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インド、リシケシより

最初は10日ほどを考えていたガンジス川源流への旅ですが、気がつくとすでに三週間近く。昨日ようやく山の世界からリシケシの町に下りてきました。
ガンジス川降下で有名なガンゴートリーの村であるサドゥーと知り合い、その友達のサドゥーも含めて五人でガンジス川源流のゴームク、さらにシヴァリンガの山が目の前にそびえる天上の楽園タパヴァンへと歩いてきました。俗界からはるばるやってくると、確かにここは楽園、と思える素晴らしい場所でした。
ただ、山歩きを含めてその前後の二週間あまり、つねにサドゥーたちとの付き合いがあり、疲れました...。みなさん、パワフルですね。エネルギーを頂いたような気もします。今いるリシケシにもいっぱいいますが、さすがに今は「バース(もういっぱい)」といった感じです。
まだ三週間ありますが、こうして書いている今もどこへ行くかで迷っています。また山に戻るか、あるいはラジャスターンのジャイサルメールを目指すかのどちらかになりそうです。

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ガンジス川の朝、そしてインドへ…

ganga02「2005年春インドの旅」は今日でいったん休止になります。というのも、明日から再びインドを目指します。約一ヵ月半、とりあえずガンジス川(ガンガー)源流付近の山々を歩く予定です。最後の写真はヴァラナシの朝、ガンジス川の向こうから上ってきた朝日です。これをさかのぼれば、いったいどんな風景が待っているのかな?もし可能なら、簡単な現地報告もしたいのですが、なにぶん山の中なので、…どうなることでしょう。

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小さな神様

bodhagayagirlインドのテレビコマーシャルで、チャイ屋の少年がティカップを持ちながら踊るような場面があって、いいなあ、と思ったことがあった。どこにでもいるような少年だが、似たような少年を探そうとしてもこれがなかなか見つからない。この少年には、やはり特別なオーラがあるのだ。まるで「小さな神様」のようなもの。
今回の旅で、やはり、ある特別なオーラを持った一人の少女に出会った。出会った、といってもそれは一瞬のこと。夕暮れの田んぼから走りあらわれた少女の姿はまるで妖精のようで、デジタルカメラの液晶に写った自分の姿を見ては何度も笑い転げた。その様子がとても魅力的、というより実はもっと深い感動があったのだが、それは言葉ではうまく表現出来ないもの。そんなとき、カメラマンで良かった、と僕はいつも思う。
少女の写真を撮ったのは仏教の聖地ブッダガヤ。有名な聖地だが、このあたりはインドでもっとも貧しく治安も悪い場所の一つ。そんなところに「小さな神様」である少女が遊び、古くはブッダが悟りを開いた、というのはなんだか奇妙な気がするが、それがインドの不思議であり、旅行者を惹きつけてやまない魔力にもなっている。

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幸福の大地インド

village10はじめてインドの写真を雑誌に掲載したときにつけたタイトルは「幸福の大地インド」であった。インドが幸福かどうかというのは人それぞれに意見があるし、僕もまた、単純にそう思っている訳ではもちろんない。実際、病気や貧困に苦しむインド人は日本人の想像をはるかに超える。でも、病人であろうが貧民であろうが、彼らには彼らの喜びもあるし、楽しみもある。貧民をただ貧民としてくくることは出来ないし、かわいそう、と単純に同情するのも傲慢すぎる。彼らは全体的につつましく、個性を強調することも少ないが、一人一人の命の輝きというのは誰も変わるところがない。変わることがないのは人間だけではない。動物も植物も、そして大地宇宙も含めてそうなのだが、これは発見でもなんでもなく、インドの様々な場面で見聞きしてきたことだったし、インドの古い経典や伝説にも繰り返し語られている。
写真はオリッサ州の田舎の村での光景。夕方の光が林のなかをうっすらと染めている。夕暮れ、という不思議な時間のなかに、誰もが静かに包まれている…。

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