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原色寺院(インドに遊ぶ2)

hindujiin04ここはインドヒマラヤの入口マンディー、とくに観光地というわけではないが、なかなか面白い。谷間沿いの小さな街のいたるところに新旧の寺があって、散策がてらのんびり1.2泊するのも悪くない。そんなマンディーで見つけたのがこのお寺。まさにインド世界、といった華やかな色使いが楽しい。一見したところ、この寺が新しいのか古いのかも分からない。まあ、たかだか2.3百年では、インドでは古いとは言わないわけで、そのままの色、形に保存して、などといったケチなことは誰も考えない。ここ100年ほどで飛躍的に進化し、派手になったインドの神様と同様、インドの寺も時代時代に合わせてかぎりなく楽しく、豊かになっていく。まさに天竺、終わることのない永遠の楽園ですね。

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シャンティーな午後(インドに遊ぶ1)

kanchi02インドに関する新しいカテゴリーを作ることにした。名前はとりあえず、(インドに遊ぶ)、人物や動物以外の風景や遺跡など、気に入った写真を紹介していく予定です。第一回はカンチープラムの風景。南インド、タミル地方の古都であり、あのダルマさんの故郷でもある。街の中には数百以上の寺があるとされ、いつも巡礼で賑わっている。その中でもとりわけ重要な寺がエーカンバラナタール寺院。その正門にある門塔(ゴプラム)は高さ60メートル以上もあり、街のシンボルになっている。写真は、街で一番古いシヴァ寺院カイラーサナータからの帰り道に撮ったものだ。大きな池のほとりの牧草地には牛が草を食み、その向こうにエーカンバラナタール寺院のゴプラムがそびえる。なんとも平和な風景で、インドではこうした時間を「シャンティー」と呼ぶ。とても静かで幸せだね、という意味だ。張り詰めたような静けさではなくて、ときどき街のざわめきが、風にのって聞こえてくるような、おだやかな午後のひととき、といったところだろうか。

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原色のインド(インドの顔27)

bil03写真はインド西部ラジャスターン州の丘陵地帯に住むビル族の女性。独特の色使いで仕上げた美しい衣装が強烈な太陽の光を浴びて輝いている。陽炎がたつような灼熱の大地には、原色がとてもよく似合う。アクセサリーなんかも歩くたびにジャラジャラ音が鳴るくらいにいっぱいつけるのも楽しい。時間的にも空間的にも隙間なく埋め尽くすくらいに濃密な世界がそこにはあった。
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この祭の名前はバネシュワラ・メーラー。ウダイプールからデカン高原側へ、さらなる奥に入った僻地だ。毎年1月か2月の満月を最終日として何日か行われる。今気付いたが、今年は昨日が最終日だったようですね。

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砂漠の村(インドの顔26)

village11タール砂漠の真ん中にある村に住んでいたときに撮った写真である。インドの村の味わいがよく出ている。子供たちの気取りのない表情がいい。背景に見えるとんがり帽子の素朴な家も、この地域では特別なものではない。木で簡単な枠組みを作り、粘土と牛の糞で壁や床を作り、最後に屋根を葺けば出来上がり。素人が二週間も頑張れば出来るのではないだろうか。僕も同じような家で10日間を過ごした。体中がなんだか砂まみれになって、ついに嫌になって村を出た。トイレもシャワーもなかったしね。でもインドの村は良かった。村の人が幸せかどうか、とか難しい問題はともかく、昼間からオヤジたちが輪になって阿片の粉を食べていたりする。ご飯なんかも鷲掴みにして、ものの5分で食べてしまう。背中からも肩からもふさふさ毛が生えていて、すごかった。前にもどこかで書いたが、ここは「人間の原郷」ですね。また行きたい。
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村の写真はこちらからも見ることが出来ます。

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ムガル帝国の末裔?(インドの顔25)

delhi10前回に引き続いてインドの少女の写真です。場所はオールドデリーのムスリム街、ちょうどラマダン明けの祭りをやっていたから、この少女もムスリムであるのは間違いないだろう。その顔を見れば、同じ北インドであっても前回の少女とは全然違う。顔がとても白いのは、トルコ系やアフガニスタン系の血を純粋に伝えているためなのか?ここはムガル王朝のお膝元であるわけだし、その可能性は非常に高い。ここから5分も歩くと、インド最大級のモスク、ジャンマーマスジットがあり、さらに10分歩くと、かつて「この世の楽園」と歌われたラールキラー(赤い城)が荒れ果てた姿を見せる。ということは、写真の少女こそ、誇り高きムガル帝国の面影を伝える生き残り、ということになるのかもしれない。そう思って眺めると、少女の顔がさらに凛々しく見えてくる。
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写真を撮ったのは確か1月のはじめ。寒い!あちこちに焚き火が燃えていて、風情もある。

