インドの風景と人と

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「インドでどんな写真を撮ってるんですか?風景ですか?」と聞かれて、「いや、人…、中心ですかね」と答えることが多いが、自分の写真をあらためて見ると、風景の写真も非常に多い。

インドでは早朝から写真を撮ることも多いが、そのときもまずは風景から。

風景からその土地に近づいていって、そこで人を見つけて人を撮る。風景か人か、どちらが主役か分からないような、ちょっとテーマが甘いんじゃないか、と言われそうな微妙な写真も好きだ。

数年前から漠然と思っているのは、僕はたぶん、インドの風景が好きで好きで仕方ない。それも特別なものではなくて、そこらへんに転がっている何でもない風景…。

数年前からインドの苦行者サドゥを撮っているが、これもよくあるような、精神世界からたどりついた世界ではなく、インドの田舎の風景から、ジャングル、ヒマラヤ、を通って、気が付いたらサドゥのとなりにいるなあ、といった感じで、その入り口は風景のなかにあった。

先住民が好きなのも同じような理由だ。

ところで、本家chaichaiのコンテンツのひとつ「インド 旅の断片」も88ページになった。旅のあいまにふと撮ったなんでもない写真を気楽に集めたものだが、やはり風景の写真が多い。そして、最初のセレクトから漏れたような写真がほとんどのはずなのに、なんだかお気に入りのシリーズになった。

このシリーズは煩悩の数にあわせて108回で終わることにしているが、本当は何百回でも続けたいところだ。

今回の写真はカーンハ。虎で有名なデカン高原の村。虎を見るため、たくさんの観光客が集まるが、周囲はデカン高原のいつも風景がずっと続いている。周辺には先住民の村も多い。写真の子供はたぶん先住民ではないが、先住民と混じりあって暮らす人々は先住民のようにおだやかだ。インド人というと、ワーワーうるさく威嚇してきて、油断ならない、と思っている人が多いようだが、実際は人それぞれで、地域によっては、シャイで素朴でとてもやさしい。

それにしても、毎日、インド、インドでよくも飽きないものだと自分でも呆れる。それが15年以上も続いているわけだからなおさらだ。

ところで、本家chaichaiの新シリーズ「東京散歩写真」で、一部、写真が見れないページがあった。不具合、というか単純なこちらのミスで、すでに修正しました。

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夏はサドゥとともにヒマラヤへ

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(写真はクリックすると大きくなります)

毎日暑い。そして暑い夏がやってくると、考えることは、ただただヒマラヤ、そしてサドゥ…、暑くなくても思い出すわけだが。

写真はサドゥ本第二章に登場したサントスナートババ(左)とアマルナートババ。なんだか、すべてがいい旅だった。

ところで最近、「シヴァとディオニュソス」(講談社)という本をゆっくり読んでいる。本屋で表紙のあやしげなシヴァ絵を見て手に取り、なかをちらっと見ただけで衝動買い。シヴァの本なんて日本にほとんどないから当然買いだが、その内容というのは、「古代、シヴァ教が全世界を支配していた」といったもので、当然、タントラ、ヨーガの起源に触れ、サドゥもそのうち登場してくるだろう。まだ四分の一も読んでないのでとりあえず感想などは書かないが、彼の説が真実なら、やはりサドゥがすべてのはじまり、ということになるだろう。シヴァのモデルはサドゥかもしれないわけだから…。

サドゥを見ても、見なかったふりをするインド通がこの世には無数にいるが、ま、その手の話はきりがないのでまたいずれ…。とりあえず続きを読もう。

(追記)
アマゾンに掲載されていた「シヴァとディオニュソス」の内容紹介を書いておく。

「人類最古の宗教シヴァ教の豊穣なる哲学とは
都市型の社会=自然を搾取する文明はなぜアニミズムから発したシヴァ=ディオニュソス教を弾圧するのか。シヴァの教えが示唆するオルタナティブな原理とは何か。」

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ベンガル湾の朝(プリー)

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(写真はクリックすると大きくなります)

オリッサに関係のある人からメールをいただき、プリーの漁村の話題が少し出た。プリーの写真はこれまでほとんどアップしていないが、こういう機会なので、ということでとりあえず今回の写真。

もっと全体が映るような写真が良かったが、浜辺自体は非常に広い。今回は船の写真だが、浜辺にも数千人の漁民が働いていて、風景としては非常に壮観。自然と人間の果てしないドラマを見ているようだ。

