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幻想のタージマハル

tajmahal10たまには趣向を変えて、幻想のタージマハル。早朝、対岸から見たタージマハルの美しいたたずまいを、モノクロ写真にしてみました。
タージマハルを見たのは二回目だった。以前に見たときは、まあ、こんなもんだろう、で終わってしまったが、今回は改めてその美しさに魅了された。朝に夕に、さまざまな場所を訪れ、眺めを楽しんだが、見飽きるということはまったくない。もう一度、タージマハルのためだけに、アーグラーを訪れてもいいかな、とまで思っている。次回は是非、満月に輝くタージマハルを見てみたい。

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カルカッタの野良犬

other05dogブログでは、雑誌なんかではあまり使えそうもないな、という写真を積極的に取上げている。せっかく撮ったものなのだから、せめてブログの世界で、という親心もあるわけだが、実際は、そういった写真ほど、素直な気持ちが写真に表現されていたりする。
というわけで、今日はカルカッタの野良犬だ。朝市の賑わいを背に、二匹の犬がぶらりと街を徘徊している。インドでの犬の扱いは最低だが、考えてみれば、人間の待遇だってそれほど変わるわけではない。二匹の犬が人間にすりかわっていたとしても驚くようなことではない。
僕もまた、しばしば野良犬のような気分でインドを旅する。埃の舞い上がる街を歩き、バスの狭いシートにうずくまって、そこから流れていく車窓の風景を眺め、崩れそうな安食堂に入って、手づかみでカレーを食べる。一見大変そうなこんな旅も、やってみれば意外なほど悪くはない。そのうち旅に疲れ、日本に帰ってきたときは、一時、飼い主を見つけた犬のように安心するわけだが、しばらくするとまた野良の血が騒ぎ出す。
ということで、近いうちにまた、インドを目指すことになるかもしれない。

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インドで途中下車(?)

nearstation09突然こんな写真を掲載したくなった。しかも珍しくビックサイズです(開くのに少し時間がかかるかも…)。
ところはヴァラナシ駅近くの何の変哲もないただの場末、牛の写真を撮っていたら、彼らが声をかけてきた。ファインダーの中で、男たちは訳の分からない外国人相手におおらかな表情を浮かべた。夕陽の強い逆光が男たちの姿を引き立てる。さりげなく牛も画面の中に入れてみた。今までなら、あまり食指の動かなかった被写体だが、最近、なんとなく気になるのはどうしたことだろう。
それにしても、インド人が時折見せる鷹揚な態度は何だろう。だいぶ昔のことだが、あるインド人のおじさんに、お前は英語が分からないのによく旅が出来るもんだ、とからかわれたことがある。すると突然、隣に座っていたもう一人のおじさんが、英語が出来ないのにこうして一生懸命旅をしている、だから立派なんじゃないか、と言い放ったことがあった。おじさんはそう言って、僕に優しく微笑みかけた。旅に疲れていた当時、おじさんのひと言に僕はずいぶんと励まされた記憶がある。あれから十年余り、こうやっていまだにインドを旅しているのは、おじさんのひと言のお陰なのかもしれない。
インドの鷹揚さというのは大陸に暮らす人間の優しさのような気がする。昨年、僕はスリランカを旅したのだが、そこに欠けていたものはそれだった。もちろん、スリランカにはスリランカの良さがあるのだが、僕の求めているものはなんとなく違った。
インドの優しさの向こうには、飾り気のない、驚くほどの無邪気さがある。どんなに旅に疲れても、一日に最低一回は、インド人の笑顔に癒され、素直に笑うことが出来るだろう。インドはそんな国である。どんなにぼろぼろになり、どろどろになっても、いつかまたこの国に舞い戻り、インド人と一緒に笑っている。考えてみれば、変な人生を送っているものだ。