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青い町の少女(インドの顔24)

aoimati33タール砂漠の西にジョードプルという町がある。通称ブルーシティー、その名前のとおり、町には青壁の家が立ち並ぶ。ぶらりと歩くと、まるでおとぎ話の世界に迷い込んだようだ。写真の少女と出会ったのもそんなおだやかな町のなかでのこと。赤い線のはいった青いバックがこの町にとても似合う。それにしても、いつも感心するのはインド人の色使いのうまさ。けばけばしい世界(これも結構好きですね)ばかりではなく、センスの良いパステル調のデザインが衣食住のあらゆるところで発見できる。ともかく色が好き、という人にこそインドをおすすめしたい(色の楽園にたどり着く前にはさまざまな障害がありますが…)。

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インドの土偶(インドの顔23)

adivasi111今日の写真はインドの土偶(テラコッタ)です。撮影したのはデカン高原中央部に位置するボパールという町の、少し外れにある野外先住民博物館(という名前ではないのだが…)、広大な敷地にインド各地の先住民芸術が点在している。写真の土偶もその一つだ。確かめてはないが、たぶんデカン高原に住む人々の手によるものだろう。飾り気のない素朴な造形がとても良い。これを作る人には、この世の人間というのはこんなふうに見えているのかもしれない。そうだとすると、ずいぶん楽しそうな毎日を送っていることになる。ここには、人間が人間に向ける単純で朴訥な感情がにじみ出ている。たまには博物館というのもいいものだ。

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砂丘を歩く犬(インドの顔22)

sabakuinu20昔、エジプトを旅行したことがある。ナイル川流域を途中から右折して内陸部に入り、オアシスをいくつかまわった。印象的な風景はたくさんあったが、夕暮れの砂丘などを歩いていると、いたたまれないような虚無感を感じた。正直言って、住みたくないなあ、というのが旅行中の感想だった。

それから何年かして、今度はインドのタール砂漠を旅することになったのだが、同じ砂漠でもこれほど違うものかと思った。砂漠なのに賑やかなのだ。村に住んだときも、うるさい子供たちにまとわりつかれて1日が過ぎていった。こうなると人間は勝手なもので、やっぱりエジプトの砂漠が良かった、などと考えてしまう。

そうこうするうちにたどりついたのが、タール砂漠最奥の地サム砂丘。ここなら理想的な風景があるはず、と期待しつつ砂丘に足を踏み入れると、そこは足跡だらけの巨大な砂場。しかも、客引きが追いかけてきたりと、神秘的な雰囲気はゼロである。意地になってさらにその奥を歩き回ると、ついに本物の砂丘があらわれた。インドにもあるではないか、とちょっと感動していると、横から不意に動物の影が…。野獣か?と一瞬身構えたが、じつはまったくそんなものではなく、これはただの野良犬。ちょっと足を引きずりながら、だらしない格好で砂丘を歩くさまはなんともいえずインドらしい。たぶん、町からやってきたバスかなんかに紛れ込んでここまでやってきたのだ。やたら愛想のいいところを見ると、今は乞食犬としてここに住み着いているのかもしれない。それにしても、インド砂漠の旅は最後まで締りのないものであった。同じ砂漠でも、国が変わればこれほど違うものなんだね。

ただ、もしどちらかに住むとするならインドの砂漠を選ぶかな。いろいろ文句を言っても、ギャーギャーワンワン、動物たちの声がする楽しい毎日が一番ですね。

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人、人、人!(インドの顔21)

usioi90この写真、何をやっているところか分かりますか?まあ、何かの祭かなあ、というぐらいは分かるかもしれないが、何しろ写っているのが人、人、人のオンパレード。見物席にも人がぶら下がっていたりして、どこからが見物席なのかの境界線も分からない。うーん、参加したくない祭だなあ、と僕は反対側の観客席(外人とプレス専用)でため息をつく。
…ところで写真のものだが、牛追い祭である。集まってきた大観衆の中に暴れ牛を投入し、角につけられたハンカチを奪いあう。当然危険がともなう。しかもこの人ごみ、牛が突っ込んできても、はたして避けられるのかどうか怪しいところ。
まあ、そこはさすがはインド人、雑踏慣れしているというのか体が柔らかいのかよく分からないが、牛が暴れるたびに、人々はその鋭い角を器用に避けて逃げ回り、しかもげらげら笑っていたりする。どこまでも緊張感がないのがなんともインドっぽいところ。ま、そこがインド人のいいところだが…。
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牛追いの写真は、chaichaiの「写真で見るインド」のなかの、「インドの原郷タミル」で見られます。また、この祭の名前はジャリカットゥー。毎年1月15日あたりに、マドゥライ近郊の村で行われます。興味のある方はマドゥライの観光局へ。今は分かりませんが、昔は無料のツアーがありました(お菓子付)。