この風景を見てすぐ浮かんだのは聖地ヴァラナシの朝。やっていることは全然違うが、何かが重なって見えた。ただし、プリーの漁村のほうがずっと迫力がある。

さて、話題は全然変わって、本家chaichaiのほうに「東京散歩写真」というページを作り始めた。ブログのカテゴリーでも同名のものがあるが、このページでは、今まで、折に触れ撮ってきた写真を全部アップする予定。現在は4ページだが、今までの分だけでだいたい20ページぐらいになると思う。

東京はとくにテーマなく、ふとその気になっては、数時間撮る、という繰り返しだが、今後撮るかもしれない写真も続けてアップしていきたい。よかったら見てみてください。

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鍾乳洞で夏涼み

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(写真はクリックすると大きくなります)

暑くてだらけ気味。
こういう日は、地下洞窟にでも行って、涼みたくなる。…なんて普通は思わないか…。

上の写真は炭坑跡ではなく、鍾乳洞。カテゴリーが奥多摩になっているが、場所は秩父です。

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インドのカフェ

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上の写真はインドのスナック兼チャイの店だが、これはやはり、インド風カフェというべきだろうか。

奥まったねずみ穴みたいな場所だから洞窟カフェといった感じだが、高級感はゼロで、中では、こんな下品な男がスナックにかぶりついている。とりたてて居心地が良いわけではないが、チャイ一杯の値段は屋台と一緒で3ルピー程度。男が食べているスナックは好みではないが、サモサをはじめとする各種スナックがあって、いろいろ飲み食いしても(といってもアルコールはない)10ルピー(30円程度)以内。

高級感はゼロ、と書いたが、青い壁が涼しげで写真映りはよい。ただし、洞窟のように涼しいかというと、残念ながら、じつは結構蒸し暑い。

(写真は夏のハリドワール)


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本場でチャイ飲みたい

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こんな夕方の光のなかでチャイを飲みたいなあ。…って毎日そればっかり。それで夜は、野良牛と一緒にバザールの夜の光のなかを歩きたい。

完全にインド病です。

(写真はクリックするとよりインドに近づけます)

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マンドゥーの丘で…

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(写真はクリックすると大きくなります)


6月も終盤、インドもそろそろ雨季かな。

3年前の夏、ヒマラヤを一ヶ月歩いて、その後、雨季のデカン高原を二週間歩いた。訪れたのはオルチャとマンドゥー、鮮やかな緑の丘は、ずっと歩いていたくなるほど印象的だった。

写真はそのマンドゥー。丘に広がるイスラム廃墟遺跡群のたしか南の端っこにある離宮。ここから、なだらかに下っていく林と、その向こうに、果てしなく広がるデカン高原が見える。

暗くなるまでぼんやりと写真を撮っていると、丘の下からサドゥが5人ほど上ってきた。槍なども持っていて、おまけに人気がほとんどなかったから、これはやばい、と思ったが、彼らはおとなしく遺跡の上に座り、そのうちの一人は笛まで吹きはじめた。

山賊じゃなかったんだ、ということで、その後、彼らと少し話もした。丘の下にアシュラムがあるらしく、そこから登ってきたという。夜になったら、林を抜けて丘を下り、アシュラムへ戻るのだという。

「真っ暗の中を歩くのか?」「いつものことだ」「時間はどれくらい?」「一時間ぐらいかな。それよりお前も来るか?」「自転車で宿まで帰らんといかんし…このまま戻らなかったら宿で大騒ぎになる」「まあ、それもそうだ…笑」なんて話をしながら、しばらく笛の音を聞いていた。

それにしても、なんて不思議な世界…

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マンドゥーに関しては、遺跡の写真だけすでにHP上でアップしています。(全3ページ)

http://chaichai.campur.com/architecture/mandu01.html

オルチャの写真もどうぞ。こちらは全5ページで、遺跡以外の風景、人の写真も。

http://chaichai.campur.com/architecture/orchha01.html

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猿になりたい…

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考えるのが嫌になると、猿とか牛とかサドゥになりたくなる。

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月を見る蛇

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昨日、夕方からある人と会って、インドとサドゥの話をしてから外に出ると、厚い雲の端から一日遅れの満月が出ていた。それから、最近お気に入りの、雑草に囲まれた小さな歩道を歩いて、家へ向かった。時々、林の向こうに見え隠れする月を見ながら…

