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青山静男さんの写真集「少女たちの日々へ①」

二日前、一冊の写真集が僕のもとに届いた。故・青山静男さんの「少女たちの日々へ①」…。ページを開くと、そこには僕らがふと忘れていた懐かしい風景が流れていく。優しく丁寧に撮られた一枚一枚の写真に、僕は、十年前に同じ写真を見ていたときとは全然違った印象を受けた。気がつくと、僕たちが子供時代をすごした風景が、いつのまにか、はるかに遠いものになっていた。
静男さんにお会いしたのはもう10年以上前のこと、インド・ラダックで撮影した子供たちの写真で小さな個展「瞳の中のラダック」(昔人形の青山ギャラリーK1)を開催させていただいたとき、モノクロプリントの焼付けを教えていただいた。僕とはひとまわり以上も年齢が離れていたにもかかわらず、違和感なく接してもらったのがとても印象的で、「君には少女写真の素質がある」と言われ、とてもうれしかった。
静男さんとの付き合いは長いものではなかった。はじめてお会いした二年後に亡くなられたからだ。僕はその間も海外や山小屋を転々としていたので、実際に話をした時間もそれほど多くない。ただ、東京八重洲のブックセンターで、当時は絶版になっていた静男さんのはじめての写真集「静かなる時」をたまたま見つけたて買ったりと、不思議な縁があった。そのことを静男さんに話すと、「まだあったんだ」と驚いていた。
写真集は二冊出版されるという。3月中旬には「少女たちの日々へ②」が書店に並ぶ予定だという。二冊出版されると聞いても、とくに驚かなかった。美しい写真であるのはもちろんだが、とくに僕の世代、つまり三十代前後の人には、とりわけ懐かしく、大切な時間がいっぱい詰まった内容だと思う。
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(追記)
明日からインドに行きます。初めてのデジタル撮影ということで準備が忙しかったのですが、青山静男さんの写真集を開き、夜中にモノクロプリントを焼いていた当時のことを懐かしく思い出しました。帰国は4月5日の予定です。

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土の神様 火の神様(インドに遊ぶ3)

agni05旅を前にして縁起のよい写真を、とぱらぱらファイルをめくっていたら、これが目についた。最近は年をとったためか、あるいは都会暮らしが長いためか、こんなさりげない写真に目を奪われる。土に軽く穴を掘り、薪を燃やし、お湯を沸かし、お茶を入れる…。じっと写真を見ていると、とても安らぐのが不思議な気分だ。土の神様、火の神様。木の神様…、それぞれが、つながりをもって、一つの世界を作り上げている。こんな世界にあっては、人間もまた、例外ではなく、素朴で土臭く、優しい。

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カッチの子供たち(インドの顔29)

kachi05インドの西の果てカッチ、大昔はサラスヴァティー川沿いに栄えたインダス文明の中心地であったはずだが、今はただの辺境地となってしまった。パキスタンの分離独立によって、国境が閉鎖されたのも、大きな痛手だったに違いない。そんなカッチには、今も多くの少数民族が暮らしているのだが、彼らはおそらくは、もともとは放浪の民であった。ふらふらとこの地に迷い込んできたのはいいが、社会情勢の変化で出るに出られなくなったのかもしれない。しかしそのために、彼らはかえって独特な文化風習を受け継ぐ民族として知られるようになった。とくに印象的なのが彼らの美しい民族衣装だ。そのため、カッチは、インド雑貨の分野では意外と知られる存在でもあり、東京あたりのアジア雑貨の店にもこの土地で作られた衣装がよく見られる。
カッチに数ある少数民族の中でもっとも華やかな衣装で知られるのが写真のメグワラ族だ。衣装ばかりではなく、家の装飾もとても美しい。僕は以前、彼らの村を一週間ほど泊まり歩いたことがある。大人の女性は撮影禁止だよ、と言われていたから、ほとんどが子供の写真になってしまった。
写真の子供は最初に訪れた村に泊まった翌朝。この村では、村長が次の日から外泊するというので、それまでに出て行ってほしい、といわれていた。勝手に来たわけだから、それは仕方がない。それでも、早朝から噂を聞きつけた子供たちが遊びにやってきた。
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カッチの写真はchaichaiのこちらのページからもたくさん見れます。ところで、来週水曜日からインドに行きます。一ヶ月弱の取材の旅です。行きたい行きたい、と思っていたら、突然決まりました。願えばかなうものですね。

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村の時間(インドの顔28)

sabakunotami99潅木がまだらに生える砂漠を山羊がのんびりと歩いていく。太陽が地平線のあたりにいた雲の中に沈み、あたりは急に暗くなってきた。僕が泊まっていた家のピタジー(お父さん)が散歩に連れていってくれるのは、決まって夕方だった。もっとも早く行きたいのに、なんだかんだやっているうちに遅くなる。まあ、仕方がないか…。砂漠には、昨日も一昨日も見かけた手足の長い女の子がいた。それにしても、ラジャスターンの人は何でこんなに手足が長いのだろう?なんて思いながら、子供たちの写真をいくつか撮っていると、ピタジーが、フィルムがもったいないから終わり終わり、と叫ぶ。一応商売なんだからいいんだよ、と言っても駄目、の一点張り。そのうしろから子供たちがぞろぞろやってきて、「フォト、フォト」と小声でささやき続ける。丘の上に上り、そのふもとの家でお茶を飲んでいるうちに外はすっかり暗くなってしまった。それで、真っ暗な中を、立て続けに走る雷の閃光を見ながら、ピタジーの背中を追って家に帰った。そんな日が何日かあった。インドの村に流れている不思議な時間は、今思い返すと夢のような気がする。

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