文化の底流を流れる深層心理のようなものだと思う。
サドゥーの話題をブログですることに迷いがあると最初に書いた。ブログというのは一般的に日記やリポートなどに使われることが多く、僕自身も気軽な話題をする場であると思っている。そこにサドゥーが隠し持つ世界観の話をするのはやはり似合わないような気がする。それにサドゥーの生活に踏み込むと、僕自身の考えや生活をぐちゃぐちゃ書かなければいけなくなる。サドゥーではないが、僕もいろいろ隠しておきたいことがある(笑)。
というわけで、「ガンジス川源流への旅」シリーズは、非常に中途半端だが、ここで終わりにしようかと思っています。踏み込んだものではなく、ちょこちょこと話題にすることはあるとは思いますが…。

最初の写真について、ガンゴートリーから一日歩いたボジバーサという場所のアシュラム前。アシュラム内はタバコおよび大麻禁止なので、サドゥー連中はゲートの前に集まり、夕暮れの神秘的な時間を静かに過ごしていた。右手前、黒い服のおじさんと、左奥、石段の上に腰を下ろしている男が一緒に旅をしたサドゥー。この地点から3キロ先がガンジス川源流になる。そうだ、源流の写真ぐらいは掲載しておこう。
gomk01モンスーンの雨雲が光をさえぎり、なんだか恐ろしい雰囲気。神が住むというより悪魔が住むといった感じだ。正面の岩はじつはすべて氷河。ちょっと昔はこの地点から源流が見えたが、今は氷河が崩れ落ち、さらに右に回りこんだ場所に源流の穴がある。温暖化の影響もあるらしく、現在は年々後退している。崖の背後に光る雪山はバギーラタ連峰(6860メートル)。バギーラタとは、ガンジス川が宇宙から降りてきてくれるように願い、苦行した聖人の名前にちなんだもの。この山が牛の顔に似ていて、その口からガンジス川が流れ出ているように見えるところから、ガンジス川源流のことを、牛の口を意味するゴームク、と呼んでいる。なお、ガンゴートリーから先の山中には寺らしきものは何もない。サドゥーたちの話によると、この自然の景観こそが、神々が住まう本物の神殿なのだという。

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ガンジス川源流への旅11(ハリドワール人間模様その三)

har01har02今回もまたハリドワールの人々。特に書くようなこともないけど、彼らを無視してガンジス川をさかのぼるのは虚しい。巡礼の多くはハリドワールまで来るのが精一杯、ここが終点である。

har03har04以前にも一度、乞食の話題をしたが、右の兄弟もまた乞食です。カメラを向けるとちょっとおどおどしながらも、優しくはにかんだ。兄弟の背後には、顔は映っていないが一人のサドゥー(オレンジ色の袈裟の人)がいて、兄弟をいろいろ励ましたり、勇気付けたりしていた。インドは一般的には家族至上主義だが、家族のいないサドゥーにとってはみんなが家族であり友人であるのかもしれない。

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ガンジス川源流への旅10(ハリドワール人間模様その二)

hari01ハリドワールのガート沿いを歩いていて、はっと目を引く少女を見つけた。一人で撮りたかったが、そのまわりにはあきらかに大家族と思われる人々。集団で巡礼に来たのだろう。彼女を中心に全体の写真を撮った。
ところで、この集団は服装からして西インド、多分グジャラートあたりから来たのかと想像できる。彼らは男性ならば派手なターバン、女性ならば、色鮮やかな衣装や装飾品を身にまとっているからすぐ分かる。ただ、写真の集団はそんなことはなく、普通にはまず分からないが、最初に目を引いた少女にはそんな地域の特徴がよく出ている。集団自体はかなり貧しい家族なのかと思う。ガートでごろ寝をしているようだから放浪生活を送っているのかもしれない。
西インドのグジャラート州からラジャスターン州はジプシーの原郷といわれるところ。この周辺の人が中東からヨーロッパにかけて流浪したのが現在のジプシーへと変貌したのだという。西インドには今も放浪癖が止まらない連中が結構多くいて、あちこちの聖地でこの地域出身者の姿を見かける。放浪にもいろんなタイプのものがあるが、写真の集団はその雰囲気から、やむにやまれぬものだったような気がする。といっても、放浪以外にも選択肢はあるはずだから、やはり放浪好きの血が騒いだに違いない。僕もまた放浪系だから、正直言って放浪系の人々に特に興味があるし親近感もある。