最近は、ユーチューブでマントラを聞きすぎているせいもあってか、自然に向かう気持ちが非常に強くなっていて、いったいどうなってるんだろう、と思うぐらいだ。ヒマラヤかデカンか、と呪文のように、どっかから聞こえてくる。サドゥ病だ。

ユーチューブでの最近のお気に入りはこれ、オームナマッシヴァヤ

http://jp.youtube.com/watch?v=hascFPxfMA8&feature=related

昨日の月を撮ってアップしたかったが、カメラを持っていなかった。一眼レフを普段持ち歩くのは大変なのでコンデジを買いたいが、コンデジで夜景がうまく撮れるだろうか。などと考えながら、月の写真を探していたら、満月を見る蛇、といってもナーガの形をした呪具だが、そんな写真があったのでアップしてみた。

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もう一つのブログ「ニルカンタ・カフェ」も定期的に更新しています。こちらへもどうぞ。

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梅雨の晴れ間に…

先週の金曜日に、何人かで連れ立って訪れた寺(別になんていうこともない小さな寺ですが)でちょこっと写真を撮る。

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そして帰り道…

ってまだ夕方にもなってないが、みなさん忙しいようで。

でも、こんなささやかな時間もなんだかよいものだ。

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最後にもう一枚…

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ネパールで王制廃止

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少し古いニュースになるが、5月28日にネパールの王制が正式に廃止された。そして今月11日についに王宮を去ったという。選挙でマオイスト(毛沢東主義)が第一党になり、与党を取ったことはなんとなく知っていたが、王制廃止のことは今日はじめて知った。

ネパールの王制にたいして特別な感情はなかったが、ネパールがネパール王国でなくなったのはやはり衝撃的だ。ネパールは王国から共和国へと変わり、同時に、ヒンドゥー教は国教ではなくなったという。

最後の王ギャネンドラは2001年に起こった王族殺害事件の黒幕とも噂され、あの事件以来、王室への国民感情、あるいはネパール自体が最悪の状態に陥っていたのは周知のことで、王制廃止も致し方ない、という気もするが、王国から共和国に移行したら急にすべてがうまくいく、なんてことはちょっと考えられない。しかし、そのあたりのことは、単なる旅行者である僕にはあまり関係のないこと。しかも、最近のネパール事情はよく知らない…。ただ、なんというのか、王制廃止によって、ヒマラヤの小さな国で、ひとつの時代が終わった、という気はする。

ヒンドゥー教のことだけ少し書いておきたい。

ネパールのヒンドゥー教はインドのような強固なものではない。ヒンドゥー教徒の何割かは仏教の行事にも顔を出すようなアバウトな人たちで、彼らに言わせれば、「ヒンドゥーの祭りも仏教の祭りも両方楽しめるよ」といった調子で、僕はそんなネパールが好きだった。しかし、三年前にネパールの山村を25日かけて歩いたときにはすでに、ネパールの宗教事情が、何か、昔のお気楽なものとはちょっと違うな、という部分が垣間見えるような気がすでにしていた。

ライ族という、モンゴリアンに少しアーリア系が入った人々が住む村で泊まったときのことだった。家でお祈りがあるからどうか、との誘いを受けたからホイホイとついていったが、その祈りの風景というのがなんとも異質で、「これは何の祈りなのか?」と聞くと、村人から「これはヒンドゥーでも仏教でもない宗教のものだ」と聞かされた。

そこで小さな冊子を見せてもらったが、そこにはライ族出身だという開祖様の写真があり、あとは文字が分からないので読めなかったが、その開祖様の顔がどうにも胡散臭くて、僕は早々にして退席させてもらったが、後味は悪かった。見慣れたはずのネパールが急に遠ざかっていくような嫌な気がしたわけだが、それにしても、一見おだやかそうな素朴な山村で、伝統的宗教であるヒンドゥーでも仏教でも癒されない新興宗教を熱心に信じる理由とはなんだったのか。

ネパールのヒンドゥーはインドに比べればもともと脆弱な体質であり、将来は悲観的だ。国民がそれでよければ部外者がどうこういうことではないが、神々の世界も忘れて競争原理に四苦八苦するような慌しい国になったら、と考えたら、やはり寂しい。