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イスラムの女性(インドの顔20)

islam20インド中央部の大都市ハイデラバード。ここはインドでもっともイスラム色の強い町の一つとして知られる。例えば、この町の代表的な食事としてあげられるのがハイデラバードビリヤーニ。大きなマトン肉ののったインド風ピラフである。菜食が根強い人気を持つインドでは、少し異質だ。町を歩いても、やたら目につくのがチャドルを身につけた女性。真っ黒いマントをひるがえし颯爽と歩くさまは堂に入っている。写真なんて撮ってはいけないのかな、と思いながらも、パシャリ!と一枚(パキスタンでは絶対にやってはいけないらしい…)。
ところでハイデラバード、なかなか楽しい町である。見どころも多いし、バザールは賑やか、それに食事がおいしい。新市街には、おしゃれなショッピングモールも出来た。そうそう、郊外にはNTR庭園という夢の新名所も(ナショナルジオグラフィックでも紹介された)。デカン高原を横断あるいは縦断するなら、来てみて悪くない街だと思いますね。

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黄色い頭の人々(インドの顔19)

palani20あなたは何者…?と、訊きたくなる人がインドには多すぎる。奇人、変人、の類を探したければ、まずはインドへ…、というのが世界の常識である。首都の真ん中で猿人間(?)まで出没する有様だ。
さて写真についてだが、南インドの聖地パラニで行われるタイプーサムの祭である。彼らはこの土地の神様ムルガンのもとに巡礼に来た熱心な信者たち。その多くは自分の村から裸足で何日もかけてここまでやってきて、髪の毛をそり落とし、体を清め、そして巡礼する。頭に塗っているのはターメリックだ。解毒作用があるとともに、悪霊から身を守る(いっしょのことですね)。だから彼らはべつに奇人でも変人でもないわけだが、…まあ普通ともいえないような気も、しないではない。
とはいえ、僕はこの祭が大好きである。このあいだもスリランカで似たような祭を見てきた。なんというか、これほど飾り気のない人々が、世界中のどこにいるだろうか。巡礼帰りの男女が、黄色い頭のままバスに揺られ、バナナかなんかにかぶりついているのを見るたびに、僕の心に平安が訪れる。彼らはとてもおだやかだ。人生の苦しみも怒りも嫉妬も何もかも、すべてを神様の前で捨て去ってしまう。その後は、純真無垢の赤ちゃんのような状態に戻ってしまうという。僕は彼らを見るたびに、あるいはその写真を眺めるたびに、なんとなく気持ちが楽になるのを覚えるのだ。
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この祭についてはこちらにも書いていますので、興味のある方はどうぞ。それから、このブログがヤフーカテゴリーに登録されました。これを機会に、さらに一人でも多くの人が、このサイトを通じてインドの無垢の魂と出会うことが出来れば、と願っています。

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南インドの花嫁(インドの顔18)

tamil11南インド、タミル地方の古都カンチープラムという町で小さな結婚式を見た。場所は町一番のお寺(エーカンバラナタール寺院)の中庭で行われた。大きな中庭には、ほかにもいくつかの結婚式が…。つまり、親族一同でお寺を訪れて、バラモンを雇い、簡単な結婚式をするわけだ。時間にしておよそ1時間といったところか。
彼らはそれほどお金持ちではないので、花嫁さんの衣装もそれほど豪華ではないが、それでも当人にしてみれば、これは一世一代の晴れ舞台だ。豪華な花飾りをつけた姿が美しい。
(追記)
ここカンチープラムはあの「達磨さん」が生まれ育ったと伝えられる静かな古都。個人的な好みとしては、南インドでもっとも好きな町の一つ。寺めぐりをしながらゆっくりと1日を過ごしたいところだ。