hari03盲目の老人が一人楽器を奏でていた。撮ったあと何かひっかるものがあったが、あとで考えてみたら、昔この老人を見たことがあった。じつはハリドワール自体は二度目で、6年ほど前に訪れていた。そのときにすでに老人を見て、やはり写真を撮った。あれから6年、ほとんど乞食同然の老人はどうやって暮らしていたのだろう。年から考えて放浪生活を送っているようには見えないから、多分、市内のアシュラム(宿坊のようなもの)あたりで食事をもらいながら細々と暮らしてきたのか。インドの聖地には必ずそんな場所があり、誰もがささやかだが軽い食事にありつける。簡単な寝場所もあるから、大病さえしなければ何とか生きていける。侘しいようだが、実際には聖地には一日中聖歌が流れ、神秘的で陶酔的な雰囲気に満ち溢れている。好き嫌いがあると思うが個人的には結構気に入っている。

hari04最後は夜のバザール。別に話はないが、きらびやかでいて風情もあった。

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ガンジス川源流への旅9(ハリドワール人間模様その一)

hariheri01ハリドワールでは毎日えんえんと人の写真を撮っていた。作品になるのはその一部であとは忘れ去られいく。でも、それじゃもったいない、ということでブログを始めたんだなったな。初心に帰ろう。
まず二人の少年。川向こうからずっとついてきて「フォト、フォト、フォト、フォト…」とうるさい。でも、顔をちゃんと見ると、これがなんかおもしろい顔をしている。僕はおもしろい顔が大好きなんだな。そこで、彼らに似合いそうな黄色い壁を探してその前で写真を撮った。

hariheri04次はこの写真。少女の写真を撮っていたら、父ちゃんがやってきてなにやら変なポーズをとる。何が目的なのかは分からないが、こういうことをしたがるインド人というのは結構多い。あまりしつこくやられるとうっとうしいが、暗い人間ばかりよりはずっといい。ハリドワールは、なんだかよく分からないが、とにかく明るく元気で情熱的。

hariheri03これは放浪する巡礼者家族。ここには写っていないが、あと二人、女性がいる。それぞれカップルなのかどうかはよく分からない。男は何となくサドゥー風だがどうなんだろう。サドゥーくずれかもしれない。サドゥーは家族を持たないのが基本だが、掟を破ったところで罰する集団も規則もない。規則がないところにサドゥーの世界観があるともいえるだろう。まあ、彼らも人間。意思が弱くなったり寂しくなったりもする。そんなとき、ふと女連れになったら、そのままなし崩し的に旅を続け、気がつくと、自分は何ものでもないただの一人の人間だったと気付くのかもしれない。いずれにしろ、いろんな人間がそれぞれの流儀に従い彷徨っている感じがとても印象的だった。

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海辺のレストランで

puri100puri13ちょこちょことある作業をしていて、気付くと何日も過ぎてしまった。まだ作業は終わらないが、少し気分転換をしたい気分。というわけで、今回は今年の春に行ったときの写真から、プリーの海辺のレストラン、ピンクハウス。名前はちょっと怪しいが、別に何ということもないゲストハウス付属のレストラン。従業員の話によると、ひどく古いらしい。あのサンタナロッジよりも古いと言っていたが、本当かな?内装は70年代がかっていて、なかなかいい雰囲気だ。目の前には、写真にあるとおり、庭にいくつか椅子、机が並んでいて、その向こうが浜辺になっている。行ったときは朝の光で風景がちょっと黄色っぽくてこれもまた味わいがあった。
プリーには数日しかいなかったが、なんともいえないくらいに良かった。シーズンオフにはいったこともあって、どこのレストランも人がまばら。そうでなくても最近、ツーリストの数は減少傾向にあるという。東海岸は地味だから駄目らしい。僕にとってはまさに理想の土地なんだけど…、まあ、人が少ないというのは個人的には大歓迎だな。
puri101またピンクハウスでお茶がしたい、…ということで、好物のCold Coffeeの写真もアップ。ちなみにインドではアイスコーヒーとは言わない。ブラックなんかはなくて、牛乳とインスタントコーヒー、それに砂糖をシェイクした飲み物。インスタントコーヒーをケチる店が多いのが欠点だが、ピンクハウスのものはなかなかおいしかった。
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春のインド旅行ですが、じつはこれ、「地球の歩き方」の取材でいったものでした。取材分の05~06版はすでに出版されています。クレジットがないので、どの写真が、というのは難しいのですが、裏表紙、インドへの誘いのページ、あとはデリー、ジャイプール、アーグラー、ヴァラナシ、ビハール、オリッサ、カルカッタなどを中心に、撮ってきた写真が掲載されています。

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