ついでながら、一般人にはこれまたもっとどうでもいいことかもしれないが、サドゥの姿がネパールから消え去る日もそう遠くないかもしれない。

カトマンドゥーのパシュパティ寺院で行われるシヴァラットリは多くのサドゥが集まることで有名だが、その一つの理由として、ネパール王室から、かなりの献金が行われていたようだ。しかし、これは間違いなくなくなる。金目当てに巡礼するのもおかしいが、いずれにしても、サドゥにとって、ネパールが過ごしやすい国ではなくなるかもしれない。ネパール出身のサドゥも多いので一気にいなくなるわけではないが、サドゥに対する国民感情はもともとたいしてよくないので、徐々に衰退していくと考えるのが自然だ。

先のチベットといい、今回のネパールといい、アジアの伝統的な智慧や文化が時代のなかでどんどん消えていく、という気がして嫌な気がするが、諸行無常だといわれればこれもどうしようもない。

…でも、もうやめておこう。またネパールに行きたいし、ネパールで撮りたいものもある。「ネパール山の旅」シリーズも続けていきます。

(今回の写真は1993年のもの)


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ヒマラヤへ飛びたい

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前回は、デカンに行きたい!と書いたが、ヒマラヤの写真を見てると、こんな雲にのって、一気にヒマラヤまで飛んでいきたくなる。

次回はどっちへ行こう、なんてことを悩みながら、「インド旅の雑学」に「聖地巡礼の旅へ」のページを作った。各地の聖地を簡単に紹介するページも近いうちに作りたい、と思ってます。

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デカン高原の夕暮れ

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今日もまた、

「あと何十年でもインドに通いたいですよ~」

なんてことを、ある人にしゃべっていた。そしてふと思い浮かぶのは、デカン高原のこんな夕暮れだったりする。

長いインド旅行の中で、デカン高原にいた時間はそれほど多いわけではないのだが、印象は非常に強い。前世はデカンにいたのかと思うぐらいに…。

デカンの写真もたくさんあるのだが、いったいどうしたものだろう…それよりまた先住民に会いたいなあ…森の奥のサドゥも探したい…噂に聞いた謎の洞窟遺跡も探したい…一度ぐらいはジャングルで虎やヒョウも見たい…行くなら緑鮮やかな雨の季節かな…などなど、思うところがありすぎて、だからやっぱり、あと何十年でもインドに通わなければ、と思ってしまう。

デカン以外も、行きたいところは無数にあるし…

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未知との遭遇(1万年前のインド…)

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前回、前々回に続いて、「アマゾン川奥地で未知の部族を撮影・・・」にちなんだ話題。

上の壁画の写真、インド、デカン高原のジャングルで撮影したものだが(クリックすると拡大します)、見てすぐに、「おもしろいな~」と思った。

壁画には四人の人間が鮮明に描かれているが、確実に言えることは、右の二人と左の二人は人種が違うということ。いや、人種が、というより、たぶん、これは同じ人類ではない。

よくは分からないが、ホモサピエンスと北京原人が同じ森で遭遇したようなものだ。両者の体型や顔つきがかなり異なる。もしホモサピエンスが描かれているとすると、左の二人だろう。右の二人は、左よりもはるかに原始的で、濃い体毛まで描かれている。おそらく原人か猿人だろう。

四人は何をやっているのか。遊んでいるようにも見えるが、左の一人が斧を持っているところから推測すると、やはり戦っているようだ。戦いの勝者となったのは、やはり新人類である左の二人組だろうか。なんといっても、最新式の武器(斧)を持っている。

壁画は1万年前から5万年前とされているが、これは現地ガイドの適当な話。

この壁画自体はほとんど知られていないから、誰も調べていない(調べたってよく分からないそうだが…)。絵が非常に鮮明であるところからして、もしかすると、一万年前より新しい壁画かもしれない。たとえば、5千年前とか…。手にする斧が、もし鉄の斧だとするなら、さらに新しい可能性もある。

ちなみに、上の写真は、パチマリという場所で撮影したもの。パチマリは二度訪れているが、その一度目の訪問の様子はすでに本家chaichaiで紹介している。興味のある方は下記URLからどうぞ。

http://chaichai.campur.com/pachimari/pachimari01.htm

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未知との遭遇…(アマゾン、インド)

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前回に続いて「アマゾン川奥地で未知の部族を撮影・・・」の話。とりあえずユーチューブの映像(といっても静止画だが…)があったので下記リンクしておく。

http://jp.youtube.com/watch?v=_DhCfwEDEII

空撮ということで、細部は不鮮明な映像だが、それにしても非常に不気味な感じがよく出ている。あまりにインパクトが強いので、最初見たときは、ニセ画像かと思ったほどだ。

今回の映像で一番気になったのは、やはり黒のボディーペインティングを施した男。シャーマンではないかと前回書いたが、もう一度映像を見ると、彼だけ弓を持っていない。背後から、状況を眺めているのか、あるいは何か指示しているのか。