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超高級ホテル(インドの顔17)

tajcolmande02今回は前回とは打って変わってインドの超高級ホテル、タージコロマンデル(南インド、チェンナイです)内のレストラン。僕が実費でこんなところに行くわけもなく、これはある取材で撮影したもの。普段、原始的なインドをめざして歩き回っている人間としては、コメントのつけようもない感じだが、インドがさまざまな価値観、そしてさまざまな生活スタイルを持つ人間であふれかえっているのは確かなこと。とくに最近、ITビジネスで成功で、さらにインドは混沌とした世界に突入している。
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(追記)
なんだかんだ言っても、高級ホテルに(何日も)泊まれてうれしかった、と正直に書いておこう。

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難民キャンプ?(インドの顔16)

alahabad01じつはこれ、巡礼者用のテントである。ところはガンガー(ガンジス川)中流域、三つの川が交わる聖地サンガム。毎年1月から2月(ちょうど今ですね)にマグメーラーという大きな祭が開かれる。祭の期間中、この聖地にはインド中から数百万人を超える巡礼が訪れるのだが、問題は巡礼用の宿泊施設である。数キロ先には大きな町があるのだが、まさか数百万人を収容できるわけもなし、また、あったところで貧乏な巡礼には利用できない。というわけで、こうして巡礼者用のテントが設置されたのだが、それも多分、近年になってからのことだろう。昔は寒風の吹く河原でごろごろ適当に寝ていたのだろう。そんな過酷な状況のなか、毎年のように多くの死人も出て、さらには伝染病が蔓延したようである。まあ今だって状況はそれほど変わってはいない。仮設のトイレなんかもあるにはあるが、何しろ人数が人数なので間に合わない。それに貧しい巡礼の多くが村出身である。彼らはトイレというものを知らない。そして、人がしたところで自分もするという習慣がないから、トイレはたちまちうんこまみれになってしまう。というわけで、結局みんな外でやることになるので、とくにテント場近くを中心に、怪しげな匂いが立ち込める巣窟と化してしまう。まあ、そんな匂いがインドの街では普通なので、とくに気にはならないが…。
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マグメーラについてはこちらでも書いていますので、興味のある方はどうぞ。

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ヨーガ男(インドの顔15)

yogaman03ヨーガとは「つなぐ」ことを意味するのだという。写真のヨーガ男のように、体中の関節を折り曲げて、変な場所に「つなぐ」のもやはりヨーガであるし、マリファナを吸って、宇宙的無意識と「つながる」のもまたヨーガである。「つながる」と、何がいいのか?というと、違和感や孤独感がなくなり、心に平安がもたらされる、とヨーガの世界ではいう。ということは、蛸人間のように体を折りたたむと孤独感がなくなるのか?といえば、そのとおりだ、とヨーガ男は答えるだろう。インドでは、肩から足の生えてきた奇形の牛をとくに尊敬するのだが、これなどはまさにヨーガの極地といえるのだろう。何でも「つないでしまう」のがヨーガの真髄なんだね。
(付記)インドでは、男同士でもすぐに手をつなぎたがるのだが、あれだけはちょっと遠慮したいものだ。それから、写真はインドではなく、ネパール、カトマンドゥーのシヴァの聖地パシュパティナートで撮影したものものです。

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ベンガルポトア(インドの顔14)

kamisibai03写真はインドの放浪絵師ベンガルポトアの持っていた絵である。彼らは巻物にしたたくさんの絵を持ち、村から村へと渡り歩く。ただ、最近はテレビや映画の流行の影で、彼らの生活も大変らしい。それで外国人を見つけては絵を売りつけようとするのだ。
ところで、写真の絵だが、これは大災害を描いたものだ。7年前、東インドのオリッサ州で巨大なサイクロンが発生し、未曾有の大災害となった。死者は非公式情報で5万人以上といわれ、何十万人もの人が家を失った。インドだけの被害でいえば、このあいだの津波にも匹敵するものだったのだが、その様子を絵にしたものがこれである。
見れば分かるように、上の絵では人と牛が溺れ死に、また、嘆き悲しむ女性の姿も見える。下の絵には、まるで救世主のようにヘリコプターが飛んできて、人々にあいだに小さな希望が芽生える。そのような内容だ。
じっさいにこれを使って紙芝居をしたかどうかは不明だが、今も伝説の影を追いながら暮らしている多くの貧民や先住民の世界観を垣間見たように感じた。
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こうした放浪絵師ベンガルポトアは、カルカッタのあるウエスト・ベンガル州にとくに多く存在する。中心地は詩人タゴールの大学がある、シャンティニケタン近辺だ。

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