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インド的

siva15copeインドにはなまけものが大変多い。よく知られるサドゥー(ヒンドゥー修行者)などはその代表だろう。彼らがヨーガの達人であるというような説明が多くなされるが、僕は残念ながら、そんなサドゥーをほとんど見ていない。でも、だからといって彼らに落胆しているわけではない。サドゥーにかぎらないことだが、まるで止まり木に座る鳥のような姿で一日中何かを眺めているインド人の姿は、なんとも言えずおもしろい。一体何を見ているのか、もしかすると、その目の奥は空洞ではないのか、と疑ってしまうほどだ。

彼らには、僕たちとは違ったふうに世界が見えているのかもしれない。なまけものにはなまけものなりの物の見え方もあるのだろう。それが精神的に豊かだ、などと言いたいわけではない。インド人の風変わりな行動を見て、「精神的だ」「スピリチュアルだ」と言いたがるのはたいがい、いわゆる先進国の人間で、当のインド人は何も考えていなかったりする。

昔、中島敦という小説家の書いた「名人伝」という本を読んで感じるものがあった。弓の名人になろうとした主人公は、いろいろな過程を経てその道の名人へと登りつめたわけだが、その最終段階では、ついに弓の存在すら忘れてしまったという。無意識ということを徹底的にやった結果が、まずはそういうことになってしまった。なんとなくインド的な結末だが、話はそれで終わり…。

上の写真について。サドゥーであるこの女性は、当時、片足立ち修行の真っ只中だった。べつに弓の名人になろうっていう訳でもないようだが…。

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(追記)
chaichaiのフォトギャラリー「写真で見るインド」で「スリランカ仏教の原風景」を追加しました。こちらもどうぞよろしく。

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