黒というのがやはり気になるが、黒は「死」「森」「自然」の象徴で、それでシャーマンかと思ったわけだが、インドでは「時間」の象徴でもある。インドでは、「カーラ(黒)」はカーリー女神、あるいはマハーカーラ(偉大なる黒の意味でシヴァ神をさす)がその象徴となっている。

そんなマハーカーラの世界からやってきたのが、上の写真、サドゥ。
(ということで、インドのことに話は変わるが…)

サドゥを聖者だと考える人もいるが、僕は個人的に、サドゥ(シヴァ派のナガ、ナートなどに限った話だが…)は、原始部族民のシャーマンが特殊に発展した姿ではないかとなんとなく考えている(それもまた聖者の一種だが)。

ま、そういう事情で今回の写真が非常に気になっているわけだが。

ところで、上の写真、サドゥと並んで写っている女の子だが、彼女はあるサドゥグループの世話をする一家の娘だ。だからサドゥには慣れっこになっている。

彼女がサドゥの足に手を添えているのは尊敬の証である。これはインドで普通の習慣だが、もしサドゥが未知の部族民文化をルーツとする集団だというなら(サドゥ世界は血族によるものではないが…)、インド人は、みんなで部族民のシャーマンを拝み奉っていることになる。と同時に、多くのインド人はサドゥに対して、「敬して近寄らない」ので、サドゥはいつまでも自由で遊んでいられる。

放っておいてくれるのが、ま、インドのいいところだ、とある少数民族の人も話していた。

(とはいっても、先住民関連のトラブルはたくさんある。先住民が5000万人も住んでいればそれも当然だ)

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アマゾン奥地で未知の部族民…

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ペルー国境に近いアマゾン川流域のブラジル北部アクレ州で今月、未知の部族とみられる人々の姿が空撮された。上空を通過する航空機に、弓矢のような武器で攻撃しようとしているように見える。(毎日新聞)

写真を見ると、赤くボディーペインティングしている男たちのなかに、なぜか真っ黒なボディーペインティングが見える。人間というより、原人のような感じで、おもしろい。彼だけちょっと違う職種なのかな、なんて想像をしてしまう。シャーマンかな…。
http://www.cnn.co.jp/science/CNN200805300041.html(写真はこちら)

ところで、インドにも未知の部族民がいるそうだ。あるサドゥは森の中で裸族に誘拐されたと言っていたが(最後は開放された)、また別のサドゥは、辺境の村のバザールで完全な裸族を見たらしい。

サドゥいわく。

「写真だってOKだよ。ただし、笑ってはいけない。笑うと猛烈に怒って殺しに来るらしい」

…よく分からない。挨拶もなしにバシャっと写真を撮ればいいのか?

が、笑いかけて殺されかけた人が実際にいるらしい。場所はデカン高原のやや東、インドの秘境チャッティースガル。森の中には、謎の先住民だけでなく、木の実ばっかり食べているような本格的なサドゥもいるらしい。一度行ってみたい。

今回の写真はチャッティースガル州の西となり、マディヤプラデシュ州の先住民。

朝、村を散歩していると、彼女が一人、焚き火をしていた。額に刺青が見える。寒いので、ちょっとだけ火に当たらせてもらった。それだけでも何か不思議な気分だ。

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地図にない旅…(ネパール山の旅11)

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外人のいないトレッキングコースを歩くのが趣味だが、そこには情報というものがほとんどない。あるのはネパール全土のアバウトな地図とガイドのいいかげんな記憶だけである。最辺境になってしまうと地図さえも役に立たない。道の情報も村の情報も、何もない。

2005年の旅では地図が重宝した。一応、街道とおおまかな村の名前を地図で確認できたし、「今日は谷間の道か」とか「今日はたぶん、約1000メートルの登りかな」ぐらいは判別できた。でもそれだけである。あとは村人からの適当な情報とガイドのつたない記憶だけ…。

まるで昔話のような世界だが、これが一般的なネパールの姿である。どんな風景と出会えるかは行ってみないことには分からない。どんな人が住んでいるのかも分からない。夢があるかといえば確かに夢はある。