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おいしいインド料理

thali02orissa最近はもっぱら安食堂に通いつめている。食べるものは一貫してターリーだ。ターリーというのは「お盆」を意味するインド定食のことで、お盆の上に何品かの料理が盛られることからこの名前がつけられた。
ターリーと一口にいっても地域によって味が違う。個人的に、南インド、とくにタミル地方のものが好きだと思っていたが、今回考えが少し変わった。滞在時間が短かったのではっきりとは言えないが、東インド、オリッサ州のターリーがしみじみとうまい。この地方はブラーミン(バラモン)でさえ魚を食べるような地域なので、ターリーも当然、魚付きがわりと一般的だ。魚は普通、川魚を使用する。川魚と香辛料の相性は抜群である。臭みが消えて、旨みが引き立つ。いや、そんなたいそうなものではないのだが、やはり、しみじみとおいしい。
写真のターリーは、オリッサの山間の田舎町で食べたもの。オリッサはすでにインドの辺境であるのだが、そのまたさらに田舎となると、すでに時間が止まったようなもので、チャイ一杯は1ルピー(2.5円)が普通だ。ターリーも当然安い。魚カレー付きで15ルピー(37円)。都会の三分の一くらいの値段だが、おいしさは三倍ぐらいのものだ。ちゃんと葉皿を用意しているところからして好感が持てる。おかずは魚カレーに豆のカレー、それに野菜の素揚げ(薄衣がついているが)。この素揚げがなんともいえないアクセントになっていて飽きがこない。
インドにももちろん高級レストランはあるのだが、成り上がりインド人の味覚というのはだいたいにおいて大雑把で刺激ばかりを好む。レストラン側もそれにあわせて作るものだから、意外なほどうまくなかったりする。インドでは安ければ安いほど期待が持てるかも知れない。その極みといえるのが、祭りなどのときに振舞われるお寺の料理。本当においしい。そしてもちろん無料である。

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女神の世界

kandagiri07megamiインドでもっとも美しいものの一つが着飾った女神像である。美しいサリーを身にまとい、幾多の花で覆いつくされたその姿は、薄暗い堂内で見ると、ぞくぞくするほど美しい。しかし、その顔は黒く、不明瞭である。じつはドゥルガーにかぎらず、インドの神様というのは、その多くが黒い肌を持っている。黒い肌というのは大地の凝結した姿をあらわしている。それは例えば、ヒマラヤの彼方から流れ出たガンジス川が、いくつかの支流に枝分かれしたのち、ヘドロ状に淀んだカルカッタの小さなほとりから、真っ黒い肌を持つカーリー女神となって生まれたように。あらゆる生き物が生き死にを繰り返して、いつかたどり着く世界、…インドの女神たちが住まう場所は、人々にとってのそんな場所なのかもしれない。

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不思議な国

fisherman17旅の最後に、あるインド人から、インドはどうだったか、と訊かれた。この手の質問はインド滞在中は毎日訊かれることで、普段は「いい国だよ」とか「好きだね」と適当に答えるのが普通だ。でもこのときは、思いもかけず、こんなことを口走ってしまった。「ミステリアス!」
「それにアメージングだ」と言いかけて止めておいたが、相手のインド人は僕の答えに満足したふうであった。彼がその真意を汲み取ってくれたかどうかは不明だが、僕がインドに抱いている感想を英語にすれば、これ以上の答えはないだろう。
数えてみると、はじめてインドに行って以来、すでに14年の年月が過ぎ去っている。その間、僕は10回以上もこの国を訪れている。はじめてこの国を訪れたとき、なんてミステリアスな国だろう、と思った。それから何度か訪れるにつれ、そうした気持ちが薄れていったこともあった。でもそれは、僕の心が擦り切れてしまっただけのことで、あらためて素直にこの国を見てみれば、ますます不思議で神秘的な国に見えてくる。とくに今回の旅でその思いを強くした。
インドはますます強い印象を押し付けてくる。この国には、信じられないようなことが一杯ある。信じられないくらい、多くのタイプの人間が、ときにカーストという枠内で数千年の歴史を引きずりながら生きている。同じ人間でありながら、こんなに違うのだ、と僕は何度もそのことを感じ、しだいに不思議な気分に落ちていった。
さて今回の写真だが、オリッサ州、プリーの浜辺である。彼らは皆、漁師たちだ。僕はプリーには過去二度来たことがあり、何度も浜辺を歩いたが、漁村近くの浜辺は今回が初めてだった。ロンリープラネットには、「まるで共同洗い場のようだ…」と書かれていたが、実際はそんな生易しい世界ではなかった。とくに朝の光景については、あえて書くとすれば、それは「巨大な野外共同トイレ場」であった。一生懸命漁師が働いている傍らでクリケットに興じている一団がいて、されには数十人の男どもが、何もかも丸出しでうんこ(失礼…)をしている。そしてそのとなりを、籠を頭に載せた女たちが何人も歩いていく。
浜辺で、カルカッタから来たという二人の紳士風の男に出会った。「僕たちは趣味で写真を撮っているんだよ」とカメラを見せてくれた。僕は二人に、この浜辺の感想を聞いてみた。彼らは苦笑いをして、「でもすごく面白い。アメージング」と言った。
この浜辺にいる人々について、何と言ったらいいのか分からない。でも、僕は彼らを軽蔑して写真を撮ったわけではない。尊敬しているわけでもない。でもやっぱり言葉は見つからない。あえて言うなら、不思議で、美しい。そして、そういった気持ちが続く限り、僕はインドを旅行するだろうと思う。彼らを理解するためではなく、いつまでも、その不思議に浸るために。

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インドの小猿

kozaru01写真の整理に一週間かかった。約8000枚の写真をいちいち開いては選択、さらに画像処理、名前の変更、…うーん、デジタル撮影は意外に帰国後が辛い。まだ補正が必要な画像もありそうだが、とりあえず休憩。
こういう時は、写真もほっとできるものが良いなあ、といろいろ見ていたら、これが目にとまった。何かを食べている小猿です。ところはオリッサ州のブバネシュワール、…いや、そんなことはどうでもいいか。僕としては、珍しくさわやかな写真になった。見ていると、なんとなく幸せな気分になってくる…。
というわけで、そろそろ散歩に出かけるとするかな。

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旅はメインバザールから

mainbazzar28旅はここから始まった。そうデリー、メインバザールである。ぱっと見た目には、常時数百人以上の外国人旅行者がいるとは思えないほど、ここは汚い。最近はカルカッタのサダルストリートが幾分きれいになってきた分、メインバザールが余計汚く見える。写真には見えないが、牛もいっぱいいる。10年程前に全部追い出したはずだが、また戻ってきてしまった。その後、交通量も増えたためか、とくに夕方になるとものすごい渋滞が巻き起こる。僕は出来れば、夕食は安くておいしい駅前の食堂に行きたいのだが、わずか500メートルくらいの距離を歩くのが疲れてしまう。まあ、行きはいいとしても、帰りは辛いなあ、といつも二の足を踏んでしまうのだ。ただ、あまりに渋滞が激しいので、かえって客引きの勧誘も少なくなったような気もするが、さてどうなんだろう?カルカッタのサダルがあまりにうるさかったので、そんな気がしているだけのことかもしれない。

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インドから帰ってきました

orissavillage01一昨日、インドから帰ってきました。家に着いた途端、腑抜けになってしまい、気がつくと二日、…ブログでの報告が遅れてしまった。それにしても、何度経験しても、インドと日本のギャップには驚いてしまう。何しろ新宿駅前がインドの村のバザールより静かだ。そこからさらに最寄の駅までやってくると、音がほとんど消えてしまった。まるで亡霊の住む街のようだ。インドにこんな静かな場所はないだろう。ある意味これはこれで、何かひどく神秘的な世界に見えてしまうのは、まだまだ旅行気分が続いているせいだろうか。
1年ぶりのインドはとても印象的だった。それは多分、前年から半年にわたって、ブログを含むホームページを作成した経験が大きかったのかもしれない。ホームページを作る過程で、僕は過去の旅を何度も振り返り、写真を見てはインドへの印象をさらに深めていった。そんな日々の中で、インド行きの願望が膨らみきった頃に、まるで天啓のようにやってきたのが今回のインド行きの仕事であった。インドのさまざまな印象が、今回ほど素直に僕の気持ちに入り込んできたことは、これまでには決してなかった、と思う。
写真も良かった。今回は初めてのデジタル撮影であり、出発前は不安もあったが、結果的にはそれが良かった。何しろ時間のあるかぎり、体力のもつかぎり写真が撮れるのだ。画質がどうのこうの、という話は、インドの旅が始まると、すぐに忘れてしまった。インドの写真を撮るためには、そんなことより重要なことが山ほどあるのだから…。
最後に、今回の写真について。じつは場所の名前は事情があって今は書けない。東インド、オリッサ州の辺境にある田舎町だ。日本人でここを訪れた人はほとんどいないと思う。とはいえ、まったく日本と関連がないわけではないのかもしれない。それはともかく、この写真、どこかの風景と似ていませんか?
今回の旅は、次回から(2005春インドの旅)とテーマで少しづつ紹介していく予定です。ご期待ください。

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