上の風景写真だが、谷間の奥正面の、丘というか山みたいな場所から写真を撮っている場所までまっすぐ歩いて、たぶん三日ぐらい(村人の足で二日)。実際は、写真上、右手の山をうろつき、そこで病気をしたりしていたので、なんと一週間もかかってしまった。

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山村の飯(ネパール山の旅10)

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ネパール村めぐりは楽しいことばかりではない。辛いことも結構ある。峠の坂道を登るたびに、もう嫌だ!と思うのは毎度のことだし、有名なトレッキングコースを外れると、まずトイレというものがない。場所によっては全然問題ないが、夜などは非常に困る(一番怖いのは犬!)。
それから、昔、山を歩いたときは、寝袋に蚤が住み着き、眠れぬ夜を何日も過ごした。2005年の旅でも何度かやられた。
そして最後に、なんといっても飯が辛い。

飯が辛いといっても、歩くコースによってである。メインのトレッキングコースは何の問題もない。問題ないどころか、場所によっては普通にうまいパスタなんかも食べられる。有名なのがアンナプルナのジョムソン街道。別名アップルパイ街道と呼ばれ、カトマンドゥー、ポカラほどでないにしろ、たとえば、インド、ヴァラナシのツーリストレストランよりはうまい。

しかしながら、僕が好んで歩くような街道は外人がまずいないような辺境地帯であり、飯のレベルががっくりと落ちてしまう。基本的にはご飯とカレー一品、よくて二品で終わりである。それがうまければ構わないが、残念ながら、半分ぐらいは、「えっ」という味である。

一日、二日なら別に問題ないが、これが一週間、二週間と続くと、結構キツイ。街道によっては美味い宿屋(茶屋)が続くこともあるが、2005年の旅ではハズレが多かった。

上の写真も、焼きすぎの卵がついているだけで、あとは……。卵ももちろん特注だから、普通はカレー汁一品でご飯を食べる。この街道は、アチャール(漬物)もほとんどなかった。

ある大きめの村でモモ屋を見つけた。モモとは、チベット風蒸餃子のこと。

「ここで夕飯を食いたい!」と主張したが、気の弱いガイド(というかポーター)に、「宿屋(…というか民家)の面子もあるので、宿屋で食べてください」と泣きつかれて、結局その日もカレー。

ちなみにネパールのカレー定食は現地名ダルバート。ダルは豆のカレー、バートはご飯。まったくそのままである。

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夕暮れの山村(ネパール山の旅9)

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写真を見て、今すぐここに行きたい、と思ってしまった。

こういう世界にあまりに長くいたから、こればかりはどうしようもない。ヒマラヤ界隈を延べ一年半以上うろついていたことは前にも書いたが、それ以外に、日本の山の中で、これまた、延べ二年以上住んでいた(働いていた)。山特有の、ちょっと青い夕暮れの感じがなんとも言えず懐かしい。

生まれも育ちも山のほうだし、これは郷愁ということか。

もう一つのブログ「ニルカンタ・カフェ」も、更新を再開しています。ぜひご覧ください。

http://chaichai.moe-nifty.com/chaiiberia/

それから、本家chaichaiの「インド旅の雑学」に「猿の神様ハヌマーン」を追加しました。興味のある方はぜひ。

http://chaichai.campur.com/indozatugaku/hanuman001.html


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ヒマラヤ…(ネパール山の旅8)

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久しぶりにネパールシリーズ。

どこの村だったか?名前は忘れたが、ここで一泊した。朝起きて、村を出ると、その背後にヒマラヤが輝いていた。遠くから見るヒマラヤもいいものだ。このときは、ヒマラヤから遠ざかるように歩いたが、だんだんと近づいていくのはもっと楽しい。

今、ヒマラヤに関する奇妙な本を読んでいる。これまでちょっと敬遠していた世界を描いた本だが、「ヒマラヤ」が舞台なので読み始めたら、意外なほどおもしろい。まだ読み終わっていないので、本の紹介はまたいずれ。

それにしても、ヒマラヤ行きたい。ちょっと離れてみて、あらためてヒマラヤが好きだということに気が付いた。いや、好きというだけではなく、これは運命だと思ったりもする。

イエティとユキヒョウを探しにヒマラヤへ

それと、ヒマラヤのふもとのジャングルで隠れ家を探したい…なんてことを昔から思っていた。たとえば、こんな感じの